誰にも見つからない場所で死ねってさ
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姉は変わり果てていた。そう表現するのが的確だと感じる。あの残虐性に溢れる人でなしの姿は消え去り、そこには夏の終わりに見る蝉の抜け殻のような、そんな姿の肉親がいた。
「自分を感情がない人間だと思っていた。任務のためなら手段を選ばないとか言える人間だと思っていた。漫画の世界ではそういうキャラが流行るだろう。でも……ここ最近で私の生きていた世界は、やはり現実世界だという事を思い知らされたよ」
そんな人間はいない。感情がない人間は多くの漫画家たちが想像しているような最強の殺戮マシーンには仕上がらないと思う。きっと欠陥品だ。人間の強さは腕力でも馬力でも知能でもない。魂に眠る感情なのだから。それを揺れ動かす為に、『痛み』……いや、『生存競争』が存在した。
人間が一番に心を動かされるのは『人間の死』なのである。だから……人間の命は尊い。人間はその生存競争のなかに、生きるという最終目標を覆す感情という代物を手に入れたからこそ、ここまでに文明が花開いたのだから。
「それを私は断ち切り続けた。でも、そこに感情がなかったわけではない。自分を偽ったんだ、心のどこかで自分に嘘をついた。漫画の世界を自己投影して暗殺者になった。挙げ句の果てがこのザマだよ。命尽きるまで漫画の世界の住民ではいらられないのさ。振り返ったら罪過しか残らなかった」
この人は……どうして……。
霧隠一式が何やら紙を取り出した。そこには……逮捕状が出てきた。俺も目にするのは始めてである。というか……俺の姉って指名手配されているのか。もしかして警察から逃げているとか……。
「さっき追いかけてきた警察を殺して、この紙を奪った。私と契約していた機関がシクジッテね。どうも殺してはいけない部類の政治家を私に殺させたらしい。おかげで私のプロフィールをチラつかせて雲隠れさ」
「お姉ちゃん……それって……」
「私の最後に下った指名は……誰にも見つからない場所で死ねってさ」
自殺指名……これが忍者という存在を悪用した人間の行動の末路かよ。江戸時代じゃないんだ、悪のお代官様が上手くのぼせられる時代じゃないんだ。でも……お姉ちゃんの高スペックに自惚れて現実世界の発想を外れてしまったんだな。
「お姉ちゃん……死ぬ必要なんかないぞ。命よりも大切な物はない。命あっての金だ、人脈だ、任務だ。だから……」
「あぁ? 命令した依頼人はもう関係者含めて全員殺したよ」
お姉ちゃん……そんなことまで……。




