第四話 疑惑
土日を挟み月曜。
昼休み。俺は職員室に行く途中、目をこすりながらある事について考えていた。
『犯人が読書部の四人のうちの誰かなら?』
まあ、九割方あり得ない話ではあるのだが、例え小さな可能性でも潰しておきたかったかったのだ。
で、調べる方法はその『能力』を持っているかどうか。確かに、アビリティマスターで無くては存在は消せないし、アビリティマスターなんてなろうと思ってなれるもんじゃない。だが努力すれば必ずなれる。アビリティマスターに才能はいらない。
現在アビリティマスターに『存在否定』もしくは『透化』のアビリティマスターはいない。この土日に調べたんだ間違いない。しかし、アビリティマスターというのは学期末にある専用の試験を受ける必要がある。つまり、試験を受けなければ公式にはアビリティマスターでは無い。まあ、そうする意味はないが……。
おっと、歩きながら思考はいかんな。人にぶつかる。
ーー職員室。誰か知っている先生がいればいいが……いや知らない方がいいか。お、知ってる先生みっけ。ーー誰がどの能力を持ってるかが書かれた名簿というのは、図書室で本を借りるように簡単に借りれる。
俺はその名簿を借り廊下に出た。
さて、読書部の四人の能力は……て、いきなりか。浅原公治『透化(stealth)』。……さて少し落ち着こう。
俺は本を閉じ、一つ軽く深呼吸をする。そうして再び名簿を開いた。やはり、そこには『透化』と書かれている。
確かに俺は『存在否定』を強調して説明していたよ。でも『透化』でも同じことが出来るんだよ。金曜にちゃんと調べなかったけども。そりゃ当然、ネットの情報を馬鹿みたいに鵜呑みにすんのもあれだけどね……。
俺は他の三人の能力にも目を通す……だが該当者はいなかった。
でもだとすると、何故昨日は隠してたんだ? あれか? 浅原がそんな事するわけないとかか? それが、あの三人……いや四人の共通認識。
俺は、名簿を返しに再び職員室へと入った。
じゃあ、動機はなんだろう。この四人についてもっと調べるべきか……。
俺は、名簿を先生に返し職員室を後にする。
もしかして金曜、南里が言っていたのはこの事か? 読書部以外の人間が関わり『何かが動き出す』。いや、まだ確定してはいけない。兎に角、四人について調べないと。
でもどうやって?
思考しながら教室に戻ると、俺の席に知らない誰かが座っていた。また広野か……さて、トイレにでも行こうかな。
ーー五限目の授業が終わり、俺は前の席に座る広野に話しかける。
「なあ、読書部について知ってることて何がある?」
ん? と広野は此方を向いた。
「読書部? ああ、変な集団て事くらいかな」
「…………」
こいつに聞いたのが間違いだったか。
「何々、なんでそんな事知りたいの?」
「いやさ、消えた後輩についてね、読書部自体が怪しいなって……」
いや、こいつに後輩云々言ってもしゃあないか。
「あれって、マジなの?」
あれ? 食いついてきた。
「ああ、実はな……」
俺は今回の事件について、持論も含めて広野に簡潔に話した。
「へぇ、面白そうじゃん」
「そうか?」
「そうか……なら、俺が調べてやろうか」
えっ? と俺は聞きなおす。
「読書部についてだよ。俺なら、この上下左右に広がるコネクションを駆使して調べられるぜ」
確かに、こいつの知り合いの多さは本物だ。しかし、こいつが興味を示すとは……。まあ、これは頼まない理由が無いな。
「じゃあ、頼んだ。ああ、あと読書部に気づかれないようにな」
「おお、でも全部わかったらまた俺に話せよ、あとなんか奢れよ」
俺のサイフが凍るな……まあいいか。兎に角、広野に任せれば大丈夫だろ。しかし、もしこれで動機になり得る『もの』が出てきたら面白くなりそうだな。さて、俺は俺で今日もいつも通り図書室へ……て、もう一限あったか。はあ、何かこれで終わりと思ってたからドッと疲れが流れてきた……。
火曜日、朝。
俺は、眠たい目をこすりつつ教室に入った。
結局、昨日は何一つ進展しなかったな。木曜、金曜のあの濃さとは一体何だったのか、というくらいに。
「おいっす、未来」
「おいっす、あと志比な」
