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君が私の唯一

二代目ポチの誕生

作者: 高倉 碧依

雨が降ると思いだすことがある。

自分が生まれた時にはもう家にいた彼は、両親をはじめ我が家で働く者たちのアイドルだった。

まっ黒な毛並みと純粋な瞳の彼は、幼少時のささくれていた自分の心を慰め、癒してくれる大事な兄だった。

ある雨の日、学校から帰ると家中の者の顔が暗く曇っていた。

報告を受け向かった部屋で、お気に入りのクッションの上で寝ている彼は、もう冷たくなっていた。

傍にいた者が言うには、苦しむこともなく逝ったそうだ。

もういい年だったから覚悟はしていた。

それでも喪失感は凄まじいものだった。

我が家から彼がいなくなっても、日々は変わらず過ぎていく。

しばらく経ったある雨の日、主へのご機嫌伺いに向かうと主はいつもの無表情を歪めながらこっちを見た。


「お前、いつも以上に気持ち悪い顔をしているぞ」

「随分と酷いことをおっしゃいますね。僕はいつもと変わりないですよ」

「ふんっ。…辛いことがあったなら泣け。今はまだそうしても許してやる」

「泣くようなことはないですよ」

「お前はまだ子供だ。時には泣くことも必要だ。

…心預けた者を悼むことは、決して悪いことではない。兄の冥福を祈ってやれ」


そう言うと自分を置いて部屋を出て行った。

…自分よりも随分年下なのに…相変わらずな方だ。

促されたからといって素直に泣くなどしなかったが、一人残された部屋で彼を想った。彼の次の生が幸せであるようにと。

その時扉が開き小さな子供が入ってきた。

歳が離れているし、正直子どもの世話なんて面倒なのでいつも邪険にしているんだが、会えばいつも嬉しそうに笑顔で寄ってくる。

まるで尻尾を振って主人にまとわりつく犬のように。

いつもはこの子供の横にはこの子の兄か誰か大人がいるのに、なぜか一人で部屋に来たのでどうしたのかと聞いたら、主から自分が泣いているから慰めてやれと言われたと胸を張って答えた。


「いや、泣いてないから」


俺の胸で泣けという子供にそういうと、なら泣けと言ってきた。

なんでよりによってこの子供を部屋によこしたんだと、主を恨んだ。

さあ泣け、それ泣け、早く泣けとうるさいので、放って部屋を出ようとすると、今度は足にしがみついてくる。

おい保護者、早く引き取りに来いっ!

そのまま引きづりながら歩いていると、足にしがみついた子供が叫んだ。


「だってまーにいちゃわらわなくなった!。ぼくはわらってるまーにいちゃがすきだもんっ!」

「いつも笑ってなんかいないだろうがっ、いいから離せっ」


足にしがみついた子供を無理やりはがそうとしているとき、ふいに子供と彼がかぶって見えた。

彼と同じ黒い髪と純粋な黒い瞳が彼を連想させたのかもしれない。

自分がもっと幼かった頃は彼とよくじゃれ合いながら遊んだ。

それを急に思い出してしまった時、自分の目から何かが流れていった。

自分で泣け泣けと言っていたくせに、それを見て子供がひどく慌てた。

しばらくそのままあわあわしていた子供が言った。


「まーにいちゃかなしい?かずくんどうしたらいい?」

「…何もする必要はない。ありがとうポチ、すっきりしたよ」


そう言って頭をなでてやると、不思議そうにしながらも嬉しそうに笑った。


「かずくんはかずくんだよ。ぽちじゃないよ」

「知ってるよ」


子供を抱き上げて部屋を出ると、廊下には主と子供の兄がいた。

主は自分を見ると久しぶりにその顔を綻ばせた。


「少しはまともな顔になったな。数馬に感謝しろよ」

「ですから僕はいつもと変わらないですって」

「まぁいい…お前は無表情でいるより、その嘘くさい笑い顔が似合ってるぞ」


そういうなり俺は忙しいんだと去っていった。


***********************************


あれはもう何年前だったか…

店の窓から外を見ると珍しく数馬が一人でやってくる姿が見えた。

幼すぎたのか数馬は自分がいつからポチと呼ばれているのか覚えていないようだ。

時々馬鹿にしてるんだろうと怒っているし、「俺は数馬です!」とよく言っている。

身代わりにしているわけじゃないし、そもそも髪と瞳以外はまったく似ていない。

だが自分にとって「ポチ」というのは安定剤だ。

見返りも思惑もなく愛せて、愛してくれる存在…

皇雅さんの代の四家で一番年上のくせに、一番心が幼いのは多分自分だろう。

数馬は今では皇雅さんの秘書。もういい加減にしなければな…

そう思いながらも、店の扉を開けて入ってくるその笑顔を見てしまうと、ついつい口から出てしまう。


「いらっしゃいポチ、雨が降っているんだから傘くらい差しなさい」

「大丈夫です、俺丈夫ですから」

「今は夏です。馬鹿でも風邪をひいてしまうんですから気を付けないと」

「どういう意味ですかっ!」


温かなコーヒーと数馬用に準備しておいた唐辛子入りの激辛ケーキを差し出しながら、あと少しの間だけ…大人にならないでほしいと願った。

読んでいただきありがとうございます。

友達に誠が好きだという奇特な人物がいまして、彼女に頼まれて書いた短編です。

一応ネットにも載せてみようと思い今回投稿しました。

さらっと流して読んでもらえばいいと思います。

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