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青色コンプレックス  作者: KIANT
第二章 イジメと貴女と友達と
7/8

7

 

 学校に寮があるのであれば、食堂があるのは当たり前だろう。

食堂でのランチセットは日替わり制でもある。他にもたくさんのメニューがあるが、慣れてくれば大半の生徒はこぞってランチセットを頼むが、やはりこの学校に来て1日、2日でそれを選ぶ人は中々いない。

それは、高校一年生芸能科編入生組も全く同じであった。



「なぁ、“しょうぶ”って何や」


「菖蒲? 花だよ、花。アヤメ科のハナショウブって言ってさ」


「なんや、綺麗なもんやないか」



きっと彼らが言いたいのは”勝負”だ。発音も漢字も違う。現実逃避が甚だしいというのはこのことだろう。

彼らの事を一瞥するも、彼らは現実逃避がしたいらしくこちらと目を合わせようとはしない。



「そうだよ! まさか、いやいや、決してライオン君とバトるだなんてね! そんな事にはなるはずがないよ」


「やんな、うん。じゃぁ、俺の昨日の一日は、幻聴と幻覚で終わった」


「ソレ、ただの夢だ」



確かに。ならば、168cmになっていた身長まで、幻になるから、やめてほしい。

やっと1cm伸びたのに。この身長で筋肉をつける為にもご飯を沢山食べなければと意気込んでいるのに。



「おぉっ、夢か。あ、けど、179cmから4cm伸びてた事も夢なんか?」


「そうだよ、150cmから一切伸びてなかったなんて、嘘に決まってる!!」


「そりゃ、願望だ」



二人のやり取りを横で聞きながら、目の前のサラダをつっつく。サラダと並サイズのカレーライス。

至って普通の昼食である。ランチセットなるものもあるが、それは日常が落ち着いてから選ぶことにして。無難で安いカレーライスを選んで食べている。噂には聞いていたが、やはり美味しい。

運ぶスプーンを口に入れた途端、前に座っていた筈の伸が立ち上がった。大きな物音を立てて。



「願望?! やったら、昨日の一日起こった事、すべて消して欲しいわ、ドアホッ!!」


「無理。未来は帰られても過去は変えられない」


「何、どさくさに紛れてカッコいい事言っとんねん! んなもん、今は必要あらへんわ!」



ただ、そういう伸の事は丸無視している。格好イイ事を言ったと高を括る空は、少しほくそ笑みながらサラダの中のミニトマトをつっついた。丸くて滑る彼は、簡単にフォークから逃げていく。正直、伸がどう思おうとどうでもよい事だったのだ。それより、目の前の皿で転がるトマトがうまくフォークでさせない。

逃げんな、俺のトマトちゃん。



「ったく、だったら、なんで、あんな勝負引き受けたの? 頭、微妙にズレてるとは思ったけどさ、そこまでズレてるとは思わなかったよ、僕」


「え。那智は俺の事理解してくれてると思ったんだけど」


「友達になるっていう話までは分かるけど、それ以降は全く分からないよ」



全くもうと言わんばかりの那智は、目の前の牛乳パックを手に取りズズーッと飲み干した。横に座っている彼女は本当に男の子かもしれない。本日、牛乳パック100mlを4本飲み干したのだ。正に“胃袋にブラックホールを持つ女”とは、彼女にピッタリな異名ではないか。

何故あの牛乳をあのようにずずっと飲めるのか、こちらにとってはとても不思議である。

ただ、論点はそこではない。理解してくれていると思った那智は、そこまで懐が大きい訳ではないようだ。さすがに、先程の事に理解を示してくれる様子はない。



「ズレてるか? 売られた喧嘩を買っただけだ」


「ハッ、売られてるって言っても、そこらの100円均一ショップで売られてるようなモンちゃうぞっ?! お前が買ったんは、友人の一億円の借金やっ!!」


「俺、そんな馬鹿な友達作らないし」


「問題点はソコちゃうわ、バカっ!」



ハァッとつかれた溜息と共に、彼が座り直した反動により大きく大きく机が揺れる。またもや、トマトが空のフォークから逃げてしまった。先ほどこのトマトと格闘すること数十秒。未だにつかめない。

今のは、勢いよく座った伸のせいではないか。もう少し落ち着いて行動してほしいものだ。



「っていうか、食べるの遅いよ、ジョージ君」


「だってトマトちゃんが逃げる」



コロコロと転がり落ちそうなトマトをフォークで追いながら、彼らにいえば、彼らの皿は、自分より二倍も三倍もあったはずなのに、もう終わりかけだ。小食ではないのだが、彼らの食べる量が明らかに多いのだと思う。いや、なぜ女である彼女までもが自分より量が多いのだろう。色々理解できない。



「トマトちゃん?! ジョージとトマト……? フハッ、どこぞの、外国夫婦やねん!」


「うるさい」



ムカついたので、トマトちゃんをグサッと刺して、奴のお茶の中へネジいれてやる。ちなみに、伸はトマトが大の苦手らしい。先ほどからこちらでトマトを追っていたら、明らか嫌な顔をしていたのを何度も見ていたので、解ってしまった。

