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【電書化】長靴をはいた侍女  作者: 霧島まるは
おまけ

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11/12

【電子書籍化記念SS】夜空を渡る雲

(2025/6/27)「長靴をはいた侍女」の電子書籍が本日より配信開始。詳細は後書きにて。


 晴れである。

 ここ十日ほどずっと晴れである。

 わずかに曇る日はあっても、とても雨が降り出しそうな天気ではなかった。そして降らなかった。

 伯爵家の主従は、ある意味で大変仕事が捗った。手紙を受け取る必要も書く必要もなく、雨が降るかどうかと悩む必要もない。

 しかし同時に、彼らは(しな)びてもいた。雨の足りない花のごとく、明らかに覇気が足りない。

「今日までの仕事は全て終わりました」

 そして、ついに仕事までなくなってしまう。主が恨めしそうに執事のファウスを見る。

「受け取る手紙もない、こんなつまらない日々は、人生の浪費だと思わないか?」

「他の令嬢からの手紙なら届いております」

「それは私が魅力的だから仕方がない」

「……左様ですか」

「そうではなく、心踊らされる手紙が欲しいのだ」

「……」

 主は、雨の日に届く手を欲しがっている。こんな状態になっている時点で、子爵家令嬢の術中に見事にはまっているというのに。自身を客観視できれば、そのことに気づけるのだろうが、この目隠しは強力だ。

 種も仕掛けも知っているファウスでさえ、雨を奪われると乾きにも似た感情を持て余すのだから。すました顔をしているが、主の気持ちは誰よりもよく理解できている。

「気晴らしに、お出かけになられてはいかがですか?」

 このまま目の前で唸られ続けても面倒なので、ファウスは天気のいい外へと主の意識を促した。しかし、それは失敗だった。窓の外を見た主は、前よりももっと不機嫌な顔になってこう言ったのである。

「……手紙を書く」

「子爵令嬢への手紙であれば、既に書いておられます」

「手紙を書いて随分間も空いた。内容が古くなってしまっている。それに、いまのこの気持ちを書き記さなければ気が済まない」

「……(かしこ)まりました」

 ひたすらに晴れを恨み続けるよりは良いと、ファウスは便せんを用意した。

 ペンを持ち便せんに向かった主が、気取った文字を並べ始める。その文字が、だんだんと勢いを増してくる。

「ファウス、次」

 二枚目の便せんを差し出す。

「ファウス、もう一枚だ」

 三枚目──過去最多枚数に突入した。

 文字がその用紙の半分を越えた頃、ファウスは小さく咳ばらいをした。このままでは、封筒が不格好なほど分厚くなる。

 恋の駆け引きとしては、まるまると太った封筒を渡すなど完全敗北に等しい。

 はっと我に返った主は、ようやくペンの動きを緩め、不承不承最後の挨拶を書き記し、署名を終えた。

「……あとは、雨が降るだけだ」

「左様ですね」

 主と執事は窓の外を見た。ため息をついたのは主だけだった。ファウスはそれを呑み込んだので、誰にも知られることはなかった。


 その日の夜。ファウスは自室で便せんに向かっていた。彼の主は欠点も多いが、(なら)うところもある。

 胸の内で渦巻く感情を手紙で昇華しようという考えは、ファウスにとっても必要なことに思えたからだ。


--


親愛なる長靴をはいた侍女 殿


 長らく晴れが続いて、侍女殿は退屈だったのではないだろうか。

 野の草花も、雨を失うとその身を焦がし耐え続けなければならない。降りすぎるのも良くないが、降らなすぎるのも良くはない。雨を待つ植物たちのためにも、もう少しは降ってほしいものだと私も思う。


 侍女殿は、夜に窓の外を見上げることはあるだろうか。夜空を見て、明日の天気を占うことはあるだろうか。

 私は夜空を雲が渡ることを好ましく思う。特に、月や星をカーテンの向こうに隠してしまうような雲が、空を渡る姿は風情があって好ましい。

 だから私は、夜空に雲を探す。それがたとえ頼りなく薄い雲であってもよい。なにもないよりはずっと良いことだ。

 侍女殿にも好ましい夜空はあるだろうか。もし手紙に何も書くことがない時に、この質問を思い出したなら、便せんを夜空で埋めてみるといい。

 侍女殿の夜空にも、好ましい雲がかかることを願っている。


伯爵家執事 ファウス・ユーベント


--


 ファウスは手紙を書き終え、窓辺のカーテンを少し開いて夜空を見た。

 丸く黄色い月が、空には浮かんでいる。

 その月を── 一筋の雲が通り過ぎていった。


【終】

2025/6/27(金)

コミックシーモア、ピッコマにて先行配信開始

※コミックシーモアは限定特典SSがつきます

2025/7/11(金)

上記以外の電子書籍サイトにて配信開始


どうぞよろしくお願いいたします

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長靴をはいた侍女 書影
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