ドーナツレンズ
投稿してもなお、「虹色ドーナツ」にしようか迷っています。
語呂は「ドーナツレンズ」の方が好きなんだけどなぁ……
「100円セールじゃん」
と、ドーナツ屋の前で立ち止まった。そういや、今日からセールだってCMでもやっていた。財布を覗きこむと、500円玉が入っている。消費税を入れても、4つは買えるはずだ。それが分かると、突然甘いものが欲しくなってきた。
ふらりと中に入ると、土曜日の昼ということでかなり混んでいた。机もほとんどが埋まっていて、とてもここで食べられそうではない。
結局3つトレイに乗せて、「お持ち帰りですか?」のところで頷く。箱に入れてもらってから、3つは多かったかな、などと考えたけど、余ったら家で弟にでもあげればいい。
どこか食べられそうなところを探して歩いていると、日だまりにベンチを見つけた。新しくて綺麗とは言い難いけど、座れそうならいい。
近くに寄ると、案外そこまで汚くはなかった。軽く砂を掃って、膝に箱を乗せて座りこむ。
夏も終わり、秋が来たこの季節の日向というのは暖かくて気持ちがいい。例えるならそう、太陽に干した布団に飛び込んだ時のような。
ドーナツに手を伸ばすのも忘れてボーっとしていると、
「……雨?」
空からポツポツと、雨が降ってきた。
「天気予報どうなってんのよっ」
今日はずっと、晴れと言っていたのに。1人文句を言いつつ立ち上がる。
近くに屋根を探して、雨宿り。
それはにわか雨だったのか、すぐに止んだ。
気を取り直してさっきのベンチに戻ると、やはりじっとりと濡れていた。でも、陽も差してきたし、せっかくいい場所を見つけたのだからここで食べたい。鞄の中からタオルを出して下に敷き、その上に座る。若干冷たいけど、このくらいなら大丈夫だ。
今度こそドーナツに手を伸ばし、一口かじる。
「──うっ」
さっきの雨でこちらも若干湿っていた。妙に水っぽくて、いつも食べる味とは程遠い。
水っぽいドーナツってはじめて、とつぶやきながら、それを太陽にかざした。乾くかどうか、大して期待はしていないけど、今なら何にでもすがりつきたい。
ドーナツの穴から見える空は、普段見ている空とはなんだか違う気がした。それが面白くて、乾かしているということも、食べるということさえも忘れていろんな方向でのぞいていると、──ふいに、ドーナツがなくなった。
なんだと思って後ろを振り返ると、同い年くらいの男の子が私のドーナツを持って立っていた。
「何してんの?」
面白がるようにして聞いてくる。
「……見てたら分かるでしょ。のぞいて──違う、乾かしてたの」
ムッとして言い返すと、乾かしてた?と首を傾げ、やがて嘘だろ、と言った。
「嘘じゃない」
「嘘だ」
「なんでよ」
「乾かすだけであそこまで楽しそうな奴いないだろ。──ドーナツ乾かすって聞いたこともないけど。しかも、最初超『のぞいて』って言ったし」
言い直すの遅いっつーの、と言いつつ、男の子もドーナツをのぞきこむ。何も言い返せなくなった私をよそに、何が変わるんだよ、とかつぶやきながらのぞき続けていた男の子はやがて、
「あ、虹」
と声を上げた。
あわてて振り返った私の目の前に、再びドーナツが現れる。
「お前のレンズだろ。──ピント、合ってる?」
その表現に笑いつつ、頷いた。
ドーナツの中に見えた虹は、丸い池に架かる橋のようだ。
──と、後ろから頭が覗いてドーナツをかじられた。
「ちょ、何してんのよっ」
レンズ崩壊じゃん、とさっきの表現をもらってみたりする。
そんな私の言葉は無視して、男の子は私の手を─というかドーナツを動かして明るく笑う。
「見て、虹入りドーナツとかいって」
さっきかじられて欠けたところに、綺麗に虹の曲線がはまっていた。
「すごい」
無意識にこぼれ出た言葉に、男の子も頷く。
「ちゃんとこうなるか、分かんなかったんだけど」
もし失敗したら怒ってたよ。と、この言葉は呑みこんだ。言うのをためらうほど、その円が綺麗だったからだ。
「ドーナツ、いる?」
箱ごと渡しながら聞くと、男の子は私の隣に座った。
「それでいいよ」
箱の中をちょっと覗いてから、私の持っていたものを指差す。
「かじりかけだよ」
「そこまでしたの俺だし」
「でも、最初に一口かじってたもん」
そう言った私に、いいの、と言いながらすっと取り上げた。
「虹ドーナツ、多分美味しいから」
と、そう笑われると、
「……私もそっちがよくなってきた」
不本意ながらもそう思ってしまう。
「単純な奴」
鼻で笑いながらも、男の子は大きく半分ほどかじってから、私に差し出してきた。私も真似して一気に口へ突っ込んだ。
しばらく黙っているな、と思ったら、ふいに口を開く。
「あんまり味、変わんなかったな」
思えばそれは、私が飲み込むのを待っていたのだった。
「変わったと思えば、美味しくなるよ」
私の言葉に、男の子は楽しげに笑う。
残りの2つは、もういらない気がして鞄にしまっておいた。
「──よし、じゃあもう帰んなきゃ。ドーナツ、ありがとな」
パンパンと手を叩いて、男の子は立ち上がる。
私も帰ろうと立ち上がり、男の子に手を振った。彼も手を振って歩きだし──ふいに振り返る。
「また、ドーナツレンズ見せてよ。虹ドーナツの味と一緒で、変わったと思えば空も綺麗に見えるのかも。天気予報が外れそうな時、ドーナツ持ってまたここに来てさ」
「本当に会えるの?」
笑って返すと、自信あり気に彼は頷いた。
「それじゃあな」
最終的に名前も知らない男の子は、今度こそ手を振って歩いて行く。大きくあげた手が、ドーナツの一部になった虹に反射して、輝いていた。
トレイをトイレと書いてそのまま投稿しかけたのは余談です。
あと、3つ買っただけでは箱じゃなくて袋だと思います。というか、ドーナツって湿るんですかね……仮に湿らなくても、これがないと成り立たないので何も言わないでください(笑
では、ありがとうございました*