お前も『熟慮病』になったんだな。
霧隠一式。俺の姉である。我が家の長女にして、家長様である。長髪で黒髪、整った顔にはサングラスと高級そうなハットをつけて、いかにも年配のお嬢様みたいな姿である。だが、正体はそんな生半可なものじゃない。
人殺しの名手、まさに完全な暗殺者。俺みたいな才能が無い裏方の機密文書強奪とかの命令を相手にはしない。彼女は『強敵の殺害』を目的とした忍者だ。大勢との戦闘を想定とした場合も多く、とにかく実践向きな仕上がりの教育を受けてきたのだ。
人を人とも思わない残虐性を持ち合わせていて、その比類ない感情の薄さは、暗殺者というよりは殺戮マシーンである。
「俺を殺しに来たのか」
「私は上の命令が来ればたとえ血を分けた兄弟だろうが容赦なく殺すが……、残念ながら『お得意様』から殺さないように命令が下っている。見逃してやれ、だそうだ……」
制覇様……俺に追っ手がくるのも見越してそっちにも根回ししていたのか。闇の世界への影響力が高いな、本当に世界征服もやってのけちゃうんじゃないのか……あの人ならば……。
「制覇様……」
「命拾いしたな。見たところ無職でもないようだし、一応は目を瞑ってやる。お父様もそれで納得している」
肝心の俺自身が納得などしていないのが問題なのだがな。俺は制覇様の部下をしながらサンタクロースを継続するのが理想だったのだ。喫茶店のアルバイトなど、真意だと思って貰っては困る。変な誤解を生まない為に黙っているが。
姉は偉そうにカウンターに座りやがった。額を拳に乗せて不貞腐れた顔をしている。ため息をつくと寂しそうにテーブルにあったメニューを眺め始めた。
「何をする為に来たんだよ。俺の処分の話は終わったんだろ」
「三太……お前……強くなったな」
強くなった? どうしてそんな意味不明な言葉が、よりにもよってこの人から出るのだ? 俺は確かに死線を潜り抜けてはきた。全てが命懸けの戦いではあった。しかし、戦闘訓練をした訳でも、古の神殿でのハードな修行をした訳でも、物凄い超能力を持った相手と戦闘した訳でもない。自分で言うのも恥ずかしいが、常にアタフタしていただけな気がする。
「なんか……頭がすっからかんな所がチャームポイントだったのに」
俺は自分の姉からどんな理由で愛されているのだろう。会話を極力避けたいので、少々のことでは黙っている。早く店から消えてくれよ……。
「なんか……お前も『熟慮病』になったんだな。お姉ちゃんと一緒だよ」




