第二話 存在消滅
「以上が今回の事件について、そして未来さんに頼みたい事です!」
「えっと、名前じゃなくて名字で呼んでくれるとありがたい、かな」
場所は学校の図書室。
俺はそこで、今回呼ばれた理由、加えてそれに関係する事件について、第一印象「ザ・文学少女」の桜倉川璃奈から、希望に満ち溢れた目で説明を受けた。図書室に来るまでに、簡単にだが説明は受けていたので彼女の話は割りとすんなり理解ができた。
まあ簡単に説明すると、今図書室に居る俺を除いた四人――男女それぞれ二人、は読書部の部員らしい。いや、正確には同好会か。
で、この四人の部員だがあと一人、二年の後輩である「形並哲」が居る……いや居たらしい。
『居たらしい』というのは、桜倉川達は自分達は哲と共に活動していたという記憶があるが、読書部以外はその後輩の存在を知らない。それどころか、学校の名簿にも載っていないのだという。普通ならこの四人が何か幻覚でも見ていたのではと思えるのだが。読書部だけに本の世界と現実がごっちゃになったとか……。まあ、現実的ではないが。
兎に角、存在が消えてしまった形並哲を俺の能力『想像実現』で元に戻せないだろうか……というのが彼等彼女等読書部の頼みごとだった。
話を聞き終え、暫く俺は考え込む。
存在が消えた云々の話は、『能力』を使えば可能だろう。ただ、これを俺の能力を使って存在が戻せるとは思えない。『想像実現』は文字通り想像を具現化する能力であって、俺の想像以外を具現化することはできない、恐らくは。
俺は、返答を希望ある目をして待つ桜倉川と葉桜をチラッと見る。正直に言うべきか……。
「誰がどんな能力を持ってるかの名簿見てたら見つけてさ、これはって」
葉桜が言った。そういえばそういうのが職員室に……有ったかな?
「で、どうなんだ」
彼女等から少し離れて椅子に座っていた男子「浅原公治」が俺を睨みつけて言った。
浅原は、髪がぐにゃぐにゃで目に当たるぐらいに伸びている前髪が特徴の男子だ。第一印象は根暗……だが、そうでもないようだ。
「正直、やってみないとわからない……かな」
浅原に少しビビりながら。俺は言葉を濁した。てかそんなに睨むなよ。俺、何か悪いことしたか?
「そっか……」
葉桜がボソッと呟いた。
静かな図書室だ、その落胆の声がよくわかる。
「まあ、何にせよ『無理』ではないんだな」
もう一人の部員「南里文登」が反応する。とてもこの面子には似合わない、アウトドア系の南里。見た目も喋り方も、所謂リア充の雰囲気を醸し出していた。全く、同じ男子でこうも違うか。
「じゃ、じゃあ早速やってみよ!」
桜倉川が、やや興奮気味に座っていた椅子から立ち上がる。
これは相当期待されてるな……。俺は気づかれないよう、小さくため息をついた。
「で、どうするんだ? 何か準備とかは要らないのか?」
腕を組んで椅子に座っている浅原が問いかける。
そうだな……。と答えかけて俺は口を閉じる。無理とは言わなかったが、しかし何か方法があるかというと何もないんだよな。
う〜ん、とにかく形並哲について知っておく必要があるか。能力で実現するためには明確なイメージが必要だしな。ただこの方法だと、形並哲『自身』ではなく、飽くまで俺が頭の中で想像した『イメージ』でしかないんだよな。
「取り敢えず、哲について……性格とか容姿とかの情報が必要かな」
「容姿……口頭じゃダメかな」
桜倉川が答える。
ん? 写真とか無いのかな?
