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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: 染井めそ

ラプンツェルと鶴の恩返しをベースとした短編です。

この作品を見て気持ち悪くなった、吐いた、肉が食えなくなった、等の問題が起きても、私は一切の責任を負いません。

また、現実とフィクションの違いを理解できていない方も、直ちに閲覧を中止して下さい。

何かに目覚めちゃっても責任はとれませんのでご注意を。

その高い塔の上には、ラプンツェルと呼ばれる魔女がいる。

彼女が魔女と呼ばれる由縁は、その食性にあった。

ラプンツェルは夜になると街に使いを走らせ、手頃な人間を連れて行き、喰らう。

更に、噂を聞き付け自分を倒しに来た者が来る度、その長い髪を垂らして誘い込み、喰らうのだという。


人々は、現実に起こる悪夢を止める術を持たなかった。


一晩経てば、隣の夫婦が消えている。


一晩経てば、ベッドにいたはずの娘がいなくなる。


沢山の傭兵を雇っても、誰一人戻っては来ない。


この地域にいる者達は、いつもいつも、“次の贄は誰か”と震えていた。




ある日、一人の青年が魔女を退治するためにその地域にやってきた。

彼はこれまでに10の強い化け物を倒し、100以上の命を救った“英雄”である。

先日も、気の荒い獣に捕食されそうになっていた鶴を助けた。

鶴は彼の目の前で人の姿に化け、「助けてもらった礼がしたい」と、共に魔女退治へと赴いてくれた。


彼らは深い森の奥へと歩みを進め、魔女の塔へとたどり着いた。

入口の無い塔の前、噂で聞いた通りに「ラプンツェル、ラプンツェル、その長い髪を垂らしておくれ」と唱えた後、


「なあ、鶴さん」


青年は、細身の人間の姿になった鶴に話し掛ける。


「はい、何でしょうか」


鶴は、柔らかく微笑みながら返事をした。


「俺が危なくなったら逃げてくれ。そして、魔女の事を皆に知らせ、討伐隊を結成してくれ」


青年の眼差しは、真剣で力強く、瞳の奥には確固たる意志を秘めていた。


「恐らく、魔女は俺では倒す事ができないくらい強いはずだ。俺が塔から出られなくなっても、あんたなら塔から飛んで逃げられる。だから鶴さん、危なくなったら逃げてくれ」


青年は、既に腹を括っている。彼を説き伏せる事は、無駄なようだ。

鶴は何も言わず、静かに頷いた。


その時、腕よりも太いロープが下ろされ、壁に当たってひどく重々しい音を響かせた。

いや、ロープではない。大量の長い金髪が、ロープのようにしっかりと編まれているのだ。よく見ると、その金髪は手垢や泥で汚れ、水分を失ってパサパサボロボロ、到底美しいとは言えない物だった。


