手料理とハチミツ
昼過ぎだろうか。起きてみると、1人でベットに倒れていた。
サツキがどこにもいない。
なんとなく不安になり慌てて着替え、1階へと降りる。
サツキがいない。また、サツキがいない。それだけで俺は不安になる。
「おばちゃん!サツキはどこだ!」
俺は食堂に出るなり、大声で叫んだ。
食堂には、昨日飲み会をしていた冒険者どもが昼間だと言うのに何故かいる。
そいつらが一斉にこちらを向き、溜息を吐かれた。
「はぁ、なんでこんなやつにサツキちゃんが……」
「お前あれでも英雄だぞ?惚れないわけがない」
「でもあいつ絶対むっつりだよな」
なんか腹たつ言葉が聞こえてくるが無視。
おばちゃんがこちらへと近づいてくる。
「おばちゃん!サツキは……」
「うるさいから、そこにでも座ってな!」
なぜか怒鳴られて、いつも座る席に座らされた。
目の前には、ライルが何かを食べている。
……あれは、ホットケーキ?
「よぉ、兄弟」
「ライル、サツキはどこだ?」
ライルは親指で厨房を指差した。
客席から厨房は丸見えなので、顔をそちらへと向ける。
そこには、三角巾とエプロンをつけて、フライパンと格闘するサツキがいた。
「サツキ!」
俺は思わずテーブルを叩き、大声をあげた!
すると、厨房からサツキの怒鳴り声。
「ケイ!うるさい!いいから大人しくそこで待ってなさい!」
「あ、はい……」
サツキに怒られた。
目の前でライルがニヤニヤと笑っている。
イラっとしたが無視。
でもよかった。
サツキがいた。
それだけで安心した。
また、俺を置いていなくなったかと思ってしまった。
「しっかしなぁ、慌てすぎなんじゃねぇのかい?」
ライルが話しかけてくる。
いつの間にか食事は終わっていたらしい。
「……別にそんなことはない」
言葉では否定したものの、周りから見れば確かに異様だったかもしれない。
だけど、あの、サツキの見つからない1ヶ月を考えると、やはり心配になってしまう。
「ま、いいけどよ。それにしてもエプロン姿もよく似合うなぁ」
それは同意する。
フライパンでホットケーキを次々と焼いていくサツキ。
足元には、そのままでは手が届かないからだろうか、台座がある。
おばちゃんと並ぶと、お母さんの手伝いをする娘みたいな感じでかわいい。ほっこりする。
ライルと2人でサツキを眺めていると、食べ終わった冒険者達が次々と出て行った。
サツキが皿を2つ持ってこちらに来る。
「ふー、疲れた。はい、ケイの分」
「お疲れサツキちゃん。大変だったね」
「全くですよ。朝起きたら冒険者の人達が暖かい目で見てくるし、おばちゃんに厨房借りてホットケーキ焼いたらみんな食べたいって言って、おばちゃんが売り出しちゃうし」
「でも、美味かったぜ」
「それはよかった」
俺は皿を見ていた。
サツキの手料理が目の前にある。
ぐぅ、と腹が鳴る。
「ケイ、食べていいよ?」
「いただきます」
俺はホットケーキを食べた。
何もかかってなくて、素朴な味だったけど、とても美味しく感じる。
俺は夢中で食べた。脇目も振らずに食べた。
2枚しかなかったそれは、すぐになくなってしまった。
「うわはっや、『私』のも食べる?」
「いや、いい。それはサツキが食べればいい」
「いいなら食べるけど」
サツキはナイフで小さく切り分けながらホットケーキを食べた。
小さい口をもぐもぐと動かして食べている。かわいい。
「あ、そうだ。サツキちゃん、これ使うか?」
ライルは自分の荷物から小瓶を取り出した。
瓶の中には黄金色に輝くものが入っていた。
「えっと……それは?」
「昨日た退治したキラービーっていう虫型のモンスターの巣にあるものなんだけどな、甘くて美味いらしいが、俺は甘いのはそこまで好きじゃないから売りに出そうかと思ったんだけど、サツキちゃんなら気にいるかもって思って」
「それってもしかしてハチミツ!?」
サツキは目を輝かせていた。
そういや昔から、女っぽいって言われるのが嫌な割に、甘いもの好きだったっけ。
サツキはライルから小瓶を受け取ると、中身を少しだけホットケーキにかけて食べた。
「ふあぁ……」
どうやらお気に召したらしい。
片手を頬に当てて、とろけた顔をしている。
「美味かったなら全部持ってっていいぜ。昨日のお礼というかなんというか……」
ライルは言葉尻をごにょごにょとさせて言った。
「昨日?昨日の夜の記憶がなんでかないんだよなぁ。気がついたらベットの上で、横にケイが寝てたし」
「よぉ兄弟、死んでくれ」
「だが断る」
「ケンカはしないの!」
どうやらサツキに昨日の記憶は無いらしい。
よかったと言うべきか残念と言うべきか。
サツキが食べ終わったタイミングを見て、俺はサツキに言った。
「サツキ、俺に何も言わないで、どこかに行くなよ」
「行かないよ、もう、どこにも行かない」
多くない言葉だったけれど、サツキに意味は通じたみたいだ。
その言葉だけで俺は満足だった。
サツキはハチミツを食べて、しかもその小瓶を貰って、その日ずっとご機嫌だった。
俺は、その蜂のモンスターの巣のありかをライルから聞き出そうとしたが、断られて大げんかになったのはまた別の日のことだ。