「口頭か……写真は無いの?」
口頭で、人の顔がイメージできる気がしなかった。
「写真はあったけど、全部消えちゃって……」
桜倉川が俯き気味に答えた。
考えてみれば確かに存在が消えたのなら、写真などから哲だけ消えても不思議じゃないか。どういう仕組みでそうなるのかはわからんが。
「じゃあ、誰か絵が上手い人にでも描いてもらうとか?」
南里が提案する。
「絵か、でも絵が上手い人なんて……」
葉桜が周りを見回す。どうやら今いる面子に絵が上手い人はいないようだ。文化部なら絵が上手いイメージがあったのだが……。
「あっ! そういえば、私の友達に美術部がいるよ!」
桜倉川がハッと思いついたように言った。
「よしっ、じゃあ早速、美術室に行くか」
南里が立ち上がる。そしてつられるように浅原も立ち上がり、俺を含めた五人は美術部へと向かった。
美術室前にて。扉を二回叩き、俺たちは美術室に入った。今思えばこんな大勢で押しかけなくても……少なくとも俺は図書室で待ていてもよかったかもしれない。
美術室に入った瞬間、キャンパスに絵をに書いていた部員らがチラッとこちらを確認するも、すぐにキャンパスの方へと視線を戻した。桜倉川は辺りを少し見渡し「入間ちゃん!」と、奥の方に座っている女子のほうへと向かう。
「さくら、どうしたの? お客さん引き連れて」
「じつはね、頼みたいことがあって……」
桜倉川は簡単に説明を始める。
そういえばさっき図書館で聞いた説明の中に、部員四人以外の人の記憶からも存在が消えているとあった。
それはつまり部員以外の人にも、存在が消えた哲のことを聞いたということだ。存在しない人の事を聞いて回る四人。数人に聞くだけなら、不思議がられるだけで終わるだろう。しかし、もっと多くの人に聞いていたら? 噂は広まり変な人達扱いだろう。なら、この美術部員は?
「わかったいいよ。今描いてる絵が手詰まってるからね、ちょうどいい息抜きになりそうだし」
それになんか面白そうだし、と付け加え美術部員、入間さんは即答した。
この人はあまりものを深く考えないタイプなのか、それとも気を使ってるのか……まあ、なんとなく前者な気がするが。
「じゃあ、そのアキラ君の容姿について教えて」
ーー数十分後。前もって美術室から廊下に出ていた俺に、美術室から出てきた桜倉川が話しかける。
「寒くなかった?」
それに「大丈夫」と答えはしたが、正直ブルブルだった。しかし人が多いところが苦手だからな、仕方ない。でも、図書室に戻ってりゃ良かったな。
俺は鼻水をすすり、図書室に戻る四人の後についていった。
暖房の掛かっている図書室に着き、俺は少し体を震わせた。
「で、これが哲の顔なんだが……」
絵を机に置いた南里が言う。
さすが美術部が描いた絵だ。上手い。そして俺のイメージしていた哲と違った。もっと頭が良さそうな感じをイメージしていたのだが……顔の雰囲気は南里と同じ感じだった。短髪でスポーツやってますよ、みたいな顔だ。
「まあ、こんな感じだよな」
南里の言葉に、他の三人も頷く。
「次は、性格とか?」
葉桜が此方をみて言う。
俺は、恥ずかしさから少し葉桜から目線をずらし「そうだな」と答えた。
「性格ねえ……生意気?」
南里が答える。確かに、生意気そうな顔はしているな。
「あと、誰に対しても壁とか作らず話しかけるとか」
嬉しそうに葉桜も続く。まあ、確かにそんな気はする。
「いい意味で子どもっぽいよね、声も高いし」
やはり嬉しそうに桜倉川も続く。
「…………」
俺は、流れで浅原の方を向いた。しかし浅原は腕を組んだまま黙りだったが皆の視線に気付くと「それだけあったら十分だろ」と俯き加減に言った。
うーん、こいつはやる気が感じられないというか、というか眠そうだ。浅原は哲の事などどうでもよいのか、それとももう諦めているのか……。
「どう? これくらいでいい??」
急かすような葉桜の問いに、俺は視線を浅原から戻す。
「ああ、まあこんなもんじゃないかな」
出来なかったら、その都度情報を足せばいい。まあ、いくら哲自身の事を知っても存在は戻せないだろうけどな。哲のそっくりさんを具現化することなら出来るが。取り敢えず、それで懐かしがってもらおう……懐かしがってもらって……それで俺の役割は終わりか? もう葉桜と一緒にいられないのか?
