第六話 転
浅原は本当に犯人なのだろうか?
一限目。思考また妄想。いずれにせよノートを書く、つまり手を動かさなければ寝てしまう時間帯。俺は日課の妄想を辞め、改めて今回の事件の犯人が誰かを整理していた。
犯人は浅原ではない。
そう、私情のせいか余りにも現実が見えていなかった。今回の存在抹消を使うためには『アビリティマスター』である必要がある。しかし、これは例えるなら学年一位の成績を納めるくらいに難しい。つまり普通は無理だ。別に、浅原を過小評価しているわけではない。ただ、可能性としては低すぎるというだけだ。
といっても、これに関しては調べようと思えば調べられるわけであって……。しかし能ある鷹は爪を隠すというし、浅原も実はアビリティマスターレベルの能力者の可能性もある。だが、何度も言うように可能性はかなり低い。とりあえず、この浅原犯人説は今は取り敢えず除外すべきだろう。
哲の友人が犯人説。
これは南里の説を聞いて、考えた説だ。といっても理由が分からないのだが……。しかし、可能性としては浅原説とどっこいだろ。どちらにせよ、『ステルス』もしくは『存在否定』を持っていて、アビリティマスターでなければならないのだが。
兎に角、もう一回名簿を見て、その能力を持っている人物を探さなくては。……でも、俺はこの前借りたばっかだし、流石に何か聞かれるかもしれないから広野にでも頼むかな。
その後も、暫く思考は続くが俺は何時の間に眠ってしまっていた。
ーー「借りてきたぞ」
職員室前にて、俺は広野から名簿を受け取る。さっきの授業で寝ていたせいか、少し頭がぼーっとしていた……いかんいかん、シャキッとせねば。えっと、取り敢えず二年から……。
俺はずらっと並んだ名前と能力をサッと見てゆく。しかし、こうして見るとほんといろんな能力が有るもんだ……。
そして俺はあっさりと、目当ての能力を見つけた。しかし、何故か驚きはしなかった。
二年B組、古城悠努、能力『存在否定』
「存在否定て、じゃあこいつが?」
広野もしっかり見ていたようだ。
「分からない。でも、会ってみる価値はあるかな」
取り敢えず会って話を聞いてみよう。正直に話してはくれないだろうが。それなら、俺の能力を使って脅せばいい。
俺は残りも一応確認する。が、いなかった。俺は名簿を広野に渡す。
今日の放課後にでも古城に会ってみよう。読書部に知られないように……。
ーーそして、放課後。
俺は広野と共に、古城の居るB組へと足を運んだ。帰ってなきゃいいんだが……。
B組に着くなり、広野は躊躇無く教室へと入って行く。そして、近くの女子になんの躊躇いも無く喋りかける。
「なあ、古城呼んでくれね」
広野が「俺も行く」と言ってくれて助かった。俺だったら、教室の外をぐるぐるしていただろう。とてもじゃないが、あんな風に知らない人には話しかけれない。
広野が訊いた女子に呼ばれ、一人の男子が此方に来た。見た目は、いかにもな文系だ。
「おお悪いな、ちょっと聞きたい事があってさ、今いいか?」
……いいですよ、と明らかに不振がりながら、いやビビりながらだろうか、広野に連れられ此方に来る。
「悪いな、少し『形並哲』の事について聞きたいんだ」
俺は単刀直入に言った。ここで何か反応すればほぼ確定だろ。
そして俺の予想通り、古城は驚いた表情を見せる。目線が定まっていない。こいつが犯人なのか?
「まあ、ここじゃなんだし食堂でもいかね」
広野が提案する。確かに立ち話をするには、いろいろと聞きたい事がありすぎる。
「そうだな」
俺は古城に、鞄を取りに行くよう促した。
「こいつが犯人かねえ……なんか想像してたのと違うけど」
「二年でアビリティマスターてのが引っかかるけど、今回の事件に関わってるのは確かだろ」
うーん、と広野は唸る。確かに浅原より犯人ぽさがない。犯人ぽさ、てなんだと言われれば、答えに苦しむが……。
古城が鞄を持って戻ってきたので、俺たちは食堂へと向かった。
ーー食堂。
そういえば、読書部のみんなはどうしているだろうか。一回風邪で休んでるし大丈夫だろうが、変に気を使って俺を捜してなきゃいいが……。
「じゃあ、俺はこの辺でドロンさせてもらうから」
唐突に、携帯を弄っていた広野が言う。おそらく女だろう……。まあ、広野はもう居てもいなくてもどっちでもいいか。
「じゃあ……そうだな、取り敢えず改めて確認だけしとくか」
広野を見送り、俺は話し始める。
「単刀直入に聞くけど、哲を消したのはお前か?」
古城は小さく、そしてあっさりと……頷いた。
「そうか、俺は……色々あって読書部と一緒に哲を戻す方法を探してるんだ」
「読書部、では無いんですか」
初めて古城が口を開く。
「数週間前までは、読書部自体知らなかったな」
そうなんですか、と古城は言った。何故だか、少し安心してるようにも見える。
「ああ、でも読書部に協力してるて言っても、俺は別に古城のやった事をバラしたりはしないからな」
「えっ……」
古城は驚く。確かに、読書部に突き出すか、教師に突き出すかされるはずだと古城も思ってただろう。
「協力して欲しいんだよ、俺に」
「協力?」
「ああ、でもその前にどうして、哲を消したんだ?」
「俺が消したんじゃないです」
うん? どういう意味だ?
「いや消したのは俺ですけど、それは哲に頼まれたから……」
頼まれた? いや、まさか……。
「どうして、そんな事を哲はお前に頼んだんだ?」
理由が分からない。自殺とかと同じ理由か?
「あいつ……同じ部員の好きな女子の心の中で生き続けるとか言い出して……」
心の中? 取り敢えず、好きな女子てのは葉桜だろう。でも、存在を消す事と心の中で生き続ける事にどういう関係が……。
「えっと……どういう意味だ、それ」
「存在を消す事で、その好きな女子にずっと心配される、不可解な事件で消えれば余計に記憶に残る、それが心の中で生き続ける、ことって……俺もよく分からないんですけど」
俺も同じだよ。どういうことだ? これってつまり、哲の自己満足か?
「敵わない恋だから、せめて心の中に、記憶の中に刻みつけよう、て話か……」
「多分、そんな感じですかね……」
友人ですら分かってないのか……。まあ、あいつがどういう理由で消えようとそれはあまり関係ないか。いや、待てよ。葉桜と浅原の恋に勝てないと思って、哲は存在を消したのか。これは利用できるかもしれないな……。
「で、俺は何を……」
「ああ、取り敢えず今すぐに何か、はしなくていい。ただ、俺と会ったことは誰にも話すな」
「分かりました……」
あと、と俺は連絡先交換のため携帯を取り出す。
「今日が金曜か……じゃあ、月曜にまた会えるか?」
「多分、大丈夫です」
俺は古城とアドレスを交換し、携帯をポケットにしまった。
この土日で計画を立てる。完璧な計画を。
「一応聞くけど、戻せるよな? 存在を」
「それは、多分大丈夫です」
存在を戻せないんじゃ、どうにもならない。
そして、立ち上がる古城に俺はこう言った。
「俺は、哲の恋愛を成就させたいと思ってる。ただ、存在を戻すだけじゃなくてな」
当然ながら嘘なのだが。一応、古城は哲を心配してそうだし、俺が哲のために動いてると分かれば、協力は惜しまないだろう。しかし、ここまでは上手くいきすぎだからな。ここで、調子にのったらお終いだ。最後だからこそ、完璧を目指さなければ……。