姫騎士と距離感
「よし、ここまで来れば大丈夫だろ」
俺は周りの気配を確認してそう言った。
ちょうどいい木陰を見つけたので、そこにサツキを降ろす。
サツキはしがみついて離れなかった。
「……サツキ?」
「……もうちょっとだけ、抱きついていていいかな」
よく見ればサツキの手が震えていた。
その震えた手で、俺の服を離さない。
「わかった」
俺はサツキを抱きかかえたまま、荷物を降ろし、腰を下ろす。
女騎士も目の前に座った。
「悪いな、こんな感じで」
「いえ、少女であれば先の光景は刺激が強いでしょう。気丈な方だと存じます」
サツキは俺の胸の中で、見えないようにムッとしていた。
少女だと言われたのが癪に触ったのだろうか。
そしてすぐにため息をついた。
自分の見た目を思い出して諦めたのだろう。
「とりあえず、お互い楽にしようぜ。あんたもその頭鎧、とったらどうだ」
「ええ、そうさせて頂きます」
女騎士はそう言うと、頭に被っていたヘルメットのような鎧を外す。
ブロンドの長い髪が、風になびいた。
「わぁ……きれい……」
サツキが感嘆する。
頭鎧と、急いでいた所為でよく見ていなかったが、かなりの美人だ。
……というかどこかで見たことある気がする。思い出せないが。
お互いに自己紹介をする。
「改めまして、エリザベート・アリュウスデルトと申します。エリザとお呼びください」
「俺はケイ。こっちはサツキ」
「サツキです。よろしくお願いします」
女騎士、エリザはそう名乗った。
あぁ、思い出した。
「あー、見た事あると思ったら、おっさんの娘か」
「父のことをおっさんだと呼ばれるのは貴方ぐらいのでしょう、英雄様」
あ、こいつ、サツキの前で。
サツキは目を丸くしてこちらを見る。
「……え?ちょっとまって、おいつかない。ケイはこの人のこと知ってるの?」
サツキの理解が追いついていない。
俺は自分のことを誤魔化すために、エリザの説明をした。
「うんとな、家名でわかるかと思うが、こいつ、王家の人間だ。第3王女で騎士団長、だよな」
「えぇ、ご説明感謝致します」
エリザベート・アリュウスデルト。
第3王女にて、若くして騎士団長になった実力者。
国王は普通に王女として育てたかったようだが、何をどう間違えたのか、剣を振るえば男よりも強く、誰よりも気高い、無敵の騎士団長へと成長してしまった。
恐ろしいのは、実力で騎士団のテストを受け、トップで合格し、危険な前線に身を置き、王家の威光無しでその地位を勝ち取ったところにある。
俺もドラゴンを倒した時に少し見たことあるだけだが、その実力は確かだった。
「な、な、なんでこんなところに王女様が……」
サツキはあわあわしている。
まぁ普通の反応だわな。
俺は王とも面識があるので、今更その娘が出てきたぐらいじゃ驚かない。
状況には驚いてるけどな。
「で、なんだって森の中に、武器も無しに歩いていたんだ?」
俺はエリザに質問をする。
するとエリザは答えた。
「元々、英雄様に会うのが目的であったのですが、リンデルの街へと馬を走らせている途中に、部下が謀反を起こしまして。不意打ちで武器を奪われ、森の中に置き去りにされたのですよ」
エリザはやれやれと言わんばかりのポーズをとった。
「まぁ、結果的に目的は果たせましたし、英雄様の実力も垣間見れました。改めて、助けていただきありがとうございます」
「いや、いい。」
これは、誤魔化しきれない。
「ねぇ、ケイ?」
「どうした、サツキ」
「英雄って、誰のことかなぁ?」
こいつ、解って聞いているだろ。
俺は少し嫌な顔をした。
「あら、サツキ様はケイ様が英雄だとはお知りになられていなかったので?」
「聞いてないよ!」
「言わなかったしなぁ」
「言ってよ!」
「だって知られたくなかったし」
俺自身は英雄って呼ばれるのは嫌なんだよなぁ。
実際のところ、ドラゴンは瞬殺だったけれど、それって不意打ちの一撃を急所に入れただけだから、それまで前線を支えてたエリザ達騎士団の方がよっぽど凄いし偉いのだ。
エリザは後方待機だったから、俺とそこまで関わりがあるわけじゃなかったが。
「むぅ、そんなに知られたくなかった?」
「そんなに知られたくなかった」
「じゃあいいよ。この件はお終い」
物分りが良くて助かる。
「仲がよろしくて羨ましいですわ」
「そんな……」
なんで照れてるんだか。
俺らが仲良いなんて昔からじゃん?
「それで、エリザ様はどうしてケイに会いに?」
サツキは俺にしがみつくのを止めて、横に座ってそう言った。
王族の前で抱きついているとか不敬だとでも思ったのだろうか。今更だが。
「サツキ様、わたくしの事は、エリザと、お呼びになって下さい」
「いやいやいや!王家の人相手にそんな!それなら私のこともサツキと」
「サツキ様はあの醜悪なオークから、わたくしを守ろうとしてくれたではありませんか!そんな命の恩人ですので、呼び捨てになんてできませんわ!」
「えぇぇ……」
話は平行線だった。
仕方がないから助けをだしてやる。
「サツキ、諦めろ。この王族は、気に入った人には対等に、どころか自分を下に持って行こうとすらする。言っても無駄だ」
「うぅ、じゃあエリザさん、で。そのかわり私のことも様付けは止めて下さい」
「わかりましたわ、では、サツキちゃんで」
急に馴れ馴れしいな。
この王族の距離感の謎さ加減はいつものことか。
「はぁ、サツキちゃんかわいいですわ……」
「……あれ、私は何かを間違えただろうか……」
エリザはサツキを舐め回すように見ていた。サツキは嫌な予感に怯えている。
いくらサツキがかわいくても、絶対にやらんがな。
話を元に戻す。
「で、俺に会いに来た用件は?」
「えぇ、父がまた英雄様に会いたいというので、連れてくるようにと」
なにか、面倒くさそうな予感がした。
 




