表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ドーナツレンズ

作者: 沙夜菜

投稿してもなお、「虹色ドーナツ」にしようか迷っています。

語呂は「ドーナツレンズ」の方が好きなんだけどなぁ……

「100円セールじゃん」

 と、ドーナツ屋の前で立ち止まった。そういや、今日からセールだってCMでもやっていた。財布を覗きこむと、500円玉が入っている。消費税を入れても、4つは買えるはずだ。それが分かると、突然甘いものが欲しくなってきた。

 ふらりと中に入ると、土曜日の昼ということでかなり混んでいた。机もほとんどが埋まっていて、とてもここで食べられそうではない。

 結局3つトレイに乗せて、「お持ち帰りですか?」のところで頷く。箱に入れてもらってから、3つは多かったかな、などと考えたけど、余ったら家で弟にでもあげればいい。

 どこか食べられそうなところを探して歩いていると、日だまりにベンチを見つけた。新しくて綺麗とは言い難いけど、座れそうならいい。

 近くに寄ると、案外そこまで汚くはなかった。軽く砂を掃って、膝に箱を乗せて座りこむ。

 夏も終わり、秋が来たこの季節の日向というのは暖かくて気持ちがいい。例えるならそう、太陽に干した布団に飛び込んだ時のような。

 ドーナツに手を伸ばすのも忘れてボーっとしていると、

「……雨?」

 空からポツポツと、雨が降ってきた。

「天気予報どうなってんのよっ」

今日はずっと、晴れと言っていたのに。1人文句を言いつつ立ち上がる。

近くに屋根を探して、雨宿り。

 それはにわか雨だったのか、すぐに止んだ。

 気を取り直してさっきのベンチに戻ると、やはりじっとりと濡れていた。でも、陽も差してきたし、せっかくいい場所を見つけたのだからここで食べたい。鞄の中からタオルを出して下に敷き、その上に座る。若干冷たいけど、このくらいなら大丈夫だ。

 今度こそドーナツに手を伸ばし、一口かじる。

「──うっ」

 さっきの雨でこちらも若干湿っていた。妙に水っぽくて、いつも食べる味とは程遠い。

 水っぽいドーナツってはじめて、とつぶやきながら、それを太陽にかざした。乾くかどうか、大して期待はしていないけど、今なら何にでもすがりつきたい。

 ドーナツの穴から見える空は、普段見ている空とはなんだか違う気がした。それが面白くて、乾かしているということも、食べるということさえも忘れていろんな方向でのぞいていると、──ふいに、ドーナツがなくなった。

 なんだと思って後ろを振り返ると、同い年くらいの男の子が私のドーナツを持って立っていた。

「何してんの?」

 面白がるようにして聞いてくる。

「……見てたら分かるでしょ。のぞいて──違う、乾かしてたの」

ムッとして言い返すと、乾かしてた?と首を傾げ、やがて嘘だろ、と言った。

「嘘じゃない」

「嘘だ」

「なんでよ」

「乾かすだけであそこまで楽しそうな奴いないだろ。──ドーナツ乾かすって聞いたこともないけど。しかも、最初超『のぞいて』って言ったし」

 言い直すの遅いっつーの、と言いつつ、男の子もドーナツをのぞきこむ。何も言い返せなくなった私をよそに、何が変わるんだよ、とかつぶやきながらのぞき続けていた男の子はやがて、

「あ、虹」

 と声を上げた。

 あわてて振り返った私の目の前に、再びドーナツが現れる。

「お前のレンズだろ。──ピント、合ってる?」

 その表現に笑いつつ、頷いた。

 ドーナツの中に見えた虹は、丸い池に架かる橋のようだ。

──と、後ろから頭が覗いてドーナツをかじられた。

「ちょ、何してんのよっ」

 レンズ崩壊じゃん、とさっきの表現をもらってみたりする。

 そんな私の言葉は無視して、男の子は私の手を─というかドーナツを動かして明るく笑う。

「見て、虹入りドーナツとかいって」

 さっきかじられて欠けたところに、綺麗に虹の曲線がはまっていた。

「すごい」

無意識にこぼれ出た言葉に、男の子も頷く。

「ちゃんとこうなるか、分かんなかったんだけど」

 もし失敗したら怒ってたよ。と、この言葉は呑みこんだ。言うのをためらうほど、その円が綺麗だったからだ。

「ドーナツ、いる?」

 箱ごと渡しながら聞くと、男の子は私の隣に座った。

「それでいいよ」

箱の中をちょっと覗いてから、私の持っていたものを指差す。

「かじりかけだよ」

「そこまでしたの俺だし」

「でも、最初に一口かじってたもん」

 そう言った私に、いいの、と言いながらすっと取り上げた。

「虹ドーナツ、多分美味しいから」

 と、そう笑われると、

「……私もそっちがよくなってきた」

不本意ながらもそう思ってしまう。

「単純な奴」

 鼻で笑いながらも、男の子は大きく半分ほどかじってから、私に差し出してきた。私も真似して一気に口へ突っ込んだ。

 しばらく黙っているな、と思ったら、ふいに口を開く。

「あんまり味、変わんなかったな」

思えばそれは、私が飲み込むのを待っていたのだった。

「変わったと思えば、美味しくなるよ」

 私の言葉に、男の子は楽しげに笑う。

 残りの2つは、もういらない気がして鞄にしまっておいた。

「──よし、じゃあもう帰んなきゃ。ドーナツ、ありがとな」

 パンパンと手を叩いて、男の子は立ち上がる。

私も帰ろうと立ち上がり、男の子に手を振った。彼も手を振って歩きだし──ふいに振り返る。

「また、ドーナツレンズ見せてよ。虹ドーナツの味と一緒で、変わったと思えば空も綺麗に見えるのかも。天気予報が外れそうな時、ドーナツ持ってまたここに来てさ」

「本当に会えるの?」

 笑って返すと、自信あり気に彼は頷いた。

「それじゃあな」

 最終的に名前も知らない男の子は、今度こそ手を振って歩いて行く。大きくあげた手が、ドーナツの一部になった虹に反射して、輝いていた。


トレイをトイレと書いてそのまま投稿しかけたのは余談です。

あと、3つ買っただけでは箱じゃなくて袋だと思います。というか、ドーナツって湿るんですかね……仮に湿らなくても、これがないと成り立たないので何も言わないでください(笑 


では、ありがとうございました*

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ドーナツはクリスピーよりもミスター派です! クリスピー並ぶし高いし……すみません、言わずにはいれなくて。ドーナツは物により湿りますよ、砂糖付きは弾きますがスタンダードは割とふにゃっとなります…
[一言] 最後まで読ませてもらいました。ほんわかしとりますね。デワデワ
[一言] 今回も面白くて心温まる話をありがとう!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