自分の身を按じるのならばな
魔女なんぞ知らない。ついこの間に悪魔みたいな連中とは戦ったが、魔女という単語は初耳だ。あの珈琲店であの人の口から単語を聞いて、始めて意識した言葉なのだ。それに対して感想を抱けと言われても。なにもない、それが現状である。
「軽蔑しません。というか、なにも思いません」
「まあ、恐怖は感じないだろうな。君は魔女よりも恐ろしい存在に触れてきたのだから」
そうだな、魔王とかと人生について語り合ったりしたな。悪魔みたいな兄弟に、鍵爪で殺されかかったな。それに比べれば、無害な魔女のバイト店長など恐るるに足らない。
「そうか、君は魔女が怖くないのか」
「怖がれって言いたいのですか? そんなに警戒すべき相手なら、制覇様の忠告に従いますけど」
「いやいや、恐れがないならそれでいいのだ。だって、魔女なんてロリコンの宿敵のような奴だろうから」
分からない……こともないか。あいつは姿を年が幼い少女にしていたが、本当の歳は何百歳か分かったものじゃない。云わば『パチモノ』だ。俺たちの狙う標的の紛い物、キノコ狩りに出てくる毒キノコだ。…………この表現は俺が変態みたいだな。
「まあ、先に言ってしまった私が悪いのだが。絶対に差別的な言葉を言わない方がいい。彼女たちは人類が思い描く程の害悪ではない。むしろ素晴らしい英知の結晶だ。だが……迫害の歴史が長く、軽蔑を心より嫌う」
そうか、俺が下手に不謹慎なことを言わないように、注意を促しているのか。確かに俺は失言をしやすいタイプの人間だ。基本的に他人を信用しないからな。だからと言って、あまりに距離を置くようなことを言うと、逆効果という意味なのだな。
「下手に出ろとは言わないが、あまり挑発的な言葉や、余計な主張は控えろ。分け隔てなく接しろ。自分の身を按じるのならばな」
「かしこまりました」
制覇様は一通りの忠告を終えたのか、背もたれに寄り掛かりながら、眠そうに欠伸をした。だから早く床に入れと言っているのだ。
「それにしても……君は本当に事件に巻き込まれやすい体質だな」
「そうですね。あんまり運勢的には隠密の仕事には向かないかも」
「そうとも限らないさ。事件に巻き込まれるからこそ、事件を裏表なく現わに出来る。問題を全て曝け出せる。私は全てを支配したい。だからこそ、ただ与えられた命令にイエスマンで聞いてくれる人材よりも、洒落た土産も持ってきてくれる奴の方が好きなのさ」
洒落た土産……そんな余裕はないだろう。俺は美橋家に隠されたサンタの秘密を暴いていない。ヒントすら掴んでいない。それでどうして、プラスアルファの結果を残せると妄想できるだろうか。
「まあ君にはそこまで望んでいないさ。頑張ってノルマを達成したまえ」




