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青色コンプレックス  作者: KIANT
第一章 始まり
4/8

4

 寮生活が始まったのは、入学式の前日である。ここ青空学園は全寮制の中高一貫校である。

中学生と高校生は勿論の事、高校においては進む科によって寮も分けられていた。空や那智が入る芸能科も一つのアパートとして存在し、高校3年生分の部屋が用意されている。


 もちろん、理事長の娘・那智も例外なく前日に寮へ入った。寮は学園から差ほど遠くない場所にある大型アパート群の一つだ。寮ということもあり、学校の敷地内にあるその場所は、厳重に警備員などによって管理されていた。もちろん、芸能科や体育科など将来有望株が沢山いる場所に好奇の目を向ける者は少なくない為、そのような柵は必要不可欠だったのだ。


そのアパート群の一つ、高校生芸能科の寮棟の一室へと向かうのは、男の割には可愛く小さい彼。

いや、彼女というべきなのだろう。高校一年生の男子というよりかは中坊ぽく見られるその容姿に、まだまだ子供っぽさが残っているようにも見える。もちろん、女子であるからこその容姿である。那智だ。


高校生芸能科の男子寮を歩く那智は、玄関で上履きへと履き替えて絨毯じきの中へと歩を進める。芸能科一年生の計20名のうち男子10名は、真ん中の廊下を挟んで両側に6室ずつ並ぶ二階に部屋を構えた。左手の奥から二番目の部屋が彼女の部屋である。


彼女はあの後宣言通り男装するため、バッサリ髪を切ってしまった。

長く伸びていた髪の束を、豪邸の自室の机奥に大切にしまった。それが唯一の“女だった証”と言わんばかりに、自分の胸は小さくもないが大きくもない。特注で作らせた胸つぶしの布は、意外にも上手い具合で女であることを隠した上に、まだまだ成長していない卒業したての中坊だと片づけてしまえば、十分に男の子に見えてしまう自分が悲しかった。


入寮式を終えた彼女は百面相をしながら短い髪の毛を触り、あるところで止まる。



「……ここか」



目の大きさをカモフラージュするための黒ぶち伊達眼鏡をクィッと上げ、自室を目の前に、呟く。

先程の入寮式では、芸能科のクラスのみ一人一部屋という決まりがあるらしい事を知った。

つまりは父親に突き付けた条件など要らなかったのだ。今更だった。


他に条件を出せばよかった。毎月のお小遣いをもっと高くするなど。

彼女の中には、そんな後悔ばかりが募りため息を大きく吐いてしまう。


――ため息をすると、幸福と金が逃げる――


父親の受け売りであるその言葉を思い出して、グッと口を引き締めて、右隣りの部屋の名前を見上げた。



「……じょうしま、そら、か」



あぁ、と頷く。

今回彼女と一緒で高校から編入してきた一人だった。まだ、芸能活動も何もしてない無名の一般人のはずである。理事長権限で芸能科クラス計20名の名前を一通り見てあったのだ。ただし、名前を一通り見ただけであって、写真はお楽しみとして見ていなかった。

だから、ここに来る彼がどのような存在かなどは全く知らない。いや、逢えばわかることだ、あってからのお楽しみにしよう。


目の前に広がる楽しそうな未来を予想し、再度、城島空のネームプレートを見ながらニヤリと笑った。

これから先どんな未来が待っているかはわからないが、この人にとっても、楽しい高校生活になればいいな。いやまぁ、平穏無事な学校生活など送れるとは思っていないが。


仲良くなれればいいな、この人とも。そして一緒に楽しい学生ライフを送れれば。

そんな願いを胸に自分の部屋へ戻っていく彼女。短くなった髪の毛がフワフワと風に乗る。



――あぁ、柔らかそうな髪の毛だ。触ってみたら気持ちがいいのだろうな。


かけている眼鏡越しに見た男の子は到底高校生には見えない。かわいい中坊だろうか、と思いを巡らす。先ほどの那智の黒ぶち眼鏡とは打って変わって度数が沢山入ったビン底眼鏡をかける彼。眼鏡をはずせば、漫画でよく見る3の字が見えるのではないかと思うほどのビン底だ。ぼさぼさの髪の毛をかき乱しながら、彼女の一挙一動を見ていたが、少しばかり疑問を抱いた。