その嫌そうな顔は明らか内容とはまた違う毛嫌いの仕方だったのだ。



「ちょっ、おまっ?! き、鬼畜ジョージっ!!!」


「どうとでも言え」



カレーライスにスプーンを突っ込みながら見渡せば、8人掛けの机にたった三人しかいないはずが、食べ物は7人前程ある。なぜこんなことになるのだ。なぜこんなに多いんだ。

那智が、ラーメン定食+唐揚げ定食+サラダ盛り、伸は、親子丼+狐うどん定食+サラダ盛り+デザート。

いやもう、後者は解る気もするけれど前者の方が女子が食べる量じゃない。どうやったらこの細っこい体に入っていくというのだろう。


二日目の食堂という事もあってか、彼等は場所を取るなり注文場所へダッシュし食べ物を奪取した。彼らの奪取ぶりはとてもじゃないが言い表せられないほどすさまじかった。いや、もう、食べる量がおかしい。

自分は普通にカレーライスとついてきたサラダのみである。いや、普通の高校生男子ならこれぐらいだと思うのだが、違うのだろうか。

量といい食べる速さといい、ケタ違いの彼らを目の前にしてようやく最後のトマトを口にいれれば、那智がこちらをじっと見つめてきた。



「ん? どうした」


「ん~……ジョージ君、真面目に聞いていい?」



ジョージがゆっくり食べる横で、空になった皿を突く彼女。足らないのだろうか、などと思いながら口に放り込んだトマトを噛みしめながら頷いた。



「本気で、勝負する気?」


「……んー、まぁね。一応」



口に運んだスプーンで再び掬おうと皿を見遣るが、ルーとライスの比がおかしい。

明らか、ライスが多いのだ。美味しいからと言って、カレールーばかりを食べ過ぎたようだ。向かい側で必死にトマトをお茶から掬い出す伸を見つつ、再びライスを口にしていると那智が横から肘で付いてきた。



「解ってる? 相手の事調べたけど、だいぶの芸能人じゃん」


「あ、取れた。……って、え?! なっちも知らんかったん?」


「僕、アメリカに住んでたからね、知らなかったよ。けど、雰囲気で解った」


「まぁ、だから何、って感じだな」



聞いた彼ら二人は、驚きを通り越し呆れたように溜息をついてしまう。自分の言葉には驚かなくなったが、次は溜息が出るようになったらしい。だから何と言った言葉にため息をつくなど、失礼だ。聞いているのに、溜息で返すとは。

相手が芸能人で有名だろうがなんだろうが、ここで平穏で暮らす術が手に入るかもしれないのに、それに乗らない手はない。



「だから何ってお前なぁっ! 一学期の最後に、それもこの学園で投票やろ? それも、ジョージ対ライオン? アホ言いなや、ココでのライオンの勢力がどんなもんか、わかっとんのか?!」



伸はようやく取り出したトマトを皿に転がしながら、言葉を続ける。マシンガンのように次から次へと出てくる言葉に逆に称賛したい気分だ。よくもどんどん喋れるなと感心した。



「勢力? 何それ、食える?」



カレールーのないご飯を口に頬張りながら答えれば、皿にあったはずのご飯がすべてなくなった。

ようやく食べ切ったらしい。すでに食べ終えていた彼らに少し申し訳なくなりながら、ごちそうさまと手を合わせた。



「あのなぁ、ライオンはココじゃぁ才色兼備として崇められてるんや。容姿だけなら、他の学科の奴が妬むやろうけどな。頭かて偉いんやで。非の打ち所がないんよ」


「神様?」


「いや、そこまではいかんケドさ……」



溜息をついて、出てきたトマトを手で転がす伸は、いつになく真剣である。食べ終わった皿を積み重ねながら、相手の言葉を待てばこちらをぐいっと詰め寄るように見てくる。

近くなった顔はよく見えるものだ。

細い目といい長い顔と言い、彼の顔は結構整っている。時折目じりにできる笑い皺がいい感じだ。彼の顔の特徴を堪能しようと思ったが、それは本人が許さなかった。



「それでなくても、俺らの情勢は悪いんや。俺らの学年からだけではなく、編入生ってだけで、忌み嫌われてるんや」


「まぁ、確かに」


「その上で、勝ったら相手を奴隷もしくは退学に出来るって……無茶苦茶にも程があるわ」


「……まあな」



うんと頷きながらも、どうでもいいかなという感情が流れた。


本当にそんな事出来る訳がないとも思っていたのだ。自分は相手を奴隷やら退学にするつもりなんて毛頭ない。逆にイジめられても勝てる自信がある。ただ、形勢逆転を狙うには、一学期間とは短いのはいただけないが、まぁ、そこはどうにかするしかないだろう。