俺は少し迷った。ここで能力を使い哲を具現化し、それでお役御免。それならもう少しだけ、葉桜と……いやみんなと一緒に……。みんなと……。こんな感じは久しぶりなんだ、多分好きになった人と一緒に、そして優しいみんなと一緒に居れたことが、何かを共有した事が……。
「なあ、存在を戻せなかったら……、いや……取り敢えずあまり期待はするなよ」
俺は俯き加減に小さな声で言った。今更、予防線を張るように。
「いやいや別にいいよ。そん時はそん時で、また別の方法を考えればいいし」
南里が即座に答える。他の女子二人もうんうんと頷いた。
くそ〜、そんな優しい言葉掛けやがって……泣きそうになるぞ。
「そうか」とボソッと呟き、俺は目を閉じた。
「じゃあ、始めるぞ」
俺は意識を集中させる。能力自体は騒がしい場所でも発動できるよう、トレーニングしたから大丈夫だろ。ここは静かだし、暖房の音くらいか気になるのは。
俺は哲の絵を思い起こす。暫く見てたからある程度ははっきりと想像できた。そして次は性格……こんな服装、いや制服でいいのか。で雰囲気は……。
「(どうだ!?)」
俺は目を開ける。目の前には椅子に座っている南里、机に手を置いて俺の前に立っている葉桜、桜倉川、そして少し離れた所窓際に立っている浅原、そして俺の横には哲……と思われる俺が能力で作り出した人物が立っていた。
「哲……?」
声を震わし、葉桜が哲に向かって言う。
「成功……か?」
南里が立ち上がり誰にいうでもなく言った。
哲君!! 桜倉川が哲に抱きつく。泣いているようだ。
「それは……」
俺は言葉を飲み込む。何か喋らそうとも思ったが、とてもじゃないが出来ない。今のみんなを見て、そんな事を言える奴がこの世にいるのだろうか。
「志比、こいつはお前が作った……いや具現化したのか?」
この状況で、一人表情を崩さなかった浅原がこちらに来て言った。
そうか、お前がいたか。
「ああ……、この哲は本物じゃない」
浅原以外の三人が一斉に俺の方を向く。やはり桜倉川は泣いていた。葉桜も……少なくとも俺にはそう見えた。
「そうか、もしかしたらと思ったが、やはり無理か……」
浅原が俯き加減に言った。
「どういう事だよ!?」
南里が聞く。
「みんな、俺の能力の事は知ってるよな」
俺の問いに三人は頷く。
「こいつはその能力で作りだした……偽物なんだ」
「えっ?」
桜倉川が崩れ落ちる。
「そっか……すげえんだな、想像具現てのは」
南里は、改めて哲を見ながら言った。
「じゃあ……失敗したってこと?」
「…………」
葉桜の問いに対し、俺は彼女から目を背け口を閉じた。なんと言ったものか、返答を間違えれば……嫌われる。
「失敗……というより、もともと数ある可能性のうちの一つを潰すために、それが出来る想像具現の能力者だった志比に頼んだんだ、だから『出来る』しゃなくて『出来ない』前提で見るべきだったんだよ」
もともと今回は思い付きで頼んだんだんだしな、と付け加え浅原がフォローした。いや、してくれた。
そうかこいつ等も自身は無かったんだ。ただ他に方法が思いつかなかったか、やり尽くしたかで、何かしなきゃて焦ってたのかもしれない。
「そうだよ。私たち何も『想像実現』ていう能力について知らなかったし、調べようともしなかった」
ごめん、と葉桜は俺に向かって謝った。
違う、葉桜は悪くないみんなも悪くない。悪いのは俺だ。最初にもっとちゃんと説明しておくべきだった、できる事とできない事を。
「まあ、なんにせよ久々に懐かしい感じだったし、そこは有難うだな」
南里が礼を言う。
「そうだね、勢い余って泣いちゃったけど、それくらい似てたからだもんね」
桜倉川が涙を拭った。
「そういや、もうこんな時間か……」
浅原が時計を見て唐突に言う。時刻は六時を過ぎている。何時の間にやら外は真っ暗だった。
「じゃあ、今日は帰ろっか」
桜倉川が笑顔で言う。
そうだな、と各々鞄を取りにいった。俺は無表情で立っている哲を消した。終わる、楽しかった時間も二度と……いや、まだだ、まだ終わらせない。
「なあ!!」
少し声を大きくし俺は四人に言った。
「俺にも協力させてくれないか! 哲の存在を戻すのを!」
――少しの沈黙の後、桜倉川が口を開けた。
「志比君がいいのなら、むしろ私たちの方から頼みたいよ」
「俺らに協力してくれるのはいいけど、周りから変な目で見られるぜ」
少し笑いながら南里も返す。
「別にいいよ……、てかいいのかよ身内の問題に、関係ない俺が首突っ込んでも」
俺は素直にありがとうと言えないのか。俺は自分に苛立った。
「身内か……あまりそういうの気にしないんだけどな、それに多いに越した事はないし」
葉桜が答える。
「そっか……」
そうだよな。何だろう、急に恥ずかしくなってきた。ちょっと声でかかったかな。あああ……、これが穴があったら入りたい状況かあ。
「協力してくれるんだよな、じゃあ改めて宜しく未来君」
「いや名前で呼ぶなって」
南里の言葉に、少しだけだが俺は気が楽になった。