人質の命がかかっているんだ
俺の姉はなんとしても俺を戦場へ引きずり出したい様子である。国谷だけではなく、桜台制覇まで人質と取られるとは。しかもあの様子では監禁されている。あれで化学技術発表会に間に合わせる気はあるのだろうか。
多面的な評価をさせて頂くなら、俺の姉の行動は正義の味方の行為かもしれない。桜台制覇を行動不能にすることは、即ち世界の平和を守ることに直結すると言っても過言ではないから。しかし……これで確実に兄弟の縁は切れた。俺の触れてはならない逆鱗に触れたのだから。
「ごめん。美橋。これは……行かないと駄目だわ。これ以上に俺の姉の好き勝手にさせない為には、誘導に従いつつ隙を伺うしかない。国谷と制覇様を救うには……俺がアメリカにいくしかない」
身勝手なのは分かっている。姉の思惑通りに行動して、手の平で踊る結果になっているのも。しかし、俺は監禁された制覇様を見捨てて諦めるほど、曲がった根性はしていない。例え口車に乗る形になろうが、美橋やアデライトさんや他のサンタクロースに迷惑がかかろうが、制覇様自身が俺に会いたくないと思っていようが、全てが関係ない。
制覇様に忠臣はいないのだ。制覇様は暴虐武人で好き勝手に部下を使い捨てにしてきた。心から忠誠を誓っていた人間がどれほどいただろうか。弱みを握られている者、命を狙われていて匿われている者、借金塗れの奴、そして父親である桜台則之に関係する人間。全てがいざという危険な時に救いに馳せ参じる奴らじゃない。
桜台則之はいなくなった。実質は制覇様一人で組織の運営をしていたことになる。上の関係がなければ救うに値しないのだ。きっと、いなくなった制覇様を探す連中などいないだろう。
「行くしかない状況に追い込まれましたね。せめて国谷のほうは、私が力ずくでも止めておくべきでした。我々はまんまと彼らの釣糸に引っ張られているわけですか……。我々の中にあった燻る心を上手に汲み取られた」
……嘆いたって仕方がない。もう状況は完成してしまったのだ。こうなった以上は、行くべきか悩むタイミングじゃない。行くしかない。
「美橋。俺は……行くよ。二人を助けに」
「そうですね。あなたなら必ずそう言いますよね。本当に困った人です。ここまで追い詰められたなら、『裏をかいて行かない』という作戦にはならないのですね。あなたがアメリカに自分で来させるのが目的なのでしょう私ならそのお姉さんを予想外の事態にさせる為に行きませんが」
そうはいかない。人質の命がかかっているんだ。そんな一か八かの綱渡りなんてできるほど、俺の心臓は強くない。
「止めても無駄ですか。仕方がありません。では……対処する方向で作戦を練りましょうか」