例によってこの掛け合い。何時もなら、この後どうでもいい会話が展開されるのだが……今日は違った。
「でさ、読書部について調べてきたけど、聞きたい?」
一瞬我が耳を疑った。頼んだのは昨日の五限目だぞ。早いだろ! 別にいいけど。
「おお、でどうだったんだ」
「ああ、先ずは……えっと、ほらあの黒髪が魅力的な……」
葉桜と答えたいが、ここでは桜倉川だろう。
俺はそう答える。
「そうそう桜川。その子が中心になって、部活作ったんだってさ」
うーん、そういうのはどうでもいいが……一応聞いておこう。
「でその桜川だけど、クラスじゃ男子からはそこそこ人気があってな、女子からは受けが悪いらしい。天然かどうか知らんが、ドジっ子な所がな。あとなんか媚びてるんだってさ」
「女子怖え……」
「いや『一部の女子』からか」
どっちにしろ怖え。
「で次は、南里? だったか」
「そいつは憶えてたんだな」
「ああ、こいつ去年まで運動部だったからな」
へえ、まあ見た目通り過ぎて驚きは無いけども。そして広野も運動部だったか、そういえば。
「こいつは普通だな、特になんもない」
「だろうな」
この上無く純粋なんだろう、そういうオーラがある。オーラという例えもなんだが……。
「ああそうだ、この二人は付き合って……」
「はあ!?」
「いやまだ両想い、てだけらしいけどな。周りは分かってるらしいが、本人らは付き合ってるとかは無いらしい」
なんとまあ……。リアクションに困るというか、驚きしかないというか、うん……。
「で、次は葉桜とあさ……なんとか」
「浅原か、てかそいつらも名前憶えてんのな」
「なんでかな」
「知らんがな」
両想いのインパクトが強すぎるな、少し落ち着こう。
「でその二人だけど、似たもの同士て感じかな」
「……」
「クラスでは、お互いに読書部以外に友達無し。浅原の方は顔はいいが目つきが悪い。葉桜の方はそもそも読書部以外と話さない」
いやな予感がする。
「浅原は分からんが、葉桜は浅原の事が好きらしいな」
一瞬、目の前が真っ白になった気がした。そうか、これがゲームオーバーか。
「そうそう、読書部の四人は中学生からの仲らしいな」
ゲームオーバーか。俺は……何を。
「なあなあ、俺もさあ色々推理? してみたんだけどさ」
おーい……。
……とう!
「痛っ」
頭を叩かれた、しかもグーで。てか叩くじゃなくて殴るだ。
「大丈夫か、ボーッとして」
「ああ、悪い」
せっかく調べてきてくれたんだ、最後まで聞かないと……。
「で俺なりに考えて見たわけよ、ほら浅原が犯人くさいんだろ」
「ああ、そうだな……」
「つまり、仮に浅原が葉桜の事が好きだとする。しかし、後輩君も葉桜が好きだと知る。でも、2人とも葉桜が誰が好きか知らない」
ここまでいいか、広野と俺に問う。せっかくなので、仮定だらけだが最後まで聞こう。てか好き云々とか……。
「そこでだ、浅原は勘違いを起こす。四人とも後輩君とは仲が良かったんだろ?」
「ああ、じゃなきゃここまで必死にならないよ」
「確かにな。だとすると、葉桜は哲の事をいつも気にかける、これはもしかして!?」
身振り手振りを使って説明する広野。微笑ましいかぎりだ。しかし、ちゃんとツッコミはいれておこう。
「葉桜が哲の事を気にかけるよりも、『桜倉川』が気にかけるの方がしっくりくるな」
「目に見える形ではな、でも気づかない所で気にかけるタイプ、それが葉桜だ」
うーむ、変に説得力が……。あり得なくも……ないか。
「あとは、恋敵の後輩君を能力で消す……どうよ!」
「どうって……」
あり得なくは無い、が浅原が存在抹消を使えるとは決まってないし。それに浅原の性格がおかしいし、そもそも仮定が多すぎる。
「がっこ来るまでに考えてきたんだぜ」
「ああ、一応参考にするよ」
元気のない、今にも寝てきそうな、今にも永眠しそうな声で俺は返した。
葉桜……。
放課後、俺はいつものように、しかしいつもとは違う感覚で、図書室に来ていた。
「おーい」
葉桜の声で我に返る。
「大丈夫?」
ああ、と俺は生返事をする。周りは風邪か、などと思っているらしい。
今日は早めに帰ったら、という声が聞こえる。お言葉に甘えてそうしよう。そして寝よう……ずっと。