とりあえず、今のまま一学期を終えるつもりは全くないのだ。

正直それよりも、どうやって勝負していくのか楽しみで楽しみで仕方がなかった。相手がどう出てくるか、それに対する対策を練ることが。


とりあえず、あの教室の雰囲気を変えないと。



「まぁ、とりあえず、ライオンと友達になる」


「いや、だから、なれへんてゆうてたやんかっ、相手が!」


「わからないだろ。未来は変えられるよ」



ハハッと笑い、机上の食器をかき集めて立ち上がる。

その言葉や行動に唖然とする彼等を置いて、食器洗い場へ持っていけば、次は違う視線が刺さってきた。周りからの目線が痛いのは今更の話で、もう慣れている。


いや、ずっとこの容姿で生きてきたんだ。慣れない訳がない。

着いてきた二人が、自分にお礼を言いつつ、先を歩いていくのを見てから、ザッと食堂を見渡した。


皆が、いい所のぼっちゃんばっかりだろう。いや、蚊帳の中だけで生きてきただけの決断力って、恐いかもしれないな。などと軽く笑い飛ばす。


ただ、この時は何ら恐い物などない、そう信じて疑っていなかったのだ。

不意に伸ばされた足元の足を飛び越え、この先自然と山あり谷ありであっても、事は静かに運んでいくはず。そう、根拠のない自信を、直ぐさま崩されようとは――――少なくとも、編入生三人は気付きもしなかったであろう。





 翌日から、ようやく授業が始まった。



しかし、こんなにハード、いや、鬼だなんて、聞いてない



芸能科と言えど、一般教養も人一倍やる学級が、青空学園芸能科だ。その上一日二時間に渡る、特別授業もあり、毎日ジャージが欠かさず要る。特別授業とは、芸能界に入るための授業だが、とにかく体を動かす物が多いのだ。


“全てエキスパート”、ソレを目指すこの学級は、正に猛者の集まりである。

そう言うほか、当て嵌まる言葉が見つからないし、誰一人として授業をサボるモノは見当たらなかった。サボるのは、自分が有名人となり抜ける必要がある場合のみ休暇が可能で、逆にいえばサボるだなんて論外だった。


一般教養と言えど、他クラスと同じエキスパートと呼ばれる先生が面白い授業を展開し、面白く教科を教えてくれる。何もかもが、エキスパート。才色兼備のみが集まる教室、それが芸能科クラスであり、彼らの中でも、常に20番内の成績を取り続ける代表格のライオンが、素晴らしい存在だった。

尚且つ、今年からは芸能活動を本格的にやり始めようとしている彼等だ。


この学園の誰もが憧れる存在、それがライオン、いや、白菊(シラギク) 陽太(ヨウタ)の実態だった。



ちなみに、芸能科クラスの人間は一学年400人中、100番以内から落ちてしまうとイエローカード。二回続くとレッドカードとし、他のクラスへ落とされてしまう。他、理数科・普通科・体育科がある中、毎年一人や二人落ちていく人間がいるのは珍しい事ではなかった。


こんな中で、編入生が邪魔なんて、当たり前の話であって、編入生イジメが起こる事も、納得のゆく事柄だった。


芸能科特別授業・ボイストレーニングが終わった三人は、うなだれながら、更衣室の隅で水を飲んでいる。



「あーっ……、声、かれてないけど、確実に喉使いすぎてるのは、よう解る」


「確かに。歌が上手い人が何日カラオケ行っても喉を壊さないって、こうゆう事?」


「やろうな、去年一年間コレやってきたアイツらが、神に見えてきたわ」



フゥ、と溜息を漏らした伸は、ロッカーにもたれて、宙を仰ぐ。

ただ、編入生と言えども、学校側もかなりの成績を取っていないと編入されないのが現状だった。一人という年もあるだけに、三人入ってきた今年は奇跡に近い。逆に在校生にとって、三人も入ってきた今年は脅威でしかなかったのだ。


ただ、入って来た三人であっても、環境になじむのは時間がかかる事。簡単にこなせられる訳がない。


空も例外でなく、悉く調べ尽くしたはずの情報を崩され、正直、芸能科に対する考え方そのものが変わってきていた。まさか、普段の勉強と芸能界へ入るための訓練がここまできついとは。想像を絶するとはこういうことなんだろうけど。


ただ、自分の好きな事をしようとしているのだ。難なく頑張れる自分がいた。

それに、ライオンを友達にするという途方も無い夢は、諦めていなかった。


二人がへたれている横で真っ先に戻ってきてさっさと着替え終わった空が更衣室の床に座る。

うちわと水は常備だ。



「早っ、体操服着替えるのん、しんどないん?」


「次、英単語テスト。単語帳、見るために持ってきたから、早めに着替えたんだよ」


「嘘やんっ?!」


「マジ。那智じゃないんだから、伸、早くしな」



那智は、アメリカにいた為、英単語テストや長文読解は安々と取れてしまう。彼女にとって、それは逆に救いとなっており、他の苦手な数理系の勉強に時間を費やせるだけに、日本の英語教育に感謝するとわめいていた。文法問題だけは、日本英語特有の癖があるらしく、苦労しているようだったが。


