感幕 少女は祈る、彼のことを思って
今回のみ三人称視点です。
王都を襲うドラゴンの群れ。
空を見上げればワイバーンが、地上には地面を耕すように進むランドドラゴン、小さくて遠目からでは見えなかったが、火を吐くサラマンダーもいる。
英雄だと呼ばれた少年がドラゴンの群れに戦いを挑む。
王都の騎士や冒険者たちもそれに続くが、侵攻を完全に止めることは叶わず。
次第に、少しづつ、街は壊されていく。
それでも、街が主戦場となることはなかった。
英雄と呼ばれた少年が、地上のドラゴンの侵攻を食い止めることができていたからだ。
ただ、空を行くワイバーンの一部が、街へと侵入した。
王に仕える魔法使いが迎撃をするも、少しづつ街は壊されていく。
ただ、街に人の影はなく、すでに避難が出来ていたのが救いだった。
「押さないで、順番に入ってください!」
礼拝堂の入り口で、銀髪の少女が避難する人々を誘導する。
少女は英雄の少年の連れで、王の客人であったのだけど、どうやらその自覚はないようで、避難誘導を進んでかって出てくれた。
まるでお手伝いをしているような少女の姿に、騎士達の好感度は高かった。
もっとも、何かする暇もなく、何かしたとしても英雄の少年と、騎士団長の第3王女が許すわけもなく。
知ってか知らずか、少女は懸命に避難誘導を続けた。
「礼拝堂の方は、これで全員でしょうか?」
銀髪の少女は近くにいた騎士に声をかける。
「はい。残りは王城の方へ誘導しております。サツキ様も、どうか礼拝堂の中へ」
騎士はそう答えた。
騎士としても銀髪の少女の身の安全を確保しておきたいが、それ以上に、少女に何かあれば自分の首が飛ぶかもしれないという保身からでた言葉であった。
その意図に、少女は気付かず、
「ありがとうございます。エリザさんにも私は礼拝堂の中だと伝えておいてください」
と、騎士団長の名前をだして、お礼を言った。
その騎士は大層恐怖したが、その少女の笑顔は、それ以上に、騎士の気持ちを高ぶらせる。
あの笑顔を守るために戦おうと。
銀髪の少女は礼拝堂の中へと入る。
見渡せば、避難してきた王都の住民たちが、家族や知り合いなどで固まって座っている。
その中に、1人で座っている幼い少女を見つけた。
少女はその幼い少女に話しかける。
「大丈夫?怖くない?お母さんはどうしたのかな?」
幼い少女はいきなり話しかけた人物に警戒をしたが、銀髪の少女のその笑顔に欠片の敵意も無いことを察すると、ぽつぽつと話し始めた。
「おかあさん、どこかにいった。リディア、ここでまってろって」
銀髪の少女は心の中で怒りを覚えた。
もしかしたら違うのかもしれないが、幼い少女は捨てられたのではないか。
違う結論を出したかったが、この状況で、他の住民も家族で集まっている中で、待ってろと言う親はそういないだろうと思ってしまう。
少女は怒りを隠して、優しく、優しく幼い少女に言った。
「そっか。じゃあお母さんが戻ってくるまで、お姉ちゃんと一緒にいようか」
幼い少女はコクリと頷いて、銀髪の少女についてきた。
祭壇の前に席を取る。
全体を見渡せるし、何より探される側になっても見つけてもらいやすい。
前には何か宗教的な祭壇と、壁の上にはステンドグラスが飾られている。
このような状況でさえなければ、綺麗だなとそう思えるのかもしれないが、今は特に何も感じることはなかった。
銀髪の少女の心配は、目の前にいる幼い少女と、必死にドラゴンと戦っているであろう親友の方に向いていた。
しかし、銀髪の少女に何かできるかと言われれば、はっきりと、何もできない。
幼い少女を励ますことはできても、その不安を明確に取り除くことはできない。
弱い自分は、ただ守られているしかないのだと、銀髪の少女は自身の身体の貧弱さを呪った。
元の男の身体であったなら、ケイの横に並んで戦えたのではないかと。
けれど、それは過ぎた願いだ。
ならばと少女は祈る。
何もできないのであれば、ただ、親友の無事を祈る。
祭壇を前に、膝をつき、両手を組み合わせ、目を瞑って、ひたすらに祈る。
幼い少女は問う。
「おねーちゃん、どうしたの?」
その不安げな表情に、銀髪の少女は笑顔を作って答えた。
「今、お姉ちゃんの大切な人が、ドラゴンと戦っているから。その無事を祈っているの」
言ってから気が付いた。
幼い少女が、自らの家族に置いていかれていることに。
だがしかし、幼い少女は言った。
「じゃあ、リディアもおかあさんがはやくかえってくるのをいのる!」
と、銀髪の少女のポーズを真似た。
銀髪の少女は内心ホッとして、ひたすらに祈った。
それから何時間が経っただろうか。
幼い少女は疲れて眠ってしまっている。それを前にして、銀髪の少女は祈り続けている。決して幼い少女を生贄に捧げているわけではない。
王城の魔法使いの結界は思ったよりも強固で、礼拝堂と王城は無事である。
もっとも街の方はかなりの被害が出ているが。
幸いなことに、早くに避難が済んでいるため、住民に死者は確認されていない。もっとも街から逃げ出した者も確認されているので、絶対ではないが。
ただただ怯えるだけの時間に、人々は憔悴しきっていた。
ワイバーンの咆哮が間近で聞こえた。その振動で、ステンドグラスが割れた。
人々の悲鳴が聞こえる。
銀髪の少女としては、目の前の幼い少女が起きなかったのが救いか。案外幼い少女は図太かったらしい。
銀髪の少女はそれでもなお祈り続けた。
割れたステンドグラスから、日の光が差し込む。
それがまるで光の道のように、銀髪の少女を包み込む。
それを見た人々が、一人また一人、少女と共に祈り始める。
いつの間にか悲鳴は止んでいた。
少女は目を瞑って祈っていたため、周りを見ていなかったが、すぐに落ち着いたことを感じていた。その理由まではわかっていなかったが。
銀髪の少女は祈る。
親友の、大切な人のことを思いながら。




