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もうええわ。

作者: MATY
掲載日:2026/03/14

 夏休みも明けて数日、休み明けの憂鬱の雰囲気もクラスから抜けていき、代わりに文化祭に向けた陽気な雰囲気がクラスに流れ始める。

 まあ別に、これといって特に思い入れもなく、俺は教室の隅で1人スマホをいじるんやけどな。


 「なあお前…小西こにし 吉弘よしひろ…やっけ?」

 

 なんだ?俺に話しかけてくるヤツなんて、このクラス、いや、この学校にいないはずやけど…。

 …って、この顔はクラスでのお調子者の…名前は確か…。


 「おい、まさかその顔…名前わからんのか?俺!おれおれ!分かるやろ!?」


 いやそんな詐欺みたいな形でこられても知らんがな…。


 「うっそやろお前…一学期の俺との青春は!?」


 いや初対面なんやけど。

 勘弁して欲しいわ。


 「中村なかむら 岸雄きしおや!そのちっこいノーミソに油性で書いとけや!」


 ああ、そうだ。

 このコッテコテの暑苦しい奴は…中村 岸雄や。

 みんなから「きっしゃん」って呼ばれてる、ずっとクラスでうるさいヤツ。

 こんな俺とは縁のない…。


 「はぁ…。で?なんの用なん?」


 まぁいい予感はせぇへんけど、聞くだけ聞いてみるか。


 「あぁ、そうやったそうやった。…率直に言うわ。…お前、俺と一緒に文化祭のステージで漫才せぇへん?」


 終わった。

 なんでこんなクラスの隅っこでちまちま過ごしてる奴が、クラスの中心でブイブイ言わしてるヤツと漫才せなあかんねん。

 ここは丁重に断っておこう。


 「…お。首を横に振った…ってことはOKってことやんな。テンキュー!」


 どこ住んどるんやこのボケ。

 これやからこういうヤツは嫌なんや。


 「…無理ってことや。ほんじゃあな。」

 

 俺はそう言って立ち上がり、帰ろうとする。


 「あー!待って待って!頼むー!もう何人にも断られてお前しかおらんのやって!」


 岸雄はそういいながら俺の足を必死に掴む。

 いやしつこいな。

 大抵のヤツならもう既に諦めて帰ってるぞ。

 …って、お?離した。

 なんだようやく諦めたか。


 「うへーん!コニちゃんが俺の事いじめてくるー!誰か助けてー!」


 …。


 「あイター!蹴った?今俺を蹴ったんか?なんやねんこいつ!しばくでホンマに!」


 そのまま俺は特に触れずに、家に帰った。




 「…いらっしゃっせー。あいざいますー。」


 夜8時半。

 コンビニで適当に客を捌く。

 それにしても今日は災難な日や。

 変なヤツに絡まれるし。

 クラスのみんなからは変な目で見られるし。

 いつもならバイト終わりにスーパーでアイス買って帰るけど、今日は何もせず真っ直ぐ帰ろう。


 「おーっす!コニちゃん!元気してた?」

 

 もうほんまに災難。

 なんで俺がこんな目に。

 俺なんも悪いことしてないやんな?

 

 「いやもー偶然!たまたま!コンビニで適当に唐揚げでも買っとこ思たら、まさかのびっくり仰天雨あられ!コニちゃんがここでアルバイトしてたなんて知らんかったわ!」


 ふざけんな。

 あとうるさい。

 こいつ店を知らんのか?


 「ああ!?なんやその顔?お客様は神様やぞ!?しっかり対応せぇや!」


 この糞ったれ厄病神は二度とこのコンビニに通って欲しくないし学校にも来て欲しくない。

 

 「…さっさと唐揚げ買って帰ってくれませんか。オキャクサマ。」


 そう言って俺はホットスナックコーナーから唐揚げパックを取って来て精算をしようとする。

 完璧な対応。

 悪いがさっさと帰ってもらおう。


 「いや俺金持ってへんし。」

 

 ホンマに頭イカれとんのかこのクソボケ。

 厄病神じゃなくて貧乏神やし。

 じゃあさっきの偶然っていう話も嘘やん。

 