空や伸に至ってはそう簡単にいくはずもない上、空は英語が大の苦手だった。英語とか、消えてなくなってしまえばイイ、それが先日からの口癖だった。



「Claim=クレームするじゃぁ、何故バツなのかが解んないんだけど」


「強調する、やったっけ? まぁ、和製英語やしな、しゃぁない」



覗き込むようにして着替える伸は、英語が苦手な訳でも得意な訳でもなく。それなりにまんべんなくすべての強化をある程度できる性質である。それはそれで空にとっては羨ましい限りであった。



「……日本人は日本語のみで生活していける!」



皆に背を向けロッカーで素早く着替える那智も、色々慣れてきたのか、いつの間にか着替え終わっていた。彼女なりの着替える方法を見つけたようで、今では男子更衣室でサッと着替え終わっていた。よくもそんな堂々と着替えられるな、と内心関心していた。



「こんな調子で勝負やるんだね。大丈夫なの、ジョージ君?」


「それとこれとは別。うん、今は必死だから話しかけちゃだめ」


「あぁ、ゴメン」



単語テストなど余裕のよっちゃんな那智にとっては、相手が英語を勉強している時程、暇なときはないようだ。皆が更衣室からでていった後に、彼等も外へ。

人がまばらになってから着替える那智の為でもあり、最初に鍵を取りに行ったジョージが返さなければならないということもあり、最終的に教室に戻るのは最後になる。



「blaim? 同義語? 英語って暗号だね……」


「ほんまに嫌いなんやなぁ……、同義? accuseやろ」


「……なんか、伸をブチたくなった……」



地味に奴から単語帳を見れないように遮りながら、教室へ入っていく。暑い暑いとうちわを仰ぐ片手には、皆単語帳装備という光景。ただ、持っている奴らが大抵容姿端麗っていうのも、ココの名物だろうか。


このような風景を見ていれば、イジメをする時間などないだろうにと思うのだが、彼らはこのような状況でもイジメを開始していた。この労力が素晴らしいと思う。


空が真っ先にロッカールームに戻るのはそのこともあった。


真っ先に戻り、自分のロッカールームを見て、何がどうなっているかを確認する必要だあったのだ。貴重品は常に身に着けていたけれど、おいていた制服が無事かどうかを確かめていた。


今日は無事だったけれど制服の間に蟻の大群が群れていた。

どうやったらあれ程の蟻を連れてくるのか。

顔色一つ変えずに、それを窓の外へとパッと振り払い、すぐに着替えて他の連中が来るのを待つ。平然とした顔で待ち受けておけば、彼らは苦虫をつぶしたような顔をすることはしょっちゅうだった。

更に言うと、彼らの標的は他の2人ではなく自分の一点集中をしたい様だ。

時折、他二人のロッカーにも色々仕組まれたりしているが、毛虫一匹など小さい物だった。


いやまぁ、それよりも。今は英語の単語テストの方が大事だ。

ようやくたどり着いた教室で、机に突っ伏してとりあえず一言。



「英語なんか、この世から消えてなくなってしまえばイイのに」


「その類の言葉二回目だよ~、ジョージ君」


「じゃぁ、那智の頭変えて」


「じゃぁじゃないし、無理な話だよね、うん」



真顔で受け答えをする那智に、溜息をつきながら椅子にすわってうなだれる空。

視界に入る生徒達は皆、単語帳を持っている。皆が、必死であった。



「なんだ、てめぇ、英語なんざ出来ねぇのか?」



聞こえてきた少し低くて響く声。思わず彼を睨みあげた。

空にとれば、英語はまるで暗号。彼にとっては、アルファベットの羅列が、鬼、いや死神のようなものに見えていた。ライオンにとれば、英語“なんか”なんだろう。

素直に羨ましいのが、本音だった。


後ろのライオンは、勝った気なのかフッと笑ったまんま、単語帳を閉めてしまう。思わず睨んだ目を見開いてしまった。



「なんだよ、羨ましいか。ハァーッハッハッ!!」


「どこの貴族の坊ちゃんだ。坊ちゃんでも、そんな笑い方しない」



呆れてモノを言えば、奴は勝ち誇ったままで、単語帳を机の中にしまい込むという事までやってのけた。

そこまで余裕だとは、どういうことだ。全く。逆なでされてしまった気持ちが、奮い立ってしまう。蟻の大群を処分したこっちの気持ちにもなりやがれ、イジメの首謀者が。

彼を睨み上げて口を開いた。



「よし、こうしよう、ライオン君」


「ライオンライオンって、俺にゃちゃんとした名前があるんだよ!」


「グチグチうっさい男だな。懐の小さい男は嫌われるぞ、ライオン君」


「なっ?! くっそ、糞眼鏡、なんだよ!」


「そうゆう所がちっさいってんのに」



馬鹿だなぁといいたげな彼は、溜息をつきつつ単語帳を手に、彼をチラリと盗み見た。



「ん、賭けよう、ジュース一本」


「ハッ? たったのジュース一本? 今日の昼食一回分とか奢れねぇ訳? てめぇの方が小さいじゃねぇか」


「一日300円以内のご飯代しかない貧乏人の気持ちが解るのか?」



ギロリと睨めば、柔らかい表情の顔を持つ空の顔が一気に冷たくなる。

人ってこんなに顔をかえれるものだろうか。思考を巡らしている間に、再び、他の二人に突っ込まれているのに笑顔で対応していた。ライオンもその変容ぶりに少し度肝を抜かれたが、気のせいだと思うことにした。