「カワイイけど怪しい子だな。人の部屋見てニヤニヤして」



つぶやく彼は、ビン底眼鏡をクイッとあげる。ビン底というだけで、彼の容姿を決めるのはいかがなものかと思うが、到底芸能科に入るような容姿には見えない。だがしかし、彼はこの芸能科の寮棟にいるのだ。

芸能科の生徒であるには違いない。


だらりと着こなしたジャージが皺くちゃなわけではないが、第一印象というものがモノをいうのか、綺麗なジャージさえ変な雰囲気が漂う。

しかし、彼以外に廊下を行きかう者もおらず、二階に上がってきた彼は一直線に一番奥の部屋へと向かう。

左手の一番奥の部屋にたどり着いた彼は、ポケットから自身の部屋の鍵を取り出す。

そして思い出したようにポツリと言葉を発した。



「……あぁ、母さんに電話しなきゃ」



発せられた言葉がだれに聞かれることもなく、消えていく。

彼は那智の右隣りの部屋へ消えていったのだった。


* * * * * * * * * * * * * * *



翌日、私立青空学園中学校・高等学校の入学式が挙行された。


大きな体育館には何百という人がパイプイスに腰掛け、舞台では那智の父親が激励の言葉を述べていた。理事長だから当たり前の事ではあるが、長くて素晴らしい言葉の羅列をBGMのように流している。どうしてこうも、形式ばった場所で話すお偉いさんの話は長ったらしく聞こえてくるのだろうか。

それが実の父親が話していたとしも、変わらない事実である。

大半が聞く気のない在校生の視線は、宙に浮いていた。



『桜はあなたたちを讃え――……』



桜なんて、散りかけだよ、父様。

そう肩を落とした彼女も、視線を左へ移した。


雰囲気的には厳かな式であるし、新たなクラスメイトを迎えたり、新たなスタートを切る者達は胸を高鳴らせてこの言葉を聞いているのかもしれない。だが、大半の在校生はこの手のはなしをまたか、としか捉えていない。きっと、自分達が小さいころもそうであったろうに、檀上で話す彼らはそのことを全く忘れているのか、長々と話している。


まだ救いなのは、その真面目に聞いているであろう大半の新中学生と十数人の高校編入生が前にいる事だろうか。先生方が目に付く範囲の中に不真面目な在校生は映らないのだ。


その中でも十数人の高校編入生というものは、在校生からも新中学生からもかなり注目されている。それもうそうだ、何十倍という倍率を勝ち取った者の集団である。どんな人が来るのかというのは、皆気になってチラチラとコチラを見遣っていた。


さらに言えば、芸能科なんていうクラスの新入生になると、余計に注目度が上がる。

芸能科の新入生は、那智を入れて三人の席しかない上、二人しかいない。一人がなぜ休んでいるのかはわからないが、この状況はあまりにもいただけないものがある。目立つのは仕方がないとは思うのだが、なんだろう、この仕打ちは。

 新たな羞恥プレイだろうか。


沢山の視線が那智自身に刺さっている訳ではなかった。が、これは、新手のプレイだとしか思えなかった。誰の趣味なのだ、だれの。



『……――これで、皆様への歓迎の言葉と返させて頂きます。皆さん、頑張ってください』



頭を下げる父親に慌てて拍手が送られた。皆が聞いてなかった証拠。壇上から降りる彼を確認した後、新手のプレイをされる原因となっている者を再度見やった。


芸能科編入生三人のうち、今日出席しているもう一人の人だ。

その人の背は、自分より遥かにでい。想像するに、167cm前後はある。自分より遥かに大きい背丈を持っていたその彼に、皆が皆、視線を集めていた。


こちらは普通に座っているだけなのに、その視線を後ろから一心に受けているのだ。目の前の彼を見ていることは言わずもがなわかるが、何せ彼の真後ろに座っているからだろう。本当に視線がグサグサと突き刺さる。