 「俺外で待っとくわ!あと30分でバイト終わりやろ!」


 しかも何時終わりかまで把握されてるし。

 怖。

 嫌いとか抜きでシンプル関わりたくない。




 9時になって制服から着替え、コンビニを出る。


 「おーきたきた、おつかれーっす。」


 そう言って岸雄は店の入口から少し離れた所からこっちに駆け寄ってくる。

 ほんとに30分待ってたんか。

 頼むから帰らせて欲しい。


 「なあなあ!どんな漫才する?」


 なんで俺が漫才する前提で話進んでんねん。

 

 「なんで…なんで俺なん?」


 大前提に俺以外にも人はごまんといる。

 いくら断られようと、俺よりかはマシなヤツが絶対余ってるはずなのに


 「いや、だってお前いっつも教室で1人隅っこでスマホで漫才見てるやんか!」


 …バレてたか。

 そう、俺が学校ですることといえば勉強か寝るかスマホで漫才を見るかやねん。

 てかなんで人のスマホ見んねん。

 気色悪い。


 「はーそうですか。だからと言ってやる気にはならへん。悪いけど他当たってくれ。」


 俺はそう言って歩きだす。


 「ちょ、ホンマに待ってーや!ネタはあんねん!お前、目立ちたくないんか!?」


 …別に、どうでもいい。

 目立つのとか、誰かにモテるとか。

 どうでもいいねん。

 目立ちたかったらとっくにそういう人間になっとる。

 俺やって行動する。

 しないってことは、どうでもいいねん。

 それがなんでわからんねん。


 「モテるぞー?きゃー、コニちゃんかっこいい!ひゅー!あちきと付き合ってー!」


 適当こくなや。

 その話はさっき終わってん。


 「…もしかしてお前…漫才嫌い?」


 …なんでそうなるんや。

 スマホで漫才見てんの知ってんやろ。

 …あー、ホンマにムカつく。


 「…もうええわ。ありがとうございました。」


 立ち止まって、振り返り、それだけ言ってまた前を向いて俺は歩き出した。


 「…なんやねん。」


 岸雄はポツリと呟く。

 さすがに堪えたか。

 

 「めっちゃ漫才好きやん…。」




 それからというもの。


 「おーコニちゃん!」


 次の日も。


 「今日こそ話し合おーや!」


 そのまた次の日も。


 「俺じゃ…ダメか?」


 更にそのまた次の日も。

 コイツは歯に挟まったえのきバリにしつこく俺をひたすらにネチネチと付き纏ってきた。




 「あー、もう何!?俺やらんったよな!?ええ加減にせえよ!」


 学校の帰り道、しつこく着いてくる岸雄に、俺は遂に限界を迎えて怒鳴る。


 「おっ、おお…落ち着けって…。」


 なんで俺が急に叫び出したヤツみたいな演技すんねん。

 しらこいわコイツ。


 「…着いてくんなや。」


 俺は岸雄を睨んでそのまま帰ろうとする。


 「行かへんで。」


 すると、岸雄は俺の前に立ち塞がってくる。


 「俺はどこにも行かへん。」


 岸雄は笑ってこっちを見てくる。

 …気色悪い。

 漫画の見すぎちゃうか。

 ホンマに腹立つ。


 「…どけ。」


 俺は目の前に立つ岸雄をどかそうとする。

 …重っ。

 なんで意外といいガタイしてんねん。

 

 「はっはーん?さてはどかせへんねんな?舐めんなよ!俺の体はなぁ、毎日毎日厳しい訓練で鍛えられ…はぅあっ!?」


 俺は自慢げにペラペラと語る岸雄の股を蹴り上げる。

 いい一撃が入ったのか、岸雄は変な声を出して地面に転がる。


 「ほなな。」


 俺は少し気分がスッキリ晴れやかになったので、軽く捨て台詞を吐いてその場を去ろうとする。


 「…はっ。待てや。」


 まーだそんなこと言うんかコイツ。

 俺は冷めた目で岸雄を見下す。

 さっきの一撃が相当効いたのか、地面でうずくまり、顔にはびっしょり汗をかきながら俺を見上げる。


 「なんぼでも言うで…。俺と漫才せえ…!」


 なんやねん。

 コイツ。

 なんでそこまで俺に固執すんねん。

 …ホンマに腹立つ。


 「…無理や。」


 …そうや。

 俺には…無理。

 もう…やめにしたんや。

 あの時に…。


 「…そんなもん、俺も無理や。」


 …。

 …ホンマに。


 「…俺はお前を諦めへんで。」


 …。

 …腹立つ。


 「高校も最後…。全員ブチ笑かさな満足できへんねん。」


 …。

 …勝手にやってろや。


 「…お前もや。コニちゃん…!」


 …はぁ…?