「おい、どうすんだ? やるのかよ?」


「じゃ、もう見るなよ、英語“なんか”だが、自信があるんだろ?」


「ハッ、あったりめぇだッ!」



フッと鼻で笑う彼は一々気に障る奴だ。よくも、これで才色兼備とか言って崇められるな。空には到底無理な話で、彼を崇めることなど到底できそうにない。

友達になってこの訳の分からないガキ根性をたたき直す事なら容易いが。



「うん、そうだ、ライオン。勝てる自信があるんだ、一食奢ってよ」


「てめぇが勝てる訳ねぇ、勝手にすりゃイイだろ」


「了解」



そうとだけ言えば、ジョージは自分の世界に入っていってしまう。

再び他の誰かが話し掛けても、無反応で、彼の集中力も凄まじいということが理解できる。

コレには少し(オノノ)いたライオンだったが、チャイムと同時に先生がやって来た為か、単語帳を見ることは出来ず。


頭の中で繰り返される単語に、不安を感じつつも、単語テストと地獄の英語の授業が始まった。



* * * * * * * * * * * * * *



――1時間後……――



食堂にて。

いつもと変わらないはずの食堂には、いつもと違う少し変わった風景があった。

テーブルには異色の4人が並ぶ。そして異常に静かであり、尚且つ、異常な注目を浴びていた。



「明日のカレーは無しか」



彼はつぶやきながら、また“トマトちゃん”を追った。“トマトちゃん”が、いつも以上に、サラダの皿で転がり回る。トマトというものは、こんなに美味しいのになんでこんなに食べにくい食べ物なのだろう。

切ってしまえば中の緑の物が出てきてしまうし、それでは美味しさが半減する。うん、この形を改良してくれるような研究者は現れてはくれまいか。


このトマトでさえ攻略できないというのに、明日のご飯すらありつけないなんて。



「あぁ、最悪。明日の昼飯無しだって、那智」


「……うん、それで何?」


「酷いな、俺は明日生きていけるかいけないかの瀬戸際だってのに」


「いや、自分が悪いんじゃない?」



彼女自身も、いつもと食べる量は何ら変わらなかったが、同席する誰かのせいで、一切しゃべらないでいる。


彼女が食べるものは、例によって豚肉の生姜焼き定食に唐揚げ丼にサラダ盛り。

いや、お金持ちなのは知っているし自分ちの学校の食堂だから、割引してもらっているのも知っている。しかしだ、この小さい体のどこにこんな量の食べ物が入るのだ。

もぐもぐとひたすら口を動かす目の前に座っている彼女の顔は、いつも以上に無表情だけれど。


今日に限っては、向かいに座っている伸もその(たぐい)の一人だった。



「俺はジュース一本って言った」


「しらんがな、勝手に勝負したん、お前やろ」



友達の一言一言が冷たくて、空は一層落ち込む。

財布には、残り10日間分程度の食事代がキッカリキッチリ入っていたが、明日の分と明後日の分が、なくなってしまったのだ。その理由は勿論あのライオン君に、ジュースではなく昼食一回分を奢ったことになってしまったからだ。


少しジュースで押し切ってやろうとかと思ったのだが、途中からは何となくの男の意地になっていた。


そのうえで、何故かライオン君が同席しているという事態に陥っているのだ。

それゆえ、友達二人はとてもじゃないが仲良く喋ろうという気持ちにはならないようだ。



「……なぁ、なんで、好きなラーメン食ってんのに、こんな胸糞悪いんやろ」


「僕だって、好きなから揚げ食ってるのに、十分胸糞悪いよ」


「なに、悪いことでもあった? 二人とも」



そういう二人に、空はやっと掴んだ“トマトちゃん”を口に運び首をかしげる。

とりあえず、今日のご飯はありにしといて、明日のご飯はなしにするつもりだ。


彼らの機嫌が悪いのは明らか目の前のライオン君であることは解っている。ここ数日、明らかなイジメはなかったものの、クラスメイトからの総無視に始まり、連日仕込まれるロッカールームの虫、まだ制服を八つ裂きや机の上に落書きなんて言う目に見えてわかるものはされていないが、そのような地味なイジメはすべてこのライオン君の指示だと聞いている。


噂であるだけに、本当にこのライオン君の指示かどうかは解らないが、十中八九彼が首謀者だと他二人は見ているようだ。入学初日のあのライオン君の物言いからして、そういう風にしか見えない。


