思ったよりも早かったこと
教育評論家……いや、教育心理学者だったか。そんな現代社会の教育について、深刻に物事を考え、思考を巡らせ、真意に見つめ合っている連中のことだ。
「俺は今の現代社会に畏怖の念を感じている。大人になれない子供達についてだ。授乳の際に子供ではなくスマホを眺めている母親、公園で子供が大声を出すのは当たり前なのにそれを注意する近隣住人、インターネットで動画を見ている子供に対してプログラミングの力がついていると錯覚するバカ親。世界の秩序が徐々に『教育』という観点で狂っている。そうは思わないかい?」
知らないよ……どうして俺が、そんな統計でも取らなければ分からないことを俺に聞くのだ……まさか俺がロリコンだからか。それで教育方針でも語っているのか?
「都市化が進み遊び場が消えた。科学技術の進歩とネット社会により、子供はバーチャルな世界へと逃げ込んだ」
制覇様の顔が目に浮かんだ。家に引き籠もり友達ができない。コミュニケーション能力もなくなり、あの歳で眼鏡をかけている。身体能力は著しく衰え、性格は我が儘そのもの。今の現代社会が生んだ残骸の典型例。
「よく『ゲームをしたら頭が良くなる』なんて文言が飛び交うだろう。あれは脳科学の世界では結果は真逆だって証明されているんだ。脳は多大なる情報整理で消耗し回復しないほど疲労している。成長するどころか、痛んでいるんだよ。でも、ゲームってのはユーザーを逃がさないように出来ていてねぇ」
付け加えるならゲームのし過ぎにより、睡眠不足と運動不足と視力低下もある。
「思考力も判断力も忍耐力も落ちる。いわば一種の麻薬だ。毒なんだよ。子供が外で遊ばなくなってしまった。だから、友情も知らないし、経験も足りない。本物の興味関心が身につかない。ゲームの世界にいなくても、モンスターはいっぱいいるのに」
今の時代のスタンスだ、バーチャル世界に適応すべき、これがこれからの時代の幕開けだ。聞こえはいいが、その考えが崩落の原因かもしれない。
「教育委員会はしっかり対策を打ち立てた。かの有名な『ゆとり教育』だよ。子供達に外で学んで欲しい事があったんだ。地域社会教育が元来の目的だったんだ。その方針で学力トップの諸外国は成功しているから。成功例を真似た政策だったんだ」
ゆとり教育推奨派かよ。このご時世には珍しいな。
「生涯学習の理念だよ。人間は学校、家庭、社会、全てから教育されるべきだという、素晴らしい理に叶った政策だった。ただ一点の計算漏れは『日本人が馬鹿になるスピードが、思ったよりも早かったこと』」
目つきと声が変わった。狂気を放つように、、今までの喋り方と違うようになった。
「せっかくお受験戦争から脱出させてやって、外で遊ぶ時間をくれてやったのに。その時間は全てゲームとネットに持って行かれた。時間を有効活用できない無力さを国民はこぞって教育委員会のせいにした。教育の理念を欠片も理解していない馬鹿が、この時代の子供を貶した。悪いのは社会なんだ、『地域住民』としての責務を果たさずに、土日に寝ているキサマらが悪いんだ!!」




