第五話 想い
木曜日。放課後。
結局、俺は昨日一日学校を休んだ。別にズル休みとかじゃくて、帰ったあと普通に熱が出たのだ。これが、恋に敗れるということなのかな……。まあ、一日考える時間が出来たという意味では熱が出てぶっ倒れたのも良かったのかなと思ったり。ーーで、例によって図書室前なんだが。休んでる間、俺が俺なりに出した結論はこうだ。
『まだ諦めない』
何か有るはずだ。もし、これが浅原による犯行なら、いやそうじゃなくても浅原を犯人として証明できる方法があるはず。
そうすれば、浅原を悪人に出来れば、クラス内で孤立している葉桜はますます孤立する。そこで俺だ。桜倉川と南里は、もう遅かれ早かれくっつくだろう。じゃあ残っているのは?
俺だろ。
そのためには入念に事件を把握し、計画を立てなければ……。とりあえずは、浅原の能力についてだな。
そういえば葉桜と会って、はや一週間か。早いような、そうでないような……。
俺は勢いよく……気持ちだけ勢いよく、静かにドアを開けた。図書室では、例によって既に四人がそれぞれ調べ物をしていた。桜倉川と南里は……別に近くで作業してるわけじゃないか。そういや葉桜と浅原は知ってるんだよな二人の仲。あれか、気を使わせないためか?
まあ、とにかくどう聞こうか。思い切ってみんなの前で聞こうかな……。
俺は三人の挨拶を適当に返し。みんなを呼んだ。
「えっと、ちょっと聞きたい事があって……」
毎度毎度この三人の視線は慣れないな。圧倒される……なんか圧倒される。しかし、そうも言ってられない。訊かなくては……。
俺は意を決し、口を開けた。
「浅原の能力についてなんだけど」
一気に、そしてこの上無く直接言ってやった。もともと静かだった図書室が、更に静かになったように感じた。空気の、いや時の流れが止まったような……。
しかし、それも一瞬だった。
「ステルスだろ。知ってるよ」
南里だった。葉桜が口火を切ると思ったのだが……。
南里は「でも」と続ける。
「公治はそんな事しねえよ」
力強く、そして真っ直ぐに俺に言った。 いや、『ぶつけた』といった方が良いだろうか。
「この前の話でその話題を出さなかったのは、そんな事を公治はしないって、瑠奈も奏も分かってたからだよ」
こんな答えが来ることは予想がついていた。なのに、ここまで納得させるほどとは。
「そうだよな、悪い」
俺は、予め用意していた台詞を言う。
「やっぱ浅原はそんな事しねえよな、でも一応みんなはどう思ってるのかって……聞いておこうと思ってさ」
「志比君は悪くないよ、私たちが話しておくべきだった、公治君の能力の事を……」
桜倉川がフォローする。いやだからさ、そういう優しい言葉掛けられると泣きそうに……。
「いや、あの時俺が言うべきだった」
浅原もフォローする。
そしてこの後暫く、俺が悪い、いや俺が……合戦が行われるがここでは割り合いする。
で、適当な所で俺は自ら切り出した話を打ち切った。
と、ここで桜倉川が俺に近づいて来る。なんだ?
「えっとね、ほら今後の事も考えてね、私もパソコンを使えた方がいいんじゃないかなって」
彼女は恥ずかしそうに、若干顔を背けながら俺に言った。
……くぅー、可愛い。これが萌えってやつかあ……あざとい、さすが桜倉川、あざとすぎるぜ。しかし、確かにこれはワザとやってると思われてもしゃあないな。
ーーという事でパソコン室。
俺は、ささっと桜倉川にパソコンの使い方を教えていた。
うーん、呑み込みは早いなこれなら直ぐに使いこなせるだろう。さてと、俺は俺で思考しますか。
どうやって、浅原がやったと立証するか。ここは拷問的なものをかけてみるとか……後がキツイか。俺の『想像実現』なら相手に俺作成の幻覚を見せる事もできるが。流石にこれはやめとこう。じゃあどうすれば……。
「志比君?」
ハッと俺は我に返る。
「志比君よくボーッとしてるよね」
「えっ、ああ、考えごとしてて……」
流石に変に思われるか。
「で、何? 分からないことでも?」
「ううん、パソコンのことじゃなくてね、公治君についてね」
さっきの、まだ続いていたのか。
「ああ、浅原は別にそんな事…」
「そうじゃなくて」
桜倉川が遮る。
「公治君。中学の時から、目つき悪くて、そのせいで友達いなくて……」
いきなりなんの話だ?