確かに、毎年入ってくる芸能科の編入生というものは、注目を集めることで有名なのであるが、これほどまでに注目を浴びる理由はそこではない。それに、そのような理由であれば、自分共々注目されているはずだろう。だのに、目の前の彼だけが注目されている理由があるのだ。


かなり丸まった猫背。

キッチリ閉められたネクタイとカッターシャツ。

肩までのサラサラヘアーに、ビン底眼鏡。


いや、どこのがり勉野郎だ。

あぁ、どうやったら、この容姿で芸能科に入ろうと思ったのだ。

どこのがり勉バカなんだ。とんだ化け物ではないか。

大丈夫か、高校生で芸能界を目指すだなんてそれなりの容姿があって自信がないと中々言い出せるものではない。あれか、周りの人間が馬鹿すぎて、こんな風になったのか。


同様な感想があちこちから聞こえてきそうである。彼に対しての評価は皆同じ、なぜこいつが芸能科に、だろう。何故、彼が芸能科に入ることを許されたのかが、全く理解不能だ。


ちなみに、その一番注目を浴びている彼は目の前で爆睡中だ。入学式で、それも一番目立つ席で堂々と眠る程の度量と度胸は認めよう。だがしかし、如何せんもう少し目立たないようにしてくれないか。


頭がカクンカクンと動いている。時折椅子から落ちそうになる彼の様子に、だれもが釘付けであった。


あぁ、きっと彼の高校生活は、終わった。

そう思うには色々な理由があるのだが、それは追々わかることとして。


解っていてもどこか真面目な自分がいるのだろう。彼を突き、また、起こしてやった。彼は、私に申し訳なさそうに会釈しながら、再び前を向く。数分後には眠りにつくのだが。


また、バーコード頭の男がマイク前に立ち、紙を広げた。整えられた少ない毛が春の風に乗って、フラフラと虚しく揺れる。この学校の教頭だ。



『答辞。新入生代表、高校一年生芸能科、城島 空』



那智の部屋の右隣りの人だ。それを覚えていた彼女は、チラリと回りを見渡し空いている席を見た。どこに行ってるんだろう、初日から欠席とは、内情を知っているからだろうか。それも、答辞を言わないといけないのに、休むだなんて、無責任な。


彼女は彼女で、まさか、目の前のビン底眼鏡が城島空だなんて、夢になっても見たくないのだ。こんな風貌でこんな目立ちすぎる新入生が横の部屋にいるだなんて。考えるだけで恐ろしいではないか。

自分の隣に住む人はあわよくばカッコよければいいのに、とはどんな女子でも思う事だろう。


しかし。そう簡単に自分の思った通りに進む世の中ではないのが世の実情である。シーンと静まり返る体育館に、5秒遅れで誰かの返事が聞こえた。

それも、“間近”で。



「……ぁ、はい」



小さな声で、ぁ、と漏らした上、フラフラと立ち上がる彼。

手には原稿用紙。そして向かう先は、壇上。那智はあんぐりと口を開ける事しか出来なかった。



「……まじですか……」



小さく呟き、頭を押さえる。立ち上がったのは、目の前のがり勉君だ。

貴方が城島空か。もう、隣の人ぐらい選ぶ権利与えてもらればよかった。後悔やら、切なさ・悔しさ色々混じった感情が、彼女の中を駆け巡る。


芸能科=容姿端麗。その方式は見事に覆された。

あわよくば、夢にしていた華の高校生活が、半分以上、消え去った気分であった。



『――20XX年4月10日 芸能科高校一年生、城島 空』




答辞を言い終わった彼が、頭を下げる。しかし、拍手と同時にざわめきが起きた。皆、口にするのは『何故彼が?』という言葉で、拍手が終わると同時に納まり、残すところ新入生退場だけとなった。



