人を1人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄
「では行くぞ。二人共、橇に乗っかれ。本当はバランス重視でゆっくり海を横断したい気分ではあるが、あまりにのろのろ行くと、どこの国家機関に見つかるか分からない。人間から見ればサンタクロースは幻想とも変わらないからな。よって、全速力で突っ走る。しっかりと捕まっていろ」
この場合、しっかり捕まるというのは、手で橇の端を握っていろとかそういう意味ではなく、俺たち忍者が敵の捕縛用とかで使うワイヤーなどで、体を固定させておけよ、という意味である。そもそもサンタクロースの移動手段にスピードは要求されていない。それを本来と違う用途で長時間使用するのだ、乗っている側も真っ当な準備じゃいけない。
「こんなことなら私も小型ジェットに乗るべきでした。まさかこんな危険な旅になるとは」
「いや、本当にすまん……」
謝罪しつつも、俺も恐怖を感じている。飛んでくる逆風、落ちれば真下は海、サンタクロースの服装でも寒さで痛みを感じるだろう。早朝から深夜なんて、日は昇るどころか、沈む一方である。お天道さんに背を向けて地球を逆走しているのだ。
「落ちたらサメの餌食ですね」
「やめて。本当に怖いから。洒落になっていないから」
やっぱりちゃんと正式な飛行機で渡った方がよかったんじゃないか。だって、俺は忍者もどきなので正体を隠すのは得意だし、あの二人だって別に普段は一般人なのだから、堂々としていればいいだろう。サンタクロースの格好で行こうと言い出したのは俺であるが、ちょっと失敗したかな、急ぎすぎたかなって思った。
思った時にはもう遅い。アデライトさんによる運転開始により、既に俺たちを乗せた橇は空へ舞い上がっていたのだ。
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「制覇ちゃん。制覇ちゃん」
とある廃墟の中。私は捕まった。あれから何日が過ぎただろう。この抜け出せない監獄の中、私はただ呆然となにも考えずに蹲っていた。私の部下は大半が死んだ。あの、潜入していた暗殺者によって。お父様の部下である奴が多かったが、もとより私が脅迫して味方にした人間や、私の力を逆に利用しようと集まった連中。そんな奴らに恩義もなにもないが、死んだとあっては上官としての私の無能様も明らかになった。
「あの女。本当に化物か」
人に『ごめんなさいを言えるのが大人だ』とか吐かしてたが、子供を誘拐する大人は、社会不適合者であるただの犯罪者だろう。あいつ……本当の意味で気が狂っている。錯乱しているのでも、自暴自棄になっているのでもない。計画的周到的で精神が荒廃している。
「あれが最強の忍者の成れの果て。多人数の人間を殺す事を完遂した人間の末路」
『人を1人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄』という正義の何たるかを指し示す格言がある。人を殺すことが正当化させることは絶対にない。例えその1人が極悪非道の生粋の悪者だとしても、その100万人が怪しい宗教団体だったとしても、人殺しは絶対に正義じゃない。ただ、自分を騙しているだけだ。
だけど、やはり現実世界の人間は人を何人も殺すと行き着く先はそういう場所か。掛け値なしの絶望。そして、罪悪感が脳を支配する。悪魔に体を乗っ取られたような。あんな醜い姿になる。そうだ、私も世界征服でそんな人間になろうとしていたのだ。
「人間辞める覚悟……か……」
「わかる? 私だよ」
ゆっくりと目を開く。そこには……私の友達がいた。
「国谷朝芽だよ」




