これでもういいんだ
そんなことを言われても俺にはどうしようもないのである。俺は彼女の父親でも母親でもない。そんな自分のコンプレックスを向けられても困るだけだ。姉が長年、俺との教育の差別に不満を感じていたのは分かる。俺は姉が生粋の殺し屋だと思っていた。心の底の葛藤に気が付けなかった。
だが、本人の主張で俺がその事実に気がついたとして、そこから何ができるだろう。俺が姉より弱いのは事実は変わらない。むしろ俺が両親の悍ましい教育スタイルを思い知るだけだと思う。『他の誰か』から受けた威厳や愛を、第三者に分からせるなんて、口で言うほど簡単じゃないはずだ。
「お姉ちゃん。俺はお姉ちゃんを満足させるだけの力量は持っていないよ」
「そうだね。そこまで完美な物は要求しない。きっと今からお前を殺したって、親の残した物の意義なんて分かりはしないだろう。与える影響は強いのにどこか希薄なのが教育者さ」
だけど、俺と戦う。それしか選択肢がないから。直接的に両親に問いただしに行くわけにもいなかい。だから俺を利用する。そんな頭のおかしいことくらいしか、払拭活動がないのだ。姉の葛藤は遥か昔に手詰まりだったのだ。
さて、武器はない。相手は肉弾戦では無類の強さ。制覇様を救うためには退路はない。俺は行動の面で手詰まりか。絶対に勝てない相手に挑む……か。俺みたいな人間にはとことん似合わないな。
「それでも……俺は……」
まだ、希望はあった。究極の選択肢『戦わない』が残っていたから。俺の目的は姉を倒すことだったが、最終目的は制覇様を救い出すことである。だから……時間が過ぎるのをただひたすら待っている。はやく制覇様と国谷を救い出してくれ。そうすれば逃げられ……。
「おっと。そろそろ下に向かった二人が、制覇ちゃんと国谷朝芽を救い出す時間かな」
読んでいた、まるで階段を駆け下りる音を耳で探知して、その音の鳴る周期から監禁部屋にたどり着く時間を逆算していたかのように。
「あれ? 忘れていると思った? 煙玉くらいでお姉ちゃんの目は誤魔化せないよ。私はあなたに会えればそれで良かったの。だから、監禁していた連中は用無しになったから、放っておいたのだけど」
こっちに来られたらマズイという話か。俺が決着を着ける前に逃げ出すのが嫌だからという話だろうか。別にその必要はない。制覇様させ救い出せればそれでいいのだから。残りがどうなってもいい。ここで俺が、姉に殺されようと、もう目的は果たしたのだから。
「だから……これでもういいんだ……悔いはない」
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