忍者の刃は迷うもの
自分の携帯電話を取り出した。一応は姉との連絡手段を持っている。使う機会がくるとは露とも思っていなかったがな。
『あれ? 私と会話しなくていいの? お姉ちゃん、三太と会話するのが怖くてブルブル震えていたんだけど』
俺がメールなんかする前に、既に姉から連絡は届いていた。これは挨拶文というより、挑発文である。もう苔にしているとかいうレベルじゃない。俺の姉が……あの伝説の暗殺者、霧隠一式が俺を恐れる? 冗談だろうと笑えるはずがないだろう。不快感しか残らない。
『どういうつもりとか聞かない。忍者は自分の作戦を外部に絶対に漏らさないし、きっと姉ちゃんが何を感情論で言っても、俺には響かない』
距離感があることに胡座をかいて、俺も挑発的な文章にしてみた。姉に対して一寸上の立場から物を語るような、そんな会話である。姉に対する忍者としての尊敬の念はあるのだが、人間としては尊重できる人じゃない。ここまで遊びの道具にされて、呑気に喋れるものか。
「ちょっと霧隠三太。お姉さんと話し合いするつもりはないの? もしかしたら気まぐれで本当のことを言うかも。あの人は勿体ぶらない人だし」
「無駄なことだ。あいつの心は漆黒だ。人質を取られた時点で話し合いに価値なんかない」
美橋から見れば、異常と思われているだろう。姉をここまで警戒すること、姉をここまで敵対視すること。姉をここまで冒涜すること。なにをとっても俺たちは異常だ。だが、これは俺たちというよりも忍者の縮図がと言うべきだろう。いや、あの人の行動は忍者のセオリーからも一線を外している。
『そっか。じゃあ要求だけ言おうか。安っ全っに、国谷朝芽を拉致した。返して欲しくば要求に従え』
『要求とは?』
熟慮病……考えすぎて選択肢を誤る。人間なら誰しも経験する人間の定め。
道場に通い武芸を極める達人と呼ばれる人間は、技を繰り出す際に動きに迷いが生じるのは命取りである。迷いなく信念を貫き、自分の今までの経験値を信じて戦うのが武士、戦士の心構えである。
しかし、忍者は……一流の忍者はそうじゃない。いつも選択肢を迫る緊迫した場面である。自分の力は非力、状況は四面楚歌、何もかも信じられない。これが定石の戦場の風景だ。ここで勝利を掴むのは、『考える事を放棄しない』ことだ。いつも相手の二手、三手先をよむ。動きを察知して先回りする。場所と相手の動揺を見て、技を繰り出す。忍者の刃は迷うものなのだ。だから小刀、短刀が望ましいとされる。ブレテも当たるように。
「姉ちゃん。あんたの思考を上回ってみせる」
『お姉ちゃんからの特別ミッション☆彡 桜台制覇を救い出せ』
廃墟だろうか、薄暗い錆びたコンクリートしか見えない。そこには腕を後ろに組んで、両足を縄に縛られ身動きが出来ずに、口にガムテープのような物を貼られた姿の……桜台制覇様の姿が。写真に送られてきた。
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