一番酷いイジメをされているはずの空は、そうとは思えないのか、それとも本気で友達にしたいからその様には思いたくないのか。彼が同席しても何らいつもと同じ態度である。

その空のとぼけように腹が立つのか、斜め前に座る伸は彼を睨み返した。



「現に起きとるやろ、アホ」


「とぼけないでよ、全く」



二人がそういえば、再びテーブルが静かになってしまう。皆が手にもつフォークや箸をおいたのだ。その様子を見ながら、ハァッと溜息をつく空。周りにいた観客という名のやじ馬たちもコチラに耳を澄ませるように身動きを止めていた。


空の相変わらずの様子に溜息をつきたいのは、自分たちの方だ。

そう思う那智は、目の前の何を考えているのか解らない若者を見やる。見ていても、ニコニコとしているだけで全くボロを出してこない。それどころか、日に日に強くなっているようにも思う。毛虫やら虫やら毎日靴箱に仕込まれてよくもこんな元気でいられるな。と感心してしまう。


先程の体育終わりに那智のロッカールームには何もなかった。今日は英語のテストだからか何もしなかったのだろうと推測している。


しかしまぁ、この目の前の空という青年の考えは全く予想つかない。

どうせ、ジョージ君の事だ、思うところがあってやってんだろうとは思う。全く、思うところなんてものは見当たらないのだけれど。


予測不能なジョージの頭の回転を、ただ観察するしかなかった。

それ以上に、今は厄介な展開に運びそうだ。斜め前に座っていたライオン君が口を開く。



「そんなに嫌かよ」



黙っていたライオン君が、とうとう口を開いてコチラを睨んでくる。

空に奢って貰ったランチBセットを食べる手を止めて離れて座る二人を見遣る。


が、那智も伸も反応しない。その通りであったけれど、肯定するのも嫌だったのだ。

自分達がその状況を作ったわけではない。初日からのイジメを仕掛けてきている首謀者が一緒に座って心地よい気分を持つ者など世の中に居るわけがない。

ただ、この状況を作ったのは空である。彼は彼でとぼけたままで顔をきょとんとさせている。



「え、俺、友達になりたいけど。ライオン喋んないし」


「てめぇじゃねぇよ。てめぇは訳わかんねぇから、却下だ」


「なんでよ。俺は快く友達になろうとしてるんだけどな。楽しくご飯食べようよ、ライオン君」


「うっせぇ。てめぇは黙ってろ! 他の二人だ。俺が同席するのがそんなに嫌か?」



いや、嫌に決まってるではないか。今更何を言うのだ。なんで、この席に同席して一緒にご飯食べているのかが不思議なくらいだ。ここの編入生を嫌う理由は十二分に解ったつもりだ。その上でのイジメであることは理解した。

理解したけれど、なんで自分たちがそんな火の粉を被らなければならないのか。納得など行くわけがない。



「当たり前でしょ。なんで、イジメ仕掛けてくる首謀者と同席しなきゃなんないのさ」


「ほんまや。逆に、構ってほしくて虫やら入れてくるんかと思えてくるで、この頃」



食べていた手を止めた二人は、ギロリとそちらを睨んだ。

彼らにだって、苛める所以が解ったところではいそうですかと、そのいじめを受け入れるつもりなどさらさらないのだ。そういう彼らに対して、彼は優越感をいっぱいにした顔で彼らを見返す。ニヤニヤとした意地の悪い顔は、本当に不細工だ。

元のカッコイイ顔を台無しにしている。



「はっ、お前らが邪魔なんだよ。早く退学してしまえばいいじゃねぇか。それだけ嫌なら。

まぁ、お前らが嫌な顔見てるのもおもしれぇけどな」


「悪趣味。ヒトの嫌がる顔見て喜ぶとか、どこの変態なわけ」



明らか嫌な顔をするも、首謀者というキーワードを否定しようともしない彼は、間違いなくイジメの首謀者のようだ。彼らがいじめをするのは公認なのか。誰も止めようとはしない。

いや、ここの在校生で中学生からいる者達にとって、それが普通なのだろう。


周りで聞いている生徒たちも、止めるとかではなく、苛められ側の反応を見ているようだ。



「ま、俺が何か言ってるわけじゃねぇ。俺は何もしてねぇよ」


「え、お前が首謀者とちゃうかったら、誰がやれって言ってんねん。明らかお前がリーダーみたいなもんやろ」


「はっ、あいつらがしていいですか? って聞いて来るから、勝手にすれば、って言ってるだけ。てめぇらが仲良くやってる途中で気づいた時の嫌そうな顔がたまんねぇよ?」



本気で悪趣味だな、こいつ。

頭がおかしいのではないかとおもう。なんでこんなに頭がいかれたのか、こいつらは。

空いた口がふさがらないというのは、こういうときに使う言葉だったのか。目の前のよくわからないヤツの顔を見ているも、横に座る空はなんら動こうとしていない。

黙っていろと言われて、素直に黙り目の前の彼をじっと見つめている。



「はぁ? ほんまお前ら嫌な奴やな。自分の手は汚したくはないからな。なんもせんけど、ほんま間違ってるで、お前らのやり方」



明らか嫌な顔をして首謀者であるライオンを見返すも、彼は余計に優越感を持ったのだろう。

ニヤニヤとした顔を称えたまま、反論する伸を見ていた。しかし、そんな嫌な顔一つせずに、ずっと見つめる空。いい加減にその視線に苛ついたたのか、ライオンがそちらを向いた。