あぁ、嫌な予感がする。

教頭の号令と共に立ち上がり、他の新入生共々と出口へ向かう那智の心持は重かった。



退場して出口の方へとくると、既に知り合った友達やらと点でバラバラに散っていく彼ら。皆、話題は先程の彼に対するものばかりである。このまま芸能科一年のクラスへ戻りたい処だが、きっとそうにもいかないのだろう。


確かに目の前を歩いていた城嶋空は、ふらふらと歩きながらあくびをして出口で立ち止まる。

それは彼自身の意思ではない。他の者が立ちふさがったからである。彼らの目的は自分ではなく彼だけだったのか、こちらには目もくれない。少し遠巻きで見ていれば、案の定というか、目の前で連れ去られた、いや拉致られた。


多分、一言二言嫌だと抵抗したように見える。だがしかし、有無を言わさない在校生は、彼の両手を引っ張り上げて体育館裏へと拉致した。いやもう、体育館の裏ってどこまで定石どおりに動くんだろう、彼らは。ため息しかつけないこの状況に、自分の幸せどうこうとは言っていられない。


体育館の曲がり角の壁にて、彼らの様子をうかがうも、聞こえてきたのはやはり定石通りの言葉で。



「なんか答えろよ。お前、こんなのナリでよく芸能科に入ろうと思えたな、ばかか?」


「このメガネヲタクが。勉強できたところで、俺たちみたいに容姿もよくねぇと、意味ねぇだろ、馬鹿じゃねぇの?」


「キモちわりぃ~。何、かっこいいとか思ってんの?」


「うわ、きんも~! ほんと、邪魔だよ、お前」



いやもう、その通りです。そうとしか思えないです。

だしがしかし、やり方が汚い。そのような言葉を今吹っ掛けるべきではないし、それに今からイジメますよ、いいですね、というように前置きのように言う言葉でもない。


陰から見てても逆に彼らの言葉が痛々しい。だのに、城島空は抵抗しようともせず何も言おうとはしない。

少しは抵抗等すればよいのに、面倒くさがりなのだろうか。様子を見守りながらも余計にため息がつく。嫌がってる素振りでも一つ見せてくれれば、どうにかなるのに。



「ったく……! なんか言えよ!!」



そう言った言葉と共に、在校生の一人が城嶋空の顔をつかみにかかる。ぐっとつかまれた彼の顔は、そうなっても何も言わなかった。壁に追いやられた彼は、ずりずりと背中をすらせた。


パッと離されるとともに、彼はせき込んで地をみやる。その状況が楽しくなってきたのか、在校生たちは伏せている彼の体を蹴り上げて無理やり自分の方へと向かせる。いや、いきなり暴力とかあんまりではないか。なんでこうも、わけの解らない行動がとれるのか。


予想通りではあったが、ここまで酷いとは。

またため息をついてしまう。


では、何故、彼女がこうなることを予想していたか、何故、彼の高校生活が終わると思ったか。

そして、何故、次の標的にも成り兼ねない彼女がココに居るのかを説明しよう。



 ここ青空学園の芸能科ができたのは十数年前。

他の芸能人専用高校を見習い、真似て作ったのが始まりである。だが、ただの芸能人養成では似たようなものをすぐに作られてしまう。なので、才色兼備を売りとする芸能科を作ったのだ。その特色はやはり受けた。すぐに募集人数を数倍以上超えてくる人数が集まるようになったのだ。

 中高一貫独特の風校を持つここで、際立った美男美女、または面白さが際立つ者などは、集めるにたやすく、中学三年生から設けられるコース別の学科分け目当てに入ってくる輩も多くなり、自然と進学校へ成長した。


しかし、それがイジメを生んでしまうとは誰も予想だにしなかっただろう。


華やかさときな臭さみたいな物は表裏一体と言える。華やかさの裏で、かなりの努力が求められるこの学校で、脱落していくものはかなり多かった。だが、その中でも必死に生き残ろうとするが故、競争が激化するのは無理もない。共に切磋琢磨するような雰囲気は作れない。芸能界など、今日の友が明日の敵など常であるのだから。