「……行こう」


そう言って青年は、その汚れた髪の束を掴んだ。




塔を登る青年の傍を強い風が吹き抜ける。彼の周りには、一羽の鶴が飛び回っていた。

一体どれほど登ったのだろう。眼下には広い森が一面に広がり、遥か遠くには小さく街が見える。

手元の髪の汚れは少なくなっている。というより、途中から全く質の違う髪が結ばれていた。

青年は気付いた。

これは犠牲者達の髪なのだと。

そして、こんな異常なロープを作った者や、それを伝ってそいつに会いに行く自分に吐き気が込み上げてきた。

手袋越しに伝わる髪の感触に気をとられ、力が抜けてしまいそうになる。


「あと少しです。頑張って下さい」


鶴が彼を励ますかのように声をかける。

その声に青年は上を仰ぐと、つぎはぎだらけのロープが暗く大きな窓の縁の中に消えていた。


これ以上犠牲者を増やす前に、魔女を倒さなければ。


そこでようやく青年は髪のロープから意識を切り離す事ができたのだった。




塔の中は薄暗く、青年の目が明るさに慣れるまでにしばらくかかった。その間に、鞘から剣を引き抜き、何かあったら攻撃に転ずる事が出来るように構える。

窓から差し込む光の中に防具や武器、骨や血痕を見つけ、彼は心の中で死者達の冥福を祈った。

髪の束は途中で壁に打ち付けられたいくつかの杭に引っ掛けられており、その先は隅にある登り階段に沿って続いている。


あの先に、魔女がいるのだ。


青年は息を殺して階段をゆっくりと上る。後ろからは、人間の姿になった鶴が着いてくる。


するとこんな時になって、青年の頭にふと疑問が浮かんだ。

何故魔女は、自らこの塔から出て来ないのだろう。

そして、塔に侵入したというのに、魔女からの攻撃が一切無いというのはどういう事か。

その答は次の階の光景を見た瞬間、一つとして解決されぬまま打ち切られた。


まるで王座のような場所にある大きな椅子に、一人の髪の長い女が座っていた。

俯いたままで顔は見えないが、青年が辿って来た毛髪のロープが彼女の頭部から始まっているのを見て、確定した。






彼女が“ラプンツェル”だ。






青年は警戒しながら階段を上り切り、剣を構える。しかし魔女は微動だにせず、静かに俯いたままだ。


「人肉を喰らう悪しき魔女。その血に餓えた魂をこの世界に捧げろ」


青年はそう呟くと、隙だらけのラプンツェルに駆け寄り、剣を振るった。




一閃。




女の首は、長い髪を中心にくるくると回転しながら弧を画いて地面へと墜ちる。

あまりにも呆気ない決着。

だが、青年はその感触に違和感を感じざるを得なかった。

軽過ぎたのだ。

肉を切った感触など無かった。

今の感触は、まるで軽くて硬いものを弾いたような。


青年は、椅子の傍らに落ちた頭部に目をやる。

そこには、長い髪を生やした頭蓋骨が転がっていた。


俯いていた女は、死体だった。


まさか、魔女の罠か?

いや、しかし途中で切れていたとはいえ、頭蓋骨から伸びる毛髪はおよそ人間の髪とは思えぬ程の長さだ。

という事は、この骸の主は人々を苦しめてきた魔女という事で間違いないだろう。


ラプンツェルは死んでいた?


しかも、骸の状態から見て、年月が経っている。

少なくとも、昨日今日死んで骨になる事はない。


では、誰が人を喰っていたのか……?






