お酒と甘え上戸
おばちゃんの宿の1階にある食堂。
ベットは明日届くので、今日はまだおばちゃんの宿に泊まる。
一日中歩き回ったのでなかなかに疲れたのだが、周りが騒がしすぎてゆっくりできない。
「がっはっは!てめぇら!もっと飲め飲め!」
「バーンズの旦那!そんなんで金は大丈夫なのかよ!?」
「家を売って臨時収入が入ったからな!心配すんな!」
つまり俺の金ですね、わかりません。
宴会をする彼らを呆れてみる俺の横で、サツキはその様子を楽しそうに見ていた。
「……なんか楽しそうだな、サツキ」
「え?そんなことないと思うけど」
サツキは否定しているが、どこかソワソワとしている。
こいつ昔から、居酒屋とか宴会会場とか好きだったな。
サツキとは親友だけど、少し遠い親戚筋になる。
だから、親族の宴会とかで一緒になることも少なくなかったが、サツキはいつも大人たちに囲まれて、酒でも飲まされてるんじゃないかと思うくらいに楽しそうにしていたっけ。
俺は、大人たちの話はつまらないからと、他の親戚の子と遊んでることの方が多かったけど。
そんなことを思い出していると、1人の男が、ジョッキを片手に俺たちのテーブルのイスに腰掛けた。
「よぉ、兄弟。楽しんでるか?」
「あ、ライルさん」
「ライル……いたのか」
「いたのかって酷くねーか?なぁ、サツキちゃんよぉ」
「サツキに近寄んな。死ね」
「うーわ、直球。わーかったからそんなに睨むなっつーの」
ライルは、昨日の夜俺がサツキにあーんをしている時にケンカを売ってきた、チンピラっぽいが、よく見ればイケメンな残念野郎だ。
あの夜には、サツキのかわいさを語り合ったりなんかしたが、俺がサツキと一緒にいるところを邪魔することは、万死に値する。
だから死ね。そんな目線を送ってやる。
「ケイ、睨まない」
「はっ!サツキちゃんに怒られてやがるぜ!」
「ライルさんも煽らない」
「あ、はい……」
2人揃って怒られた。
ライルは手に持っていたジョッキの中身を一気に飲み干した。
とはいえ半分も入っていなかったのだから、無理をしたわけでもない。
「ぷはっ、タダ酒は格別だな。お前たちは飲まないのか?」
「俺はいい、エールってそんなに好きじゃないし」
異世界の例に漏れず、この世界の酒の主流はエールだ。
俺は苦いのはあまり好きじゃない。
「果実酒もあるみたいだぜ?そっちなら甘いからいいんじゃねーの?俺はこっちのがいいけど」
「あー、果実酒なら付き合ってやるよ。一杯だけな」
「よっしゃ、今持ってきてやる。サツキちゃんはどうだ?果実酒飲むか?」
サツキはキョトンと俺を見てきた。
飲んでいいかどうか聞きたいのだろうか。
「ここは、15歳から大人だから、俺らでも酒は飲んでいいんだぞ?俺ら16歳だしな」
「ホント!?ライルさんっ!『私』にも果実酒!」
「おっ、サツキちゃんはいいノリだねぇ、ケイと違ってな」
ライルは厨房のおばちゃんから果実酒を受け取って、こちらへ戻ってきた。
自分の分のエールを持ってきていた。
「ほらよ、じゃあ飲もうぜ」
「かんぱーい!」
「……かんぱーい」
カチンとグラスをぶつけ合い、俺たちは乾杯した。
果実酒を口へと運ぶ。口当たりが甘くて美味い。
うん、いい酒だ。
「サツキちゃん?大丈夫か?」
ライルがサツキに呼びかけていた。
そういえば、元の世界でもサツキが酒を飲んでるところって見たことないな。
サツキの方を見ると、顔を真っ赤にしたサツキがいた。
グラスの中身は……まだいっぱい入っている。
……え?