いつ落とされるか、いつ蹴落とされるか、毎度毎度ひやひやしながらすごす彼らの、うっぷんのはけ口。

結果、それがイジメとなってしまったのだ。


そうして生まれた“編入生イジメ”。


中学受験に猛烈に勉強した上で入った者が多くなった今、高校で編入してきた者は邪魔物だった。そして、共に歩んできたモノたちの競争に拍車をかけるように競争を激化させる彼らなど、本当に邪魔者以外何物でもなかった。


その編入生イジメは、この学校の定番となりつつあり、先生でも抑えられず。

その逆に、彼らは毎年芸能界へと華々しく成長していくのだから、結果を残しているだけに誰も文句など言えなかったのだ。


そして、今度入ってきたのは、容姿がお世辞にもいいとは言えない、ただのマヌケ・がり勉・ビン底眼鏡。芸能科クラスの才色兼備の彼等が、彼を追いやらないわけがない。いじめをやりやすそうな相手に、今年の芸能科1年は嬉々としているように見える。

たった20人しかいない芸能科で、次は自分が落とされるかもしれないのに、ただのがり勉野郎など先に蹴落としておけば、一人でも敵が減るのだから。入学式の後にイジメを始めるなど、彼らにとっては容易い物だったのかもしれない。


 そこで、芸能科在校生の“編入生イジメ”が際立つ昨今に、呼ばれた、いや、彼女が無理矢理やって来た意味がある。自分の父親の後を継ぐつもりであるのに、あのようなバカげた校風を継ごうとは思えない。いや、早々につぶすべきなのだ。

彼らを指導できないで、何が芸能事務所直属の学校だ。

彼らを正しい指導をすることで、立派な芸能界事務所の社長になるべきではないか。


彼女の目的は、彼らを再教育することであった。



『……私が風紀委員の如く、彼等を取り締まるから!』



そう叫んだのが数ヶ月前。そして、早速の活動である。これが、すべてだ。

那智にとって、予想するにはたやすかった。さらにいえば、当たり前の事だったのだ。


いや、城島空が、こんなダサい奴だったという事以外は。



「早くなんか言えよ! なんだ? 俺たちが言うことがその通り過ぎて、何も言えないってか?」


「まぁ、そりゃそうだよな。なんでこんな容姿なのに、入れたんだ、お前」


「ほんと。まじで気持ち悪いわ」



そう言って、彼――城島空の前髪を掴んで持ち上げる、芸能科在校生。

たしかに彼の顔は整っているし、身長も大きいし、体格だっていい。芸能界でも活躍できるような容姿を持っているのは間違いない。だがしかし、内面からくる美というものを何も理解していないのだろう。


ただ、彼等に足りないものが一つあるとすれば。



「お前、ほんと頭わりぃなぁ?」



“心”だろう。

勿論、彼の言葉に、周囲の芸能科クラスメイトが大笑いしたが、前髪を上げられた彼は、何もしない。男なら抵抗ぐらいしろよと思うが、彼はビクともしない。女々しいって言うより、何もしたくないだけかのように見える。普通は、怯えたりごめんなさいって泣きわめいたりするものではないのか。


逆に彼に対する疑問ばかりが生まれる。

まぁ、証拠動画としてイジメは完璧に撮れているからいいとしよう。

手元のビデオカメラを作動させながらひとりでに納得する。



「オイ、何か言えよ。“ジョージ”さんよ~」



ジョージとはこれまたカッコイイあだ名が付けられたな。城嶋から取ったのだろうが、何が楽しくて笑っているのか解らない。彼らはニヤニヤ笑いながら、大きく腕を大きく振って腹に一発拳をいれられた。思わず細い彼の体が、壁にぶつかり跳ね上がる。


