Ⅲ
『...いま、疑いが大きいことは分かっている。けれど。もう、時間がないんだ。もう、すべてが始まった。命は天秤に、かけられたんだ。いまとなってはもう、必ず犠牲が必要なんだ。だから...。犠牲を減らすために、俺は伝えよう!
この世界に運命は、存在する!
理不尽な破滅から逃れたいのならば、我々人類にとって方法はひとつだけしかない。
それは...手に宝石を宿した、時の紡ぎ手を消し去ること。
たった、それだけだ!』
声のつげたことばは、はたしてなにを意味しているのだろう?
しりもちをつき、目をみひらいたそのままで、ガロウは簡潔に心をあらわした。
「は?」
...まあ、それもいたしかたないといえばいたしかたない。だって、この声がいまなんといったのか、ガロウには理解できていなかったのだから。
いや、それよりもむしろ理解できると言うものがいるのなら、ガロウはぜひともそのひとをお目にかかってみたかった。それほど意味のわからない言葉だった。
『順をおって話そう。俺は造り手を名乗るものだ。...この世界にはいくつかの役目が存在する。俺はそのひとつで、時の紡ぎ手もそれにはいる。それはもともと、この世界が存在するために必要なもので、必然だったものだ。
ここで、紡ぎ手について説明しよう。紡ぎ手は、世界の定めた運命をたどるもの。いわば、運命という名のレールを見張る役目、とでもいえばいいかな。とにかく紡ぎ手は運命を絶対とするもので、それ以上を許さない時の番人、時の刻み手だ。そして、そうあるために手に宝石とひとをこえたちからを...異形のちからをもったものでもある。けれど、ここで重要な運命が定められたんだ。
それすなわち...この世界の、破壊。 』
重々しくつげられたその言葉に、ガロウははっと息をのんだ。いつのまにやらガロウは、造り手と名乗る者の話にひきこまれていた。
『...ここでひとつ、紡ぎ手の役目を思いだそう。それはいったいなんだったのかを。宝石の守り手、時の刻み手、そして時の紡ぎ手。さまざまな名をもつ彼らの仕事はいったいなんだった...?そして、考えてみよう。紡ぎ手らがその役目をまっとうしようと動いたなら...?世界はいったいどうなってしまうのかを。』
(宝石の、守り...手?)
にわかに信じられないことだった。けれど、その言葉はわずかにガロウのからだを動かした。ガロウは、じぶんが小刻みにふるえていることに気づいて、たちまち鼓動のねもとから恐怖がこみ上げていくのを感じた。
いつのまにかガロウは、無意識のうちにじぶんの右手の包帯をみて、くっと唇をかみしめていた。
乾燥していてざらざらになったくちびるから、つっとひとすじ血がながれる。
「紡ぎ手は、生まれ出たそのときから運命の名のもとにある。だからこそ、彼らはひとにあって...ひとにない。」
あたまからひびいてくるその声が、あんまりにもかたくてつめたくて、そして...まるで鋭いやいばのようで。だからこそそれは、あせるガロウのこころを的確に突き刺した。
「俺は、運命を修正しようと試みたんだ。けれど、だめだった。俺はひとりぼっちで弱い。けれど、あの12人はちがう。あの12人は、不幸の子らは、ひとなんかじゃないまがいものなんだ。。」
12...。ガロウきはさいきん、そう、ついさいきんその数字を意識したおぼえがある。けれど、それは...。
(いったい、なんだったっけ...?)
