圭に会うのは、とても気まずかったから
この回と、次の回ちょっと気分が悪くなるかもです。
「っ!圭のバカ!もう知らない!」
俺は圭から逃げた。
完全に八つ当たりだった。
だって、これは、圭が悪いわけじゃない。
俺が逆の立場だったら、同じように声をかけられなかっただろう。
だけど、この時の俺は、どうしようもなく、圭と顔を合わせたくなかった。
だからつい逃げてしまった。
今でもこの時のことは後悔している。
このとき俺が逃げ出さなかったら。もっと違う未来があったんじゃないかって。
俺たちにとって、もっとより良い未来があったんじゃないかって。
『私』は未だに後悔する。
1人知らない街の中を歩く。
結構歩いたつもりだったけれど、見たらそんなに移動していない。
さっきくぐった門が、まだこんなに近いのだから。
「はぁ」
つい溜息を吐いてしまう。可愛らしい女の子の声が、自分の口から聞こえてきた。
それに、さらに落ち込む。
昔から、女の子みたいな名前だとからかわれることはあったけれど、自分自身の身体が女の子になってしまうだなんて、いったい誰が予想できただろうか。
ガラスに映る自分の姿を見た。
長い銀の髪。小さい顔に身体。随分と目線が下がってしまった。そして、胸についたこの塊。自分の身体についているとこんなに邪魔なものだとは思わなかった。クラスの胸の大きな女の子に、性的な目線で見てごめんなさいと謝りたい。もう2度と会うことはないけれど。
自分だと思うとげんなりするが、客観的に見ればかわいい。でも自分自身。なんだろうなこのジレンマ。
ガラスとにらめっこしていてもしょうがない。
まずは食い扶持を探さないといけない。
お金もねぇ、力もねぇ、車は……最初から走ってない。
となれば、見た目を活かして接客業か?
知らない男に媚びを売って笑顔で接客……。
考えただけでげんなりした。
というわけで何か他の方法を探すべく、俺はまた1人歩き出した。
「いらっしゃいませー!3名様ですね、あちらの席へどうぞー!」
街外れにある酒場。
ここで、俺はウェイトレスをしている。フリフリのスカートをはいて。
荒くれた冒険者共が、スカートの中を覗こうとしてくる。目線がうざい。
「メイ!これあっちのテーブルに運んで!」
「はーい!」
振り返れば胸が揺れた。ええい見るな男ども!その視線をやめろ!
結論から言って、俺は行き倒れていた。
3日ほど他に何かできないかを考えたが、力もなく、魔法も使えない、金があるわけでもないとなると、このか弱い身体で何ができるわけでもなかった。
それで3日飲まず食わずで、ホームレスのような暮らしをしていたーー今思えば、この時に襲われたりしなかったことは奇跡だと思うーーのだけれど、ついに倒れた先が、この酒場だった。
酒場の店主のアイシャさんが、俺を見つけてくれて、食事と身体を拭くためのお湯と、着替えまで用意してくれた。
その見返りというか、恩返しに、労働力を提供しているわけである。
他に行くあてもないので、手伝いをすることを条件に、この店に住まわせてもらっている。
色々手伝っているうちに気がついたのだけど、俺はやたら家事が得意になっていた。
元の世界では、料理なんかしたことも無かったのに、今では満漢全席だって作れるだろう。
知らない知識がインストールされているというか、そんなイメージだ。
この件に関して、例の女神から1通の手紙が来ていた。
例によって長かったので割愛するけれど、俺に振られたスキル、女子力 (カンスト)についてなんだけど、家事全般や女性らしい魅力に補正がかかるというものらしい。全く嬉しくないスキルだ。
そして、一切の戦闘スキルが無いこと。
魔力はそこそこあるそうなので、覚えれば魔法使いになれないこともないが、1から覚えないといけないので、時間がかかるそうだ。
……この世界に来た時点で、圭を頼って生きていかなくては行けなかったようだ。
圭にはまだ会っていない。
俺自身、身を隠すために偽名を使っているのもある。皐月=5月=メイ、自分でも単純だと思う。あと、有名な映画のキャラっぽい。
圭は俺を探しているのだろうか。
俺はまだ、圭に会う決心がついていない。
そうしているうちに、この異世界に来てから、2週間も経ってしまっていた。
「メイ、お疲れ。今日はもういいよ」
「いえ、まだ手伝いますよ。あと、皿洗いがありますよね」
「それはあたしがやるからいいよ。ずっと働き詰めで疲れただろう。休める時に休みな」
「……でも、」
「でももへったくれもないよ。自分のことを気にしてるんだったら、気にしなくていいさ。ずっとここで働いてたっていい。でも、いつか本当の名前ぐらいは教えて欲しいね」
バレていた。
名前を名乗る時、だいぶ挙動不審だったからかな。
「……はい。いつか、必ず」
「ははっ、期待しないで待ってておくよ。しっかし、そのスカート姿も、様になってきたんじゃないかい?」
「ば、ばかいわないで下さいよ!恥ずかしいんですよ!」
「慣れてなかったもんねぇ、初めの頃は、ガニ股で歩いて、すぐ中が見えそうになってたりねぇ。見た目によらず男の子っぽいっていうかさ」
「ははは……」
笑うしかなかった。
男の子っぽいどころか男だったんだし。
2週間近くもスカートをはいていれば流石に慣れるというもの。
慣れないうちは随分と恥ずかしい目にあったけれど、それは割愛しよう。あの時は無駄にサービスをしすぎた。
女の子のような動作にも慣れた。スキルのおかげか、そこまで困らなかった。精神的な葛藤はあったけれど。
そんな風にアイシャさんと談笑しているその時だった。
「へへ、邪魔するぜ」
ガラの悪そうな男が、ぞろぞろと店に入ってくる。
アイシャさんが男たちの前に立って言う。
「すみませんがねぇ、今日はもう終いなんですよ」
「ああ、気にしなくていいさ。俺たちは、金さえもらえりゃそれでいいんだからなぁ!」
男の1人がアイシャさんを蹴り飛ばした。
俺はそれを見て、とっさに飛び出した。
「お前ら!やめろ!」
俺は男にタックルをかましたが、がっちりと受け止められてしまった。
生憎と、この身体は非力だった。
「んん?随分とかわいい嬢ちゃんじゃねぇか」
「へへへ、皆でマワしますか」
ぎゃはははと男たちの下卑た笑いが店内に木霊する。
「いや、ちと勿体無いが、奴隷館に売るか。上玉で処女なら、金貨が何枚になることか」
そう言って男は、他の男に俺を縛るように指示を出す。
俺はじたばたと抵抗したが、まったくの無駄で、ロープでぐるぐる巻きにされ、猿轡と目隠しをされた。
「それもいいや!それでもっといい女でも買いますか!」
「おう、さっさとずらかるぞ。金目の物をかき集めてこい。それと、こいつは売るが、そこの女は好きにしろ。俺は奴隷館に行くからな」
「んー!んー!」
見えないのでアイシャさんがどうなってしまうかわからない。
俺は声だけでも出そうと叫ぶが、猿轡のせいで声が出せない。
「ちっ、うるせえな。ふんっ!」
男は俺の腹を殴った。
俺はその一撃で気絶してしまう。
気が付いた時には、奴隷館の牢の中だった。
圭に会うまであと2週間。もっとも辛い2週間が始まる。