本当に痛そうだ。



「ジョージっ!!」


「なんか、カッケ~ッ!」


「ハハッ、名前だけだろっ!」



またもや大笑いする彼等に、那智はニヤリと微笑む。

今の殴りもキッチリ録画している。手に持つビデオカメラをそっと手元にしまい込んだ。これさえあれば、警察にも雑誌にも売れるネタだ。これで、証拠も掴んだ。彼等を叩き、あのがり勉を助けられる。

録画停止のボタンを押した、その瞬間。



「……何してんだ、テメェ」


「……えっ」



恐る恐るビデオを懐にしまい込みながら、那智は冷や汗をダラダラと流して肩を震えさせた。

向かなければならない、けれど、向きたくない。が、確実になんか後ろにいる。迷っていれば、那智の頭は、勝手にグルリと回った。

後ろにいた何かが、自分の頭をぐいっと回転させたのだ。



「……っ?!」



髪の毛をぴんぴんに立たせた金髪頭に、他よりも際立って整った顔を持つ男。

ギラギラした目線が自分を睨みつけ、威圧感が半端ない。ライオンが獲物を見つけて取り逃がさないようにするような。着崩した学生服のワイシャツに、ネクタイはついておらず、十字架のネックレスがチラチラ見受けられた。スラッとした体型に、ある程度の筋肉質。そして、体全体から出ている何とも言えぬオーラ。


あぁ、すでにこの人は芸能界の人間である。

その雰囲気が体全体から出ていた。



「何してんだよ、お前」


「い、いや、何もっ……」



そう確信するオーラがある。絶対、他のやつより有名だ、コイツと確信するも、余計に、冷や汗がタラタラと落ちていった。もう、ライオンに食われてしまう。いやもう、今日中に女であることがバレてしまうのではないかとびびる。こんな奴に知られたら、本当に最悪ではないか。


冷汗がただ流れるも、彼は自分から目を離そうとしない。

しかし、彼の目当ての物は自分の体ではなく。



「……嘘つけ」



オーラを持った彼・仮名ライオンが、那智の懐を探り出して、ひとまずビデオを手で弄んだ。

彼女は呆気に取られて、その様子を見る事しか出来なかった。



「……いらねぇな」



ライオンが呟いた、次の瞬間。バンッと破壊音が響いた。

奴は、そのビデオカメラを、おもいっきり地面にたたき付けたのだ。



「あぁーーっ!! ビデオぉーーっ!!」



叫び、それに近付く那智に、彼は鼻で笑い見下すようにして、足を振り上げる。言わずもがな、尚且つ、ソレを踏みにじり、ソレを粉々にしてしまったのだ。まるで、獲物の骨を砕くかのように。

容姿からくるイメージのライオンそのものの行動で、余計に泣けた。



「……最っ低っ!!」


「ハッ、隠し撮りは犯罪だろ」


「はぁっ?! 暴力の方が犯罪でしょ!! つか、器物損害だよ、器物損害!!」



那智が叫び、ソレを取り上げるのだがもう、再起不能なのは一目瞭然。部品一つ一つが粉々になっていた。

高性能の3Dつきで、タッチ式で自己補正機能満載のビデオカメラは、20万もの。彼女にとって、買い直す事はたやすいけれども、あれは一点ものの色だったのだ。


要するに、金持ちが持つ、この世に一つのビデオカメラだった。

父様に頼み込んで買ってもらったビデオカメラだった。このショッキングピンクのビデオカメラを手に入れるのに、どれだけ苦労したか、この馬鹿にはきっと解らないのだろうが。余計に悔しさとやりきれなさが募る。



