日常とドラゴン
あのドラゴンが襲いかかってきた日から、2ヶ月が経った。
王都はかなりの打撃を受けたが、それは主に建物であり、人的な被害が少なかったのはまぁいいことだ。
俺もしばらくの間、街の復興の手伝いに勤しんだが、今ではもう、以前のように街は機能している。
ほとんど元通りと言っても良かった。まだ、少し壊れている建物もあるけれど、ほとんど元通りだ。
今回の件で、王のおっさんから、またも褒賞をもらってしまった。いらないと一度は断ったが、また押し切られてしまった。
前にも貰った、白金貨だ。だから、ぽんと出していいものじゃないんだってば。
まぁ、家や家具で金もなくなってきてたし、ありがたく受け取っておくことにした。
そんなこんなで、大事件に巻き込まれた俺たちだったが、その後の処理を済ませて、つい数日前にリンデルの街の、俺たちの家に帰ってきた。
俺の生活は変わらない。
いつものように、適当にモンスターを狩って、その日の稼ぎにしたり、食料にしたり、疲れた時は家でだらだらして、サツキといちゃいちゃして、そんな日々を過ごしていた。
変わったことといえば、サツキが仕事をするようになったことか。
まぁ近所だし、送り迎えもするし、職場にエリザもいるし、心配することは何にもないわけだけど。
暇だ。
いちゃいちゃしてたいんですけど。
サツキが働かなくても、金は山ほどあるんですけど。
でもサツキがやりたいって言ったし、王のおっさんから直々の指名だし。
あんまり逆らうとよくはないので、大人しく従っているけど。
暇なものは暇なのだ。
大きなベットで1人ごろごろぐだぐだしていると、外から轟音が。
ばっさばっさと風を唸らせる翼の音。ぐおおおおと吠えるような声。
「ぬし様やー、遊びにきたでありんすよー!」
その後に聞こえる、女性の声。
でたでたでた。
呼んでもないのにやってきたよ。
「サフィ、ドラゴンの姿でやってくるのはやめてくれ、五月蝿いから」
「あぁん、ぬし様はいけずでありんすなぁ」
古風な喋り方に似合わない、ブルーカラーの豪華なドレスを身に纏ったそいつは、呼んでもないのに家にやってきた。
顔だけ見れば美人なんだよなぁ。
ドレスと同じ色の青い、青い長い髪から覗かせる、2本のツノ。
目の奥をよく見れば、トカゲのようなギョロッとした目をしている。
それでいて遠目から見れば美人。
あの時に現れた、青い鱗のドラゴンが、人に化けた姿だ。
あの青いドラゴンは、何かにつけて、俺たちのところへとやってくる。
呼び名がなくて不便だと言ったら、好きに名付けてほしいと言われたので、ドラゴンの時の青い鱗の美しさが宝石のようだったから、サファイア、と呼ぶようにした。今では縮めてサフィと呼んでいる。
何が楽しいのか、俺たちの家に押しかけてきては、勝手にお茶を作って飲み、夜まで居座って、サツキの作る飯を食っては、どこへ行くのか帰っていくのだ。
何が目的かわからんが、害はないので放っておいている。目的はわからないけれど、必ずサツキの飯は食ってくから、飯が目的なのかとも思う。
危険生物を監視できていると思えば、いいのか。まるで猛獣の世話係だ。おっさんから給料とってやろうか。
俺は、ベットから起き上がり、リビングへ向かい、サフィを迎い入れる。
当たり前のように、サフィは家の中へと入ってくる。
テーブルを囲うように置かれたイスの内のひとつを、何故か自分の席だと主張し、必ずそこにサフィは座る。
俺はソファーに寝っ転がった。まだまだ眠いのだ。
「聖女は今日も仕事かえ?」
「そうだよ。誰かのせいでできた仕事だよ」
「はて、誰のことでありんしょうか」
軽口を叩き合い、その後は各々自由に過ごす。
こいつが来るようになってから、家の中も変わった。
とりあえず、マグカップやティーカップが4つそれぞれの専用のがあることか。
緑が俺、黄色がサツキ、ピンクがエリザ、青がサフィ。
エリザもしょっちゅう泊まりにくるから、2回の客室が半分エリザの部屋状態だ。
サフィはほぼ毎日来ては勝手にお茶飲んで行くから、専用カップを用意してやった。
サツキとエリザは日中は仕事でいないから、必然的に俺とサフィが一緒になることが多い。不本意ながら、よく一緒になってしまうのだ。
とはいえ何をするわけでもない。もちろんナニもしない。
サフィはその豊満な胸で誘ってくるときもあるが。丁重にお断りだ。俺はサツキ以外とナニかするつもりはない。
それ以外には、本当に何もない。
ただただ、静かに時間だけが流れていく。
暇なので、そこに置いてあった本を取る。
栞が挟んであるそれは、サツキが読みかけにしていた、なにかの小説だ。
ぱらぱらっと触りだけ読み進んでいく。
あれ、意外と面白いかも?推理物なのか、途中で密室殺人が起きた。ファンタジー世界にも推理小説ってあるのか……。
そんなに小説なんか読まなかった俺だけど、この世界には、こんなものぐらいしか娯楽がない。
なにもない、静かな時間が続く。
こういうのも、悪くない。
「ぬし様」
「ん?どうした」
サフィが急に話しかけてくる。
こういう時に話しかけてくるのは珍しいので、何事かと話を聞く。
青いドラゴン様は、心底真面目な口調でこう言った。
「茶請けがなくなったので、次に来るときには補充しておくんなし」
「てめーで買って持ってこい」
すごく、どうでもいい内容だった。