ぼやけたガロウのその左手は、無意識のうちにそこにあるものを確かめるかのようにして、右手の甲をなぞらえていた。
「信じられないだろう、きっと。そうだろうと思うさ。けれど...後悔したくないのならば信じろ。これは、現実だ。」
強い意思によってもたらされたことばに、ガロウは希望をうちくだかれたような気になり、静かにうなだれた。
しかし、はたしてなぜ自分がそう感じているのか。いまのガロウにはわからなかった。
声は無情にも、ことばをやめることを選ばない。
「一年後。不幸の子らは紡ぎ手となり、運命をもたらす。そうなればもう、俺らのちからは届かない。期間は一年間。それまでのあいだに、宝石を手に埋め込んだ12人を殺さなければ、世界はおわる。
そして...。その序章はもう、はじまっている。
それすなわち。不幸の子のまわりには、死と破滅がもたらされんこと。...俺は忠告したよ。聞くかどうかはみんな次第。けれど...だんだんと世界は壊れていくよ。...大巫女様の予言はむだではなかったと、おれはそうみんなに知ってもらいたいんだ。考えて?答えをだして?...ねえ、みんなはどちら側に...つくの?...これは俺からの置き土産だ。」
ばくんばくんと打つこどうがおおきくて、酸素がうまく入らない。あたまにひびいてくる声は、これでもう終わったとばかりにガロウへの通信をとだした。
でも...ガロウのからだはいまだ震えがとまらなかった。なぜ?どうして?そう問いかけるガロウも、けれど理由を知っていた。たえられなくなってガロウは耳をふさぎ、しゃがみこむ。けれど、その声たちはとまらない。そう、いきなり響きだしたあの声は、とまることをしらない。
『コロセ、コロセ、コロセ、コロセ...。』
群衆のおとがざわめき、死を望む声がガロウのからだをおしつぶそうとする。
『コロセ、コロセ、コロセ、コロセ...。』
「やめ...て。やめてやめてやめてやめて...やめろーーっ!」
あまりの恐怖にガロウは全身をあばれさせてその声を拒絶した。けれど、その声が止むことはない。
はらってもはらってもちっともおちてくれやしない。
いっそのこと、信じられない冗談だと鼻でわらっていられていれば、なんと楽だったことだろう。
けれど、ガロウはつい何日かまえに考えたばかりなのだ。まったく検討ちがいのものではあったものの、たしかにこれもある意味とくべつ。いやもういっそのこと、ガロウが記憶をもって生まれでてしまったことからしてはじまっていたのだろうか。どうどうめぐりの疑問はぐるぐると渦をまく。
けれど。もし、あの声が言っていたことがほんとうならばすべてつじつまがあうのも事実だと、ガロウはおもった。
ふと、ガロウは右手に視線を写した。そして、ひゅっと恐怖を短くもらした。
...ガロウの右手にある石は、かがやいていた。前世でみた宝石なんかがまるでただのガラス玉におもえそうなほどの、どこかひとを魅せてやまないかがやき。でも、ガロウが息をのんだのは、それにたいしてではなかった。
赤、紫、水色、桃色、緑、白、紅、橙、蒼、黒、黄色、瑠璃色。
時計のようにぐるりと円をえがく石の中央。前にガロウがみたときには、そこに一を示す位置にある赤い石と同じ石があるはずだった。けれど、いま、そこに石はなかった。
あったのは、そう。
[Garnet ]......ガーネット
赤い光文字で刻まれたようなことばだけ。信じられないおもいに、ガロウはきをとりなおすようにふるふるとあたまをふるった。そして、おそるおそるその文字に触れてみる。
するといきなりその光文字はとけるように消えてゆく。そしてまた、昨日とおなじ石がいつのまにかうめこまれているのを、硬直したままのガロウはただただ事実として認識した。
ガロウのからだはぶるぶると震えた。血の気をなくし、青く染め上げられたかおは、もう息の根もないようすであった
「はは...。まさか転生先がもしかしたら死んじゃうな~なんて、まさかだよね。こういうときの王道って、TSや勇者や魔王だって思ってたのにな...。」
ちからなくわらうガロウのこころには、不安がせめぎあっていた。まだ確定ではない。もしかしたらなにかのまちがいで、どっきりかなにかを仕掛けられているのかもしれない。そう、むしろ願いにもにたものに、ガロウはすがった。
けれど、あんなに大がかりなセットを冗談半分でととのえるような奇特なものなど限られている。
こわくてこわくて仕方がなかった。あんな嘘のような話に、なんでこんなに本気で怯えているのかとおもえば、ガロウのこころは言い訳ばかりをもらしてゆく。
信じたくない、とばかりにガロウは目をそらした。
それは、あの話を真実だと悟ってしまいそうないまのじぶんからなのか、それまた前世の記憶からなのか。それとも...あの声を無条件でうけいれ、運命による破壊を素晴らしいと感じてしまった自分自身からなのか。
すべてが闇のようで、すべてが分からなかった。
なぜじぶんがここまで怖がっているのかも、ガロウには、分からなかった。
そうして。
すべてははじまった。




