シュールな逃避行
上空の逃避行とは似て非なるこの異様な光景。本来は縄である場所がワイヤー、巻いている場所が首ではなく角、橇を引くのではなく凧を飛ばす、乗っているのはサンタではなく忍者。この雪が降り積もる山に、これでもかというくらいシュールな光景が描かれていた。
他の受験生だが、試験どころではない。全員が手元の橇を置き上空を向いて、何か拍子抜けしたような顔や、口をポカンと開けた唖然とした顔をしていた。試験官達も同じような物である。皆が何か言いたそうな顔をして、黙っている。
「トナカイ!! 俺はこんな無様な真似をしているが、立派な受験生だ。したがってお前は俺に対する過剰な反撃は許されない。地面に叩きつけたり、建物に激突させたら、お前達はまだ直接的に暴力行為を働いていない受験者に対し、テスト妨害行為をすることになるぜ」
わざわざ声に出して言うことに意味がある。これで奴は表立って俺を突き落とすことが出来なくなった。ワイヤーで捉えたあたりが暴力として非常に際どいが、このトナカイは自分が反撃していい立場なのか曖昧なところにいる。従って、この混乱している最中にワイヤーを縮めて奴の背中に乗る。
ワイヤーを回転させる、徐々に距離が近くなってきた。これで手の届く位置にさえくれば、奴の背中を掴んで空中で跨ることが出来る。
トナカイは中途半端なスピードで走り続けた。完全に混乱しているのが伝わってくる。気持ちは痛いほど分かる、一匹の試験官としてやりたくもない仕事を押し付けられたと思ったら、受験生にこんな悪質な方法で追い回される上に、真面な反撃も許されないのだ。心中穏やかではないだろう。俺の知ったことではないがな。
「もう少しだ、大人しくしやがれ!!」
合格は目前だ、最後の大仕事である背中にしがみ付く作業が残っている。
「うわぁ~、もうサンタの面影なんか一切ないよ~」
何か地上から国谷の嫌味が聞こえたような気がするが気のせいだろう。俺はルール違反など全くしていないし、トナカイをどの部分に傷をつけた訳でもない。因みに俺だってこの寒空を空中で振り回されているのだ、寒さは尋常ではないのを分かって欲しい。よって俺は悪くない。
「うおぉおおおお!!」
ようやくトナカイの背中に手が着いた。残る自分の体力を全て使い、上体をトナカイの背中に乗せていく。空中であることが仇となったな、地面に足が接していた方が、振り払う行為だけを見れば都合が良いのだ。地面に足を踏ん張ることが出来るから。逆に空中では何の垂直抗力も発揮しない。
俺は全身がトナカイの毛玉だらけになりながら、空中でトナカイの背中の上で静止した。ふと地上を見ると、国谷が両手で大きく丸を作っている。そしてこう叫んでくれた。
「合格だよ、ロリコン!!」
誰がロリコンだ!! 俺は……サンタになる男だ!!