「ったく、なんだよ! ずっと見てきやがって! なにか、お前は、俺の顔にでも惚れたか!」


「いや、俺はソッチの気は全くないから」


「じゃぁ、なんなんだ!」


「いやさぁ? なんか色々喋ってたけど、ライオン君。君、友達いる?」



今までの話をすっ飛ばして発現する空に、皆が皆、目を見開いた。

それは自分の斜め前に居てた伸しかり、隣にいた那智しかり、そして聞き耳を立てていたギャラリーも。皆が目を見開いている。まだ前者二人はわかる。目の前のライオンに喧嘩を吹っ掛けるような言葉をこちらから掛けたのだから。というより、明らか相手を怒らせるような言葉を、今のイジメが余計にひどくなるような言葉をかけたのだから。


だがしかし、周りが目を見開いたのは如何せん解せない。



「ちょっ、ジョージ君っ?!」


「おまっ?!」



二人の考えていた事は、そう変わりは無かった故か、彼の爆弾発言に一気に制止にかかった。

今でも十分面倒くさいイジメである。彼を怒らせてしまっては、虫を見るだけに留まらず、何をされるか分からないではないか。それは避けたいがために、あまり強く言い返しはしなかったのに、この空という輩は。

慌てふためく那智と伸に対して、彼は二人に向かって、ニヤリと笑うのみ。

逆に彼の方が意地悪い気がしてきた。



「てめぇ、なめてんのか……?」


「誰がなめるもんか。舐めるってなに? ただ君が、他の奴と食べてる所見たことなかったもんだからさ。……ライオン君、君、友達いる?」



至極まっとうな事を言っていますよ、と言わんばかりの空。

だがしかし、彼のいう言葉一つ一つに彼が苛立っていくのが嫌でもわかる。



「いや、だってさ。君が首謀者だか何だか知らないけど、君が友達として他のクラスメイトと喋ってる所、一回も見たことないよ。さっきみたいに敬語で君に話し掛けるし、友達みたいな会話、君とクラスメイトの間からは全く聞かれなかったから。

ねぇ、友達、いるの? ライオン君」


「てめぇっ……!!」


「ほらほら、言い返せないってことはいないんじゃん。俺、友達になりたいんだけどな。

ライオン君、友達になろう!」



何故だろう。この構図では、苛められているのはライオン君の方ではないか。友達いないんでしょ、友達できないんでしょ、だったら僕が友達になってあげるよ! と、とてもじゃないが上から目線のコノ会話。明らか形成逆転した構図。


