膝枕とか、投げキッスとか
依頼者殺害は重罰だ。忍者としてあるまじき行為だ。
「お姉ちゃん。忍者は時に死ぬことも大切な仕事だよ。それはお姉ちゃんだって分かっていたはずだ。でも……」
「言い返す言葉もない。私の罪は一生に消えないだろう。忍者を引退することにはならない。私はこのまま死ぬまで身を隠す必要がある。お前のように忍者試験に失格していれば、まだその段階で救いはあったのだろうが……。ここまで忍者に染まりきった私には……もう引き返せない……」
人生は何度だってやり直せる。楽観主義者の考え方である。そんな人生という荒波が都合よく出来ているはずがないだろう。人生にはやり直せる時間と場所が限られているのだ。
俺の姉は……終わった……。
「まったく厳しすぎる世界だよ。もしこの世界を恨むなら……そんな資格すら私にはないのだろうね」
「悲観的になりすぎだよ。地球を恨んだり、生まれた環境を憎んだりするのは自由だろう。もう自分を縛るのはやめろって。これからは楽しんで生きろよ。俺も協力できる部分は頑張るからさ」
……俺の声は自信満々という感じじゃなかったと思う。そう長く時間が経たないうちに、俺の姉は得体の知れない何者かに殺されるだろう。忍者の世界では……個々の強さなんて簡単にひっくり返るのだから。忍者を殺す忍者とかもいるのだ。それも一般世界に溶け込んでいるから始末が悪い。コンビニに平気で立ち寄る連中なのだ。
「死の恐怖に怯えて生きるか。とっとと地獄で懺悔するか。もう……ここまでくると救われることを望むのは間違っているよな」
「だから悲観的になってはいけないってば」
もうなにを喋っても分からない。姉にかける言葉なんか俺が持ち合わせるわけがないだろう。
「じゃあ……そろそろ行くよ。まだ自分がどうやって生きるか見当はつかないけどさ。もう二度とお前とは会えないだろうさ。だから……可愛がらなかった弟に対して最後のお姉ちゃんの贈り物がある……」
姉にもう二度と会えない。そんなの今更になって悲しむことじゃない。俺は家族に二度と合わない覚悟で試験に望んだ。合わないというより、会えないのだ。でもこうやって俺の甘えで……姉に会えた。それだけでも……俺はやっぱり恵まれている。
「なにをくれるの?」
「膝枕とか、投げキッスとか」
「それ……あんまり嬉しくないかな……。もうちょっと有益なものがないの?」
これから死刑になるかもしれない姉を……励ます……いや、宥める気持ちで喋っていた。最後の贐を送っているつもりなのだが。
「贈り物はこれだよ……」
姉は手提げバックの中から……一枚の紙切れを取り出した。