「え、ライル?サツキに2杯目渡したとか……」
「いや、……サツキちゃん、一口しか飲んでないぜ?」
弱っ!サツキ酒に弱すぎだろっ!
サツキは両手でグラスを持って、目をトローンとさせている。
「お、おい、サツキちゃん?大丈夫か?」
ライルがサツキに話しかける。
周りも、なんだなんだとこちらに注目を集め始めた。
「……あー、らいるさんだー」
誰だこれ。サツキだ。
全員が困惑していた。
俺も困惑していた。
普段とキャラが違いすぎる。
「らいるさん、らいるさん」
「お、おう。どうした、サツキちゃん」
「あのね、これからもね、けいと、なかよくしてほしいの」
うわ、なんだこれ、めっちゃ恥ずかしい。
ライルも多分同じことを考えているようだった。
さりげなく耳が赤くなっている。
「わ、わかった。ケイと、仲良くする」
「ありがとー」
絶え絶えになって言ったライルに、サツキは笑顔でトドメを刺した。
その笑顔は破壊力抜群で、ライルはその場に倒れた。幸せそうな顔をして。
サツキはそんなライルを捨て置き、手に持っていた果実酒をまた少し飲んで、ふらふらと歩き出した。
ってちょっと待って危ないから!
俺が追いかける前に、サツキはバーンズさんにぶつかった。
転びそうになるサツキを、バーンズさんは優しく受け止めた。グラスも回収しているあたり、流石としか言いようがない。
「っと、あぶねぇなぁ、嬢ちゃん。気をつけろよ?」
「……ばーんずさん、ごめんなさい」
「いいってことよ。ほれ、ケイの奴が待ってるぜ」
さりげなく俺のところに戻るように進めるバーンズさん。
しかしサツキの攻撃は終わってはいなかった。
「うんっ。あっ、ばーんずさん、おうち、ありがとう。とってもすてきなおうちだったよ」
またしても笑顔でそういった。
屈託のないその笑顔は、バーンズさんだけではなく、周りの人々を虜にしていく。
ってだからそんなのはマズいんだってば!
「嬢ちゃんみたいなのにお礼を言われて、嬉しいねぇ。俺もあの家を作った甲斐があったってもんよ」
なんか新しい情報が!
あれ作ったのバーンズさんかよ!
家づくりで暮らしていけるだろあんた!
ってそんなことはどうでもよくて、俺は急いでサツキを回収する。
「あー 、けいだー。ねー、けい、ぎゅーってして?」
まずいまずいまずい。
こんなのは良くない。理性が飛びそう。
とりあえず、抱えて持ち上げる。
「えへへ、けいのうでのなか、きもちいいなぁ」
あーもう!かわいいなぁちくしょう!
俺は周りの連中にこう言った。
「こいつはもう寝かせるから。今夜のことは言いふらすなよ。あと、今後サツキに酒を飲ませようともするな、いいな?」
周りの連中も理解しているのか、こくこくと頷いた。
俺はサツキを連れて宿の部屋へと戻る。
そしてサツキをベッドに放り投げる。
「けいー、いっしょにねよー?」
「……はぁ、わかったよ」
言っても聞かなそうだから、俺は渋々ベットに横になる。
サツキは無邪気に俺に抱きついてくる。
「けいー、かってにどっかにいっちゃ、やだよ?」
「……どっかに行ったのはお前だろ」
俺は小声で、聞こえないように言った。
「けいがいなくて、さみしかったんだよ?」
それは俺も同じだっつーの。
「けい……すぅ、すぅ」
いつの間にかサツキは寝ていた。
俺の服をガッチリと掴んだまま。
身動きが取れない俺は、どうしようもなく、慣れない酒で寝れないまま、朝を迎えることになった。
結論。
サツキに酒は飲ませるな。甘え上戸に気をつけろ。
1/19 ケイのセリフに、16歳だと明言する内容を追加




