おかわりはいかがですか?
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そんな見渡す限り暗雲だらけの制覇様のプロフィールを聞き、主な説得材料を手に入れられず、時間に追われるようにトボトボと待ち合わせの喫茶店に向かうのである。
奴らの通っている学校近くの喫茶店。俺が国谷朝芽にサンタ試験の助言を与えて貰った場所だ。名前が『メリクリ』。少々古びていて、非常にレトロなイメージが強い。最近のお洒落なイメージは無く、隠れ家のような場所だ。
「ご注文は何に致しますか?」
「……えっと、取り敢えず珈琲ください」
あまり詳しくない銘柄を言われたが、正直コーヒーをゆっくり楽しむ余裕はないだろうから、なんだっていいという意思表示で振舞った。お店の客だが、俺の悪態に嫌な顔一つせずに、笑ってカウンターへと戻って行った。
「素晴らしいサービス業だな」
そんな感想を持ちつつも、頭の中は混沌としていた。あの二人はまだ到着していない。俺が約束に間に合うように社会人の鉄則を守り、余裕を持って移動した。しかし、あの二人が待ち合わせの時間に来ない。
「これは……何かあったのだろうか」
電話するのは気が引ける。メールならしてみたが、まだ返信が来ない。さすがに二度も同じ内容を送るのは、シツコイ男だと思われるのではないか。美橋及火の家に首尾よく侵入する為にも下手な真似をして機嫌を損ねることはしたくない。
「まあ数分しか経過していないんだ。想定内のハプニングじゃないか」
心の中で実は安堵していた。時間を稼げた、これで奴らに会うまでに時間が稼げる。そんな情けない事を模索していた。
「…………遅いな」
別に不満気に呟いたわけではない。むしろ有り難さを噛み締めるように、コーヒーを全力で堪能できる環境を憂いながらという意味である。このひと時の予期としなかった休憩をゆっくりと楽しむのだ。
「あぁ、美味しい。珈琲ってこんなに美味しい物だったっけ」
そんな間の抜けた一言に先ほどの店員が空の珈琲を注ぎにやってきた。
「おかわりはいかがですか?」
「すいません。それじゃあ頂きま…………おい」
目の前にいたのは、他の誰でもない。国立朝芽がウェイトレス姿をして、カップにおかわりを注いでいるのである。驚いた、コーヒーを机に置いて正解だったかもしれない。ついうっかり地面に落としてしまう気がするから。
「さっきの注文も私だったのに、どうして気がつかないかな」
「一つの事に集中すると周りが見えなくなる体質なんだ」
これはどういうサプライズだ。どうして俺の待ち合わせしていた女の子が、実際に店で働いているのだ? これは意味がわからないぞ。




