私の保護者は
狂気が充満した。飼い犬に手を噛まれるなんて表現はこの場には間違っている。ただ、この場の占有者が変わっただけだ。父親の威厳が霧散した。残ったのは、後味の悪い、どす黒い模様だけである。
制覇様の目線が一直線にとある物を見つめた。桜台則之の顔ではない、心臓あたりを見つめている。
「おい、制覇。どうしたんだ」
「お父さん? 私をどうやって超人にするつもりだったの? どうして私は超人にならなければならないの? そもそも『超人』ってなに? よく考えずに付き合ってたけど、凄く頭の悪そうな表現だよね、それ。巨大化でもすればいいの? それとも体から黄色いオーラでも出せばいいの?」
「お前の体は……そうだ。銃を打たれても死なない体になったり、人間では追いつけない速さで動ける体になったり、驚異の跳躍力を持ったり……」
付き合ってられないという言葉がよく似合う。奴にだって『超人』の明確な到達点はなかったのだ。正確に表現するなら、桜台制覇は既に彼にとって機械兵器を作れる超人だった。その上で彼女を飽きさせずにコントロールする為に、取り敢えず指示した課題だったのだ。
制覇様はまだ自分の体にまでメスは入れていないだろう。そこまで要求していたのであれば、奴は父親として終わっていた証である。
「ねぇ? こういうのはどう? 私がお父さんの代わりに世界征服を成し遂げるから、お父さんは私の代わりに超人みたいになるっていうのは?」
「何を言っているんだ……制覇……」
「だってその方が楽しそうでしょう。主にお父さんが」
ここで桜台則之は自分に降り掛かっている狂気を確信したらしい。このままでは自分の娘に殺される。いや、死ぬよりも恐ろしい地獄の手術が待っている。体のパーツを全て……機械に変えられたりとか。
「制覇、考え直せ!! 私はお前の保護者なんだぞ!! 私はお前を幸せにする為に、全世界を幸せにする為に世界征服を成し遂げるのだ。だから……」
「違うよ。少なくとも、ここ最近は違った。私の保護者はここに死んでいるサンタクロースだよ。少なくともお前じゃない」
さっきの『お父様』という上品な表現はどこへ行ったのだろうか。もう、父親への尊敬の理念は消え去ったらしい。既にもう制覇様には大切な家族の概念はない。今の制覇様にあるのは、長年に渡って使役してきた復讐心。それと、自分を娘として見ずに、兵器として踏まえていたという憤り。
「おい……制覇……」
「お父さん。目を閉じていて。できれば振り返らないで。その方が幸せだと思うよ」
既に悪魔の魔笛は鳴り響いていた。奴の後ろには制覇様が腕によりをかけて作り上げた名作達が、妙な機械音をたてて近づいていたのだ。