「……ない、ほんとーに、ないっ……!」


「ハッ、黙れ。てめぇも近いうちに、イジメてやっからよ!」



あ、やばい。自分もやられてしまう。

しゃがみ込んでいた那智の体を蹴り飛ばそうとする彼に、咄嗟に受け身の姿勢をとろうとした、その時だった。



「え……? あの、コレってイジメなの?」



全員が、那智とライオンとのやり取りを見ていた中、それは正に不意打ちであった。

言ったのは、さっきから、何も、いや、うんともすんとも言わない城島だったのだ。



「……へ? いや、殴られてるじゃん? つ、連れ去られてるじゃん?」



那智がそう言えば、彼は、小首を傾げた。



「……社交辞令か、仲間入りの為の儀式とかかと。違うの? 隠し撮りの少年」



そう、スラスラと述べる彼の口に、本日二回目のアングリをさせられた。

何を言っているのだろう、この人は。勿論、場の空気が、そんな感じで突っ込んでいる。大抵が口を大きく開けていた。



「……ちょっ、頭のネジ抜けてるんじゃないの、君」


「うーん。抜けてるのかも。で、さぁ?」



彼は、ナニカが切れたかのように、前髪持たれていた手をパッと払いのける。ついでに、グイグイッとネクタイを緩めた。その仕種があまりなも自然にやり過ぎていて、また、唖然とする。

ネクタイを緩める行為が様になるまでには、時間がかかる上その仕草が様になるようにするにも、時間が掛かる。綺麗に緩めた彼は、ワイシャツの一つ目のボタンをはずして首を左右にひねり、体をほぐした。



「ちょっ、お前っ?!」


「何? アンタに用はないって」



彼は、突っ掛かってきた男をサッと払いのけた。その様でさえ、綺麗にこなしてしまう彼にまた唖然とする。いや先ほどまで抵抗せず何もせずだったのは、なんだったというのか。那智に向き直る彼に、ただただ口を呆けて開けてみるしかなかった。一連の動きに対し驚くことが出来なくて、身動きできなかったのだ。


眼をぱちくりさせて目の前の彼を見やれば、彼はじっとこちらを見てきた。



「どうなの?」


「……え、えっと……イジメっす」



犬のように体をビクつかせた那智の手は、持つビデオカメラのカケラが落ちる。

それに気付いた彼が、しゃがみ込んで、残っているカケラを広い集め、彼女の手の上に乗せる。ショッキングピンクと彼の肌の白さが、やけに綺麗に見えて、目を擦りたい気分になる。

いやいや、間違えるな自分。彼はビン底眼鏡をかけたクソ真面目ながり勉野郎だ。

間違えてはいけない。この彼が綺麗に見えるわけがないのだ。



「じゃ、殴る蹴るって、正当防衛?」



だがしかし、彼はまだ上をいった。思い直しても思い直しても、彼は無駄だと言わんばかりの綺麗な仕草をしてくる。なんだというのだ。彼の口がニヤリと歪み、ビン底眼鏡の見えない目の奥の方が、キラリ、と光った気がした。

自分にも幻覚が見えてきたのか。歳なのだろうか。



「あぁ? てめぇ、何言ってんだ?」



聞き捨てならんという、金髪頭――ライオンが、ビン底眼鏡に吠えた。彼に近づくライオンは正に獲物を目の前にした獣のようだ。その威圧というかオーラが相手を張り倒してしまいそうな勢いがある。

しかし、彼はビクともせずに、彼をチラリと見上げるだけにとどまり、つぶやく。



「ん、君が相手?」



カケラを全て渡し終わった彼が、立ち上がり、対してカッコよくもないのにクイッと眼鏡をあげ、カッコつけた。パンパンと自分の体の埃を払ったかと思うと、対峙するライオンを真正面から見つめる彼。それだけで様になっている。いやいや、それはおかしい。

ビン底眼鏡でがり勉が何をやったとしても、かっこよく見えるわけがない。綺麗な訳がなかろう。

そう聞かせるも、彼の所作は一つ一つが綺麗にしか見えない。それを読み取ったか、それとも気に食わなかったか、ライオンは顔を大きくゆがませた。



「うっせぇっ! だまれっ!」



ライオンからの右の拳が、ビン底眼鏡の顔付近に飛んだ。思わず目をつむる。当たると思ったのだ。

あんなの顔に飛ばしたらあのビン底が壊れてしまう。彼の3の字が書かれた目があらわになってしまうではないか。そう焦って目をつむったのもつかの間、バシッと何かがぶつかる音が鳴る。