その時、彼の腹から血に濡れた剣の先が顔を出した。






「既に死んだ者の魂は、一体何処にあるのでしょう?」






「……え?」


青年の口から声が出たのは、たっぷり30秒程時間が経ってからだろう。

視線を背後に向ければ、剣の柄を持っているのは助けたはずの鶴。


「天国? 地獄? それとも死体?」


そう言いながら鶴は差し込んだ剣を捻った。


「ぐ……あああああぁぁあああ!」


裂け、引きちぎれ、捻れる肉の痛みに、青年は思わず声をあげた。


「ラプンツェルの魂がどこにあろうと、貴方には彼女を殺せませんよ」


鶴はそのまま剣を凪ぐ。

青年は血の溜まった床に膝をつき、思わずはらわたの零れ出る傷口を押さえた。


「だって、もう死んでるんですから」


そして、青年の首筋に剣を当てて引く。

鮮血が、辺りにぶちまけられた。


「あ…うぐ……、な、んで……」


剣を手離し、首筋を押さえながら青年は混乱した目で鶴を見上げる。

鶴は冷たい視線を向けながら、青年の横っ腹を蹴って仰向けにさせた。


「なんで? これは彼女……ラプンツェルへの恩返しだから」


その時、椅子の裏から二人の人物が現れた。

長い金髪の美しい、お互い顔のよく似た、小さな子供だ。


スカートを履いた子供が、落ちていたラプンツェルの首を元の位置に直しながら言う。


「ねえねえ、それが今日のごはん?」


ズボンを履いた子供が、ラプンツェルの髪に付いた埃を取り払いながら言う。


「男なんだ。かたくてまずそうだねー」


すると、逃げようとしていた青年の手足に杭を打ち付けていた鶴が柔らかい微笑みを浮かべたまま二人に向かって言う。


「こらこら二人とも、せっかく食べられに出向いてくれたご飯ですよ。我が儘言ってないですぐに食べなさい」


「はーい」


「わかったー」


二人は元気に返事をすると、血で錆び付いた包丁や火掻き棒を手に動けない青年へと近づく。


「右の肺はわたしのだからね。ふわふわしておいしいもの」


「じゃあ、肝臓はぼくがさきに食べるね」


その言葉の直後、青年の傷口に容赦なく突き入れられる刃物。


「ぐ、ぎいいぃああああああああぁぁ!」


青年は酷い悲鳴をあげて体をのけ反らせる。


「あれ? 切りにくいなぁ。やっぱり毎日手入れしておかなかったから、さびがついちゃったんだねー」


そう言いながら、一人は刃を上下に動かして皮膚と筋肉を切って傷口を広げる。

もう一人はどろどろと流出するはらわたを掻き混ぜて目的の中身を探す。

暗い室内に、吐き気をもよおす血とはらわたの臭いが充満する。




魔女は既にいなかった。

しかし、魔女の子はしっかりとその食性を受け継ぎ、無邪気な欲望のままに相手を喰らう。




青年は意識を手放せぬまま、言葉にならない声をあげ、口から血あぶくを吐き、白目を剥いて尚逃げようと肉体を動かす。

しかし、手足に打ち込まれた杭は彼を床に繋ぎ止め、反撃どころか満足に動く事もできない。

子供達が青年の傷口や臓器をいじる度、彼の体は哀れな程にびくびくと痙攣した。


「いただきまーす」


子供の一人が、ぬらぬらと光るはらわたに食らいつく。そして、歯を軋らせて噛みちぎった。

はらわたに開いた穴からほぼ液状の消化物が溢れ出す。

その時、青年は最期の力を振り絞り、この世のものとは思えないような叫び声をあげた。既に体は痛みに支配され、自由を制限された体は獣のように叫ぶしか無かったのだ。


「あー、もう。うるさい!」


もう一人がそう言って火掻き棒を青年の下顎から思い切り突き入れた。

棒は思ったよりも簡単に彼の脳へとたどり着き、一際大きく激しく体を震わせる。

青年の悲鳴は止まり、見開かれた目からは涙が零れた。


「あはは、おもしろーい!」


子供は弾けたように笑い、火掻き棒を引きずり出すと、再び勢い良く突き入れる。すると、青年の体はビクリと大きく震えた。

ぐちゃぐちゃごりごりと脳を内側から掻き回す音がする度、玩具のように体がしなる。


その間、青年の体は次々と生命活動を停止し、呆気なく死んだ。




青年のはらわたは殆ど啜り取られ、いつの間にか開かれ喰らい尽くされた胸の空洞には流れきれずに溜まった血が凝固している。

青年の体は生きていた時よりもひどく小さくなり、見るも無惨な抜け殻となっていた。




「ああ、おなかいっぱい。でも手がべとべとー」


「こんどはやわらかい赤ちゃんが食べたいねー」


子供達がそう言いながら窓の外を見る。

彼らの視線の先には、平和という名の餌を与えられてふくふくと肥えた人間達の街があった。

その間、鶴は鉈で青年だった肉を骨から削ぎ落とし、細かく切り刻むと鍋に入れた。




まだまだ人間はたくさんいる。

育ち盛りの子供達の食欲は衰える事を知らず、手当たり次第にある物を食い尽くす。

人々の悪夢は、まだ終わらない。







はずだった。







2ヶ月後、街の住民達による塔の破壊が決行された。

青年が旅立つ直前に説き伏せた幾人かが集まり、討伐隊を結成したのだそうだ。

破壊された塔の中からは、年齢や性別を問わず3000を超えるであろう数の亡きがらが発見された。

そして、塔が破壊された時、塔の最上階から、二人の子供と一羽の鶴が墜ちて死んだという。









是にて終焉。




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