あの人の笑顔がみたい
俺と美橋はまだ正式なトナカイを使った橇の動かし方を習っていない。だから、飛行に不安は感じていた。サンタクロースの試験から見ても、あんまり美橋がトナカイの扱いまで得意なようには見えなかったしな。
「運転手ってあの人かよ……」
「やむなしだから参加してくれるってさ。熟練のサンタクロースお婆さんが」
そこにはアデライトさん……によく似た姿の女性が立っていた。あの人は見た目は幼女だが、本当は正真正銘の魔女である。魔術によって年齢を詐称しているのだ。だからこそ、自分も幼児体型になるという意味不明の終着点に行き着いたらしいが。
「まったく……お前たち。無事に帰ってきたら説教だからね。私は店を閉めて手伝いに来たんだ。その世界征服を企む女の子と、あの未熟者の馬鹿を救い出したら、三人纏めて地獄の特訓だ。近頃の若者はこれだからまったく……」
文句を言っても手伝ってくれるのはありがたい。それでも、国谷は自業自得としても、美橋まで怒らないで欲しい。この人は、あなたと同じ境遇だと思うから。それにしても、この姿はどういった趣だろうか。
「魔女は人間スパンの寿命をしていません。殆どの魔女が戦死して一生を終える為に、正確な数値は図れませんが、魔女は永遠に近い時を生きると言われています」
じゃあ……もしかして素の姿!? 年齢は物凄いのに、姿はそのままなんて。
「所詮、ワシは魔女の中じゃまだ生まれたての赤ん坊扱いという感じなんじゃよ。まあ、ワシはどうでもいい。それよりも……」
アデライトさんが海を仰いだ。真剣な顔つきになり、覚悟を持った目をしている。美橋以上に、俺が制覇様に関わるのを止めるように言っていた彼女だから、やはり思うところがあるのだろうか。
「気はのらんよ。サンタクロースは正義のヒーローじゃない。幸せを届ける事が仕事で、平和を守ることが仕事じゃないのだが」
「それに対する答えは一つです。俺はもう一度、あの人の笑顔がみたい。それだけです」
「おい、それっぽい事を言えば理屈になると思ったら大間違いだ。これだから最近の若者は。ノリだのテンションだの、そんな形のない物ばっかりにしがみつきおって」
そうじゃない。俺と制覇様との間には、しっかりとした形のある心の溝がある。そしてあなただって、制覇様と国谷っていう形ある助けなきゃいけない人の為に来たのだろう。そうじゃなきゃ、サンタクロース本部が渋々でも出動を許可しないのだ。
「仕方がない。見ていられないから手伝ってやる。仕事の予行練習かつ、現場の引率じゃ。本部に連絡はしたが、そうとう”わし”が厳重注意を受けた。お前ら帰ったら、わしの本部に提出する始末書を手伝えよ」
まあ、人間社会ではリーダーに全ての責任が行くからな。でも、悪いのは完全に俺一人なので、もし無事にこの国に帰れえれば、惜しみなく手伝おうと思う。
アデライトさんが橇の上に乗って、轡を握った。これにて出発の準備が完了したことになる。最大限の準備はした、あとはいかに俺の姉のシナリオ通りに動かず、あの二人を救出できるかである。




