良心を引きずり出す前に
内臓が動かなくなる。こんな攻撃があるだろうか。避けるとか逃げるとか、対抗手段がない。彼女が用意した監視モニターに映った時点で死亡確定だ。
「私はあなたがもっと利口だと思っていました。直接的に素顔を見せずとも、手紙なりメールなり方法はあるでしょう」
「そうか。別に会う必要はない。思いを伝えたいだけなら」
そんな作戦は頭に浮かばなかった。制覇様のメールアドレスなど、とっくに変わっているので、携帯端末によるやり取りは不可能かもしれないが、制覇様の出現場所が一日だけ分かるなら、その日に会場に言伝すればいいのだ。科学研究発表会と聞いているから、手紙と祝いの花束だけなら、まず危険物とは思われない。『旧友から』だとメッセージを入れれば、会場側も制覇様に渡す事を拒んだりしないだろう。
遠回りに忍ばせることによって、途中の妨害も回避できる。仮に制覇様が俺からの手紙を予想していたとしても、郵便のルートを多数用意しておけば、一つくらいは成功するはずだ。
「そっか。別に手紙でいいのか」
「いいえ。私はあなたが手紙を渡すと言い出すのを止めに来たんです。まさか直接会いに行く計画をしているほど、馬鹿だとは思いませんでしたが」
正確には計画なんかできていない。何も思いつかなくて、ただ時間だけが過ぎていって、絶望していたのだ。もし制覇様に無事に会いに行く妙案が思いつけば、ここまで落ち込んだりはしていない。会いにいかないという発想の転換にも至らなかったが。
「でも……手紙もダメなんだろ」
「肺を止められると言ったでしょう。あなたのお手紙……もとい説教文を見て、桜台制覇がまともに受け取らなかったらどうするつもりですか。スイッチ一つで終わりですよ」
確かにそこが解決していない。『制覇様の神経を逆撫でする』という問題点が治らない。俺の命が制覇様に握られている事実も計算になかった。トラップなど必要ないのだ。俺など瞬間的に殺せるのだから。
「手紙どころか、制覇様に何らかの形でコンタクトを取ったら、その時点で死ぬじゃないか」
「そうです。だから大人しく桜台制覇が望むようにサンタクロースとして生きるしかないんです。あなたの言葉は桜台制覇を最も揺さぶる。だからこそ、一番に振り払いたいと思う」
昔の俺の命を救ってくれた制覇様はどこにもいない。今は、世界を破壊すると決心した制覇様だけだ。まだ制覇様の『良心』は消えていないだろう。そう願いたい。しかし、その良心を引きずり出す前に、俺の魂が消えるのだ。
「あなたじゃ桜台制覇を救えないんです」