それは眼鏡のガラスが割れた音ではない。



「黙れと言われて黙る奴なんていないよ、お兄さん」



にこっと笑った彼はスルリと交わして、彼の右腕を掴む。離そうとする腕を握り締めた手は、何の力加減もせず、ライオンを手放しはしない。その手は力を入れているようには全く見えず、涼しげな様子でつかむ彼。


いやもう、びん底眼鏡、その容姿をカッコイイ青年に丸ごと変えてはくれまいか。

逆に、カッコイイ容姿を持ったお兄さんでその様子を見たかった。

手をつかんできた様子に明らか焦るライオンは、振り払おうにも振り払えない腕に戸惑っている。



「おまっ?!」


「……ま、正当防衛で、怪我させても意味ないしね」


「な、なんだよっ」



完全に怯えているライオンとは逆に、ビン底眼鏡は彼の手首を強く掴む。ライオンが顔を歪めた瞬間、彼はライオンの手首をグルリとねじりあげたのだ。明らか変な方向に捻じれたそれは、骨折などという重症にはならくても、筋を痛めるような痛さが走ったに違いなかった。

ライオンが顔をゆがめて、声にならない痛さを顔で表現していた。



「うん。ここまでにするよ」



笑った眼鏡の下の顔が恐い。

そう感じた奴なんて、一生にほぼ見たことなかったが、とりあえず、後退りする思いで、尻餅をついてしまった。目の前のビン底眼鏡の強さに圧倒されてしまった。自分の出る幕が全くなかったことにも、少々ショックを受けてしまう。



「イッ……」



ビン底が離した腕がグルンと回るが、確実に筋違いを起こしているであろう、ライオンの腕。彼は、右腕を押さえながら、その場に座り込んだ。その様子に、先ほどまでビン底を苛めていた者たちがライオンの様子をうかがう。大丈夫ですかと声をかけるも、痛さで何も言えないライオンは、ただただビン底の城嶋をにらみつけるだけである。



「よし。隠し撮りの少年、行くよ」


「……え?」



差し伸ばされた手は、那智の手を掴むでなく、背中に手を伸ばし襟首を掴んだ。

そのまま、真上に引き上げられた那智の首は締められ、女とは思えぬ声を出す。

何故手ではなく襟首をつかむ必要があるのか。たちあがった自分の首が少々しまって、苦しい思いをしたけれど、それよりも目の前に起こった事を整理するので精一杯で、ただただどぎまぎしてしまう。



「ほら、早く。行くよ、少年」


「うぇ?! あ、う、うん!」



放置された芸能科の連中を放置して、颯爽と歩いていく彼。何歩も後ろからついていく那智の頭の中は、正直言ってパンク寸前である。前をゆく彼は、平然と奴を一ひねりして、ライオンを倒してしまったのだ。がり勉であるはずの、彼が。

頭の中が混乱する中、突然彼は後ろを振り向いた。



「あ。少年」



振り向いた彼の眼鏡に隠れた顔は、優しく微笑んでいる。那智は立ち止まり、頭を傾けるも、とある廊下に行き着いた事に気付かされた。

自分の思考回路が、暫く飛んでいたことに、ようやく気づいたが、ここはどこだ。目の前には保健室の看板もあるけれど。



「な、なに……?」


「ありがとな。助けようとしてくれて」


「……え?」



礼を言われて悪い気はしないが、首を捻ってしまう。自分は、逆に助けられただけに、何とも言えないのだ。解らない、という風な顔をすれば、彼は軽く笑う。



「イジメだとおもわなんだからさ、ウン」


「……それは、君の頭のねじが抜けてただけじゃ……」


「それを言っちゃおしまいだよ、少年」



また笑う彼は、保健室へと入ってしまった。

後に続く彼女の頭はパンクしたままの状態になっていたが、彼女の頭がもっとパンクする状態になるとは。彼女自身、いや誰も思わなかったに違いない。


あのビン底眼鏡、基ジョージこと城嶋空が、自分の世界を次々と変えていくことになろうとは。





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