「でもね、公治君はただ人見知りなだけで、別に悪気があってそんな目つきが悪いわけじゃなくて……」
俺が浅原を疑った理由が、印象が悪いから、とでも思ってるのかな。まあ、少しはそれもあるが。
「えっと、だからね公治君の事せめて嫌いにならないで欲しいなって」
それは無理、と声に出して言えるわけもなく。
「ああ、あいつはいい奴だよ、知ってる」
桜倉川は安心したのかニコッと笑う。広野のタイプ、てのも分かる気がした。
そして、その笑顔を見て俺はある事に気づく。もし浅原を犯人に仕立て上げる事に成功したら、南里と桜倉川はどうなる? 少なくとも、読書部はもう活動出来ないだろう。もし哲の存在が戻ったとしても、浅原抜きではとても活動を続けられるとは思えない。
俺は自分の想いを優先し、二人の幸せを奪うのか……。いや哲を含めれば三人か、と偽善者らしく思ってみたが、そもそもこいつ等と会ってからまだ一週間程度しか経ってない。そりゃ、確かにみんないい奴だ。でも、俺の優先順位は葉桜がトップなんだよ。
それに俺は、元々こういうグループを忌み嫌っていた。ずっと一人で、グループと呼べるものには属してなかった。それが、そんな仲良しグループが、俺の手で壊れるんだ。あぁ、これは快感だろうな……。
……少し喉が渇いたな。
「桜倉川、ちょっとジュース買ってくるけど、何か買ってきて欲しいのとかある?」
「ううん、いいよ。ありがと」
俺は財布を鞄から取り出し、パソコン室を後にした。
ーー自販機前にて。俺は財布を取り出す……っと、落としちゃった。開けてなかったから良かったものの……。
俺は財布を拾い、適当に暖かい飲み物を買った。
ふと、グラウンドの方に目をやると運動部が頑張っていた。こんな寒いのによくやれるな……。まあ、俺は運動自体ダメだがな、すぐバテる。まあ、それ以前の問題だが。
俺は、缶ジュースをブレザーのポケットに入れパソコン室に戻った。
パソコン室に戻ると、さっきよりも人が少し減っている感じがした。
俺は、鞄の置いてある席に座る。
「もう、そろそろ帰らなきゃね」
唐突に桜倉川が言った。
そうか、もうそんな時間か……といってもまだ図書室に集まってから、一時間程度しか経ってないが……。まあ、この時期外は直ぐ暗くなるし、それに寒いしな。
俺と桜倉川は、鞄を持って図書室に向かった。
ーー外、自転車置き場にて。暗い自転車置き場、ポツンと光る照明、一人……。少しテンションが上がりつつ、俺は鍵を開け、葉桜が待つ場所へ自転車を押して行った。
葉桜は、今はただの知人。でも近いうちに、お互いにとって大切な人同士の関係になるだろう。……おっと、少しにやけてたかな。周りに誰もいないし、別にいいか。
夜空の下、白い息を吐いて待つ葉桜。今日こそは何か話そう。特に何か話題があるわけでは無いが、それでも何か、くだらない話でもいいから……。
俺と葉桜が一緒に帰るのも、これで五回目か……。
「正直、また行き詰まったよね」
「へっ?」
唐突に葉桜に話しかけた。行き詰まった?
「ほら、方法は分かったけど、肝心の哲の存在を戻す方法が分からない」
戻す方法か……そういえば犯人の事ばかり考えてて、当初の目的を忘れてたな……。でも、それなら方法は分かってる。
「戻す方法なら簡単だよ、存在を消せる能力『存在否定』や『透化』を極めた能力者に頼めばいい」
「えっ……」
葉桜が立ち止まる。結構単純な話なんだがな……。いや実例は無いんだが、でも……。
「そんな単純なものなの?」
「教科書通りなら……。存在を消すなんて力はメジャーじゃないけど、そういう事が出来る能力は普通にあるし、確か『存在否定』も『透化』もBランクだったろ」
ランクというのは、いうならレア度のこで、その能力を使える人間がどの位いるかを表すものだ。ちなみにAからCまであって(ちなみにそれぞれさらにプラスと無印がある)、Aの方がレアだ。ちなみにSなんてのもあるらしい……。まあ、つまりは『存在否定』も『透化』もそこまでレアではないということだ。
「へえ、そう言われればそんな気がするか……」
「だろ? だから、犯人さえ分かれば哲の存在も戻せるよ」
誰がやった、よりも哲の事を心配する。いい先輩だな葉桜は。
「じゃあ仮に犯人が捕まらなくても、存在が戻せるかもしれないってことか……」
それはどうだろ、と言いそうになるが、俺は口を閉じる。それに対して確かな事は何も言えないが。しかし、知らない存在の消えた人を戻せるのだろうか……。
「ああ、そうだね」
それでも俺はそう答えた。
「じゃあ、先にその能力を使える人を探した方がいいかもね。犯人は哲から聞けばいいし」
哲が浅原が犯人だと喋るかな……。まだ決まってはないけど。
「でも、それも中々難しそうだな。そっちの方が早い気もするけど」
「うん、こっちの方が絶対早いって」
そうだな、と俺は相槌を打つ。しかし、それで哲の口から浅原が犯人だという言葉が出て来ず、違う人の名前が出て来たら?
でも、葉桜にとっては哲の存在を戻す事を最優先にしている。なら、俺はどちらを優先すべきなのだろう。
決まってる、そうなる前に浅原が犯人だという証拠を見つけ出せばいい。そしたら、この方法で哲を戻せる。そして読書部部員の一員である哲の口から、自分自身の存在を消した奴を正直に話させればいい。
「最悪クリスマスまでには、哲の存在を戻したいな……」
空を見上げ葉桜は言った。
そうか、こいつらクリスマスパーティをやるのか。意中の人と過ごす、クリスマスか……。
ーー結局その後、別れるまで言葉は交わさなかった。でも葉桜の哲に対する考えが聞けたし、まあ良しとしよう。
日付は十一月下旬。クリスマスまで一ヶ月を切っていた。