人質に取られたんだ
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駄目だ、あいつは何も分かっていない。あいつは何も分かっていない。桜台制覇にとって国谷朝芽とはサンタクロースをつなぎ止めておく為に、利用する為のパイプに過ぎなかったのだ。それを……まだ友達だと思ってやがる。あの完璧な引き籠もり少女が、そう簡単に友達認定などするものか。
「あの……国谷さんはどうでした?」
「自分に陶酔してやがる。もう完璧に桜台制覇に会って世界征服なんかするなって説得するつもりだ。おそらく俺が言っていた……友達つくれとか、学校に真面目に行けとか、そんなことも言うつもりじゃないかな」
どうしよう……金髪の正体までは知らないが、俺の姉は紛れもなく暗殺者。桜台制覇はこれでもかというほどに危険人物だ。ただの海外旅行でも、友達に会いにいくイベントではないのだ。命懸けの死闘と考えるべきなのだ。それを……あいつは……。
「それで……どうして電話を早々に切ってしまったのですか。近くにあなたのお姉さんがいるかもしれないでしょうに。どうしてあなたの予想を裏切る真似をしたのか、それを問いただすんじゃなかったの?」
「それで下手なことを言って、国谷を危険な羽目に合わせることはできないだろう。忍者の決裂は極めて危険なんだ。黙っていたってこの構図は危険だと分かるんだ。俺たちは……国谷を……人質に取られたんだ」
「……人質を取られた……」
そうだ、会話なんかしなくたってわかる。あいつはこの桜台制覇を説得するイベントに、俺を引っ張ってこない訳が無い。奴は俺を勝負の世界に来なくてはならない理由を作ったのだ。燻って、悩んで、考えていた俺を、もうそんな余裕を無くしてしまうように仕向けたのだ。
ここまで危険な状況に陥ったのだ。会話なんか意味がないに決まっている。というか、もう会話なんかしたくない。あの人の言葉は麻薬そのものだから。もしかしたら、制覇様がもう既に奴の毒牙にかかっているかもしれない。思ったよりも、今のこの状況は危機的だ。
「人質作戦。お姉さんは本当に目的の為なら手段を選ばない人のようですね」
「その解釈で正しいよ。もう俺たちは制覇様を説得しにいくなんて、そんな悠長な状況じゃない」
このまま国谷朝芽は無事に俺たちの元へ帰ってくるだろうか。そんな楽観的でいいのか。例え姉と衝突してでも、話をつけるべきだっただろうか。俺は理屈をつけて、あの姉から逃げたんじゃないのか。固定概念が、あの人を恐れる気持ちが……俺を……。
「やっぱり電話する……のは怖いから、ちょっと姉にメールしてみる」