空の方はいたって笑顔である。


向かい合うライオンの眉間には皺だけがどんどん増えていくばかりではないか。あぁもう、明日からのイジメがもっとひどくなる。取り残された二人が確信する。

彼はどんどん火に油を注いでいる。当の本人は知ってか知らずか終始笑顔だ。


笑顔の彼に、腹が立ったのだろう。誰でもこの笑顔には腹が立つ気がする。

予想通り、ライオン君は思いきり椅子を蹴倒した。



「関係ねぇだろ!! 黙れよ、てめぇっ……!」


「黙りません。だって本当の事だから」



彼はニヤリと笑ったまんま、グサリと最後の“トマトちゃん”にフォークを突き刺した。

と、同時に、ライオンの手に水の入ったコップが掴まれた。



「うるせぇっ!!」


「ッ!! ……うわ、冷たッ……」



ライオン君が、コップの水をジョージにかけたのだ。水が滴り、髪の毛から服からすべてが濡れた。

顔にかかった水を濡れた袖で拭き取るも、不可抗力。濡れたまま、顔を伏せているジョージに、ライオンはなにも言わず、持っていたコップを投げつけた。



「俺に関わるなっ!」



言い放ったライオンは、足早に食堂から出ていってしまった。

投げつけられたコップがカランカランと転がる中、食堂がザワザワとざわめき出した。

クスクスと笑う奴もいれば、悪態をつく奴だっている。まだまだ、ライオンが優勢なのは明らかで、彼を気遣うモノは誰一人としていない。いや、居るはずがなかった。


しかし、彼は、ソレを。



「ふはっ! 水って気持ちいいんだ。初めて、顔面から水かけられた」



そう言って、楽しそうに笑い出すのだ。笑い出す彼に、やはり、他二人は呆れてしまう。

彼が水をかけられたくらいで、泣くとは思わなかったが、水を髪をかきあげながら、にこやかに笑う彼からは、微笑みしか零れて来ないのだ。



「あーっ……、ったく。アホか、ジョージ」


「本当の事しか言ってない。間違ってるか?」


「そーいう問題じゃないよ、ったく……」



周りはいつも通りの食堂に戻りつつある。

水浸しになったのはジョージの体のみで、床などは濡れてはいなかった。刺されたトマトが、少し濡れている。なんだかうまそうだ、と思えるのも彼ならではなのだろう。

周りは何とも言えない空気が流れている。微妙な空気、ライオンに友達が居るかいないかは微妙なラインなのかもしれない。喧嘩でもしてるのだろうか。


周りのやじ馬が去ったところで、伸の方へ向き直る空。



「なぁ、伸」


「何や、全くもう。明日のカレーくらいやったら、奢ったるわ」



食べ終わった食器を重ねながら言う伸は、呆れてなにも言えぬようで。だからと言って、怒っている訳でもなく。いや、怒る気にはなれなかったのだろう。


元はといえば、イジメられるの覚悟でやって来た学校でのまさかな展開。


誰が、あのライオン野郎基SIの白菊陽太に挑戦しにいくのか。いやまぁ、目の前にいるんだけど。その上で、まだあのライオンに食って掛かる彼。彼の考えていることは全く分からないが、もう一緒に乗ってしまった船だ。どうなろうと、彼の先導する船に寄りかかるしかないようだ。


面白おかしくすぎてゆく毎日に、何だか期待したくなった、なんて。何だか、イジメがひどくなるかもしれないなんて、さっきまで嫌がっていた自分が懐かしく思えるぐらい。


なんか、ジョージの笑顔って、何でもどうにかなるような気がしてくる。



「俺、やっぱり、ライオンの友達になりたい」


「あー……、もう、好きにせぇ。お前、止めても止まらんやろ」


「なっ?! ちょっ、伸君、まじで言ってんのっ?!」


「ハハッ、大丈夫やて、なっち。イジメ酷くなっても、俺らが守ったるよ」


「ちがうちがう! イジメなんてどうでもいいよ。そこじゃない!」


「え、どうでもいいの?」



あれ、気にしていたところはそこではないのか。

片づけられた食器を返却口に戻して食堂を後にすると、彼女はうんうんと頷きながら必死に驚きの主張をしてきた。


「あのわけの解らない変態野郎と友達なんて……! ジョージ君がっ、この好青年が穢れるじゃん!」


「ちょ、那智の感覚の方が怖い。俺のこと、好青年とかいう」


「なっち、あのライオンに友達になろうとか言う時点で、ジョージは好青年ちゃうぞ」



まさかの、好青年発言。いや、このライオンに対して変な発現をし続ける空も相当好青年からはかけ離れているのだが。彼女の頭の中を逆に疑いたくなる。

どうしたんだ。逆に彼女の顔を穴が空くのではと思うほど見てやれば、熱弁を繰り広げる彼女。



「だって、知ってる?! あの変態! 人を苛めるだけで嫌そうな顔がたまらないとか言うんだよ?! ただの変態じゃん!」


「あぁ、気になる所はそこだったんだ、那智は。いや、俺はあいつのそういう対象になるつもりはないから大丈夫だって。友達だよ、ただの友達」


「違うよ! 友達になってもならなくても、あの人近くにいるだけで、ジョージ君、いや、空君が穢れちゃうってば!」


「大丈夫や。ジョージはそれ程柔(やわ)ちゃうから。まぁ、楽しそうやからえぇんとちゃうかなぁ。俺は、ライオン友達化計画、のーった」


「ちょっ、ハァッ?! 伸君! 僕らの空君が穢れてもいいっていうの!?」


「うん、伸なら乗ってくれると思ってた」


「違う! 伸君?! 僕らのジョージ君を変な道へ導かないでよっ!」


「何言ってんの、大丈夫だって、那智」



フッと笑う彼の笑みが柔らかい。やっぱり、癒しというか、何と言うか。先程のライオンに対しての笑みもそう。何だか穏やかに笑う彼の顔を見ていれば、世の中、どうにでもなるんじゃないかと思わせて来る。

伸の中では、彼・ジョージ事空への信頼というか安心感は絶大なものへとなっていた。

このわけの解らない事を考える好青年の言う通りにしていれば、世の中はどうにかなるのではないか。

そう思える程。自分が馬鹿だなぁとも思えたが。



「いやだぁっ! あの穢れたライオンの友達にならせるなんて! だって、人の不幸とか人の苦しい顔みて嬉しいと感じるんでしょ? とんだイカレ野郎じゃん!」



そう言い放つ彼女の言葉に、尤もだな、とは思う。

確かにやつは本当に変態というかイカレた野郎というか。


だが、目の前のジョージならそんな環境でさえ変えてくれるかもしれない。


あの、水をかぶって笑い飛ばしてしまう、彼ならば。



「ハイハイ、次もまた、特別授業や、行くで!」


「うっさいな、黙っといてよ、馬鹿伸!」


「え、なにそのとばっちり!」


「だからさ、あれを友達にするなんてさっ――」



あぁ、すっかり自分の言葉なんて聞いちゃいない。

説教する事に必死な彼女を適当にあしらう彼も、伸をチラリと見て笑う空は、少しかっこよく見える。


全く、どうなることやら。



これからの3年間がどうなるか解らないけれど、このジョージこと城嶋空にかけてみるのもいいかもしれない。


そう、思えた。





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