 なんで俺やねん。

 だったら尚更、俺とやる意味ないやろ。

 訳分からん。

 ホンマに…腹立つ。


 「お前を…特等席で…ブチ笑かしたいねん…!」


 …。

 …。


 ―なぁ、コニちゃん。


 …なんで。


 ―俺なぁ、将来芸人さんになりたいねん。


 …なんでお前が…。


 ―ほんだらなぁ、最前列で見に来てや。


 …クソッ。

 …腹立つ。

 …ホンマに。


 ―絶対に、ブチ笑かしたるからな。


 「…え?コニちゃん…その顔…笑ってる?」


 俺は岸雄のその言葉にハッとした。

 自分の顔を触った。

 ありえないと思った。

 でも。

 口角が、自然と上がっていた。


「…えっ、えぇ?今の流れのどこに笑う要素あったん?お前ひょっとしてサイコパス?」


 岸雄は急に口角を上げた俺を不気味がる。


 「…はぁ!?気のせいやって!」


 俺は慌てて取り繕う。

 そして、焦りを隠すかのように振り返って帰路を辿る。


 「…おい!待てっ…!クソッ!立てへん!ちょっ!待っ!普通に助けて!」


 そんな岸雄の断末魔を無視して、俺はずんずんと走る。

 にしても…ホンマに訳分からん。

 なんで、あんなヤツと…。

 なんで、アイツで思い出すんやろ。

 あんな前の出来事。

 はぁ…。

 

 「タケちゃん…、俺…。」




 翌日。

 朝の学校で、俺は教室に入る。

 そしてそのまま、自分の席につき、スマホを開き、スマホをいじる。

 いつもなら。


 「おい、クソボケ。」


 俺がそういうと、目の前の岸雄が目を丸くしてこっちを見る。


 「…えっ?クソボケ…?って俺のコト…?」


 岸雄は自分を指さして、ぽかーんとしたアホらしい顔をする。

 周りで岸雄とくっちゃべってた奴らもおんなじような顔して俺の方を見る。


 「当たり前や。お前以外に誰がおんねん。」


 俺はそんな周りのヤツらに目もくれずに岸雄に話す。


 「クソボケ…。はよネタ教えろ。」


 俺はそれだけ言って自分の席に着いてスマホをいじり始めた。




 「そぅ!と決まれば!早速!第1回!きっしゃんの大打ち合わせコーナー!」


 数日後、休みの日に岸雄が俺の家に来た。


 「いやぁー!にしてもお前ん家遠いな!電車で30分とか!」


 …別にええやろ、ほっとけ。


 「あらぁ?吉弘よしひろのお友達?」


 するとお母さんがお節介を焼いて岸雄に話しかける。


 「おお!コニちゃんのお母様ですか!初めましてわたくし、コニちゃんのボーイフレンドの岸雄と申します。」


 「殺すで。」


 適当なことをほざくクソボケに圧をかけると、クソボケは炎天下3日目のミミズみたいにすぐに萎む。

 そんなクソボケの首根っこを掴んで、俺は2階の自分の部屋に連れていく。


 「そぅ!と決まれば!早速!第1回!きっしゃんの!大打ち合わせコーナー!」


 コイツ、もしかしてツッコムまで繰り返すタイプか?

 

 「第1回!きっしゃんの!打ち…」


 「もーうええわ!何回も何回も!話進まんねん!」


 やはり。

 予想通りこのクソボケクソめんどいぞ。

 しかもツッコまれた後の「それそれ〜」みたいな感じの顔が腹立つ。


 「んで、ネタはよ教えろや。」


 俺はそう言って仕切り直す。

 そうしてようやく岸雄は話始めた。



 「おっけー!なかなかに有意義な話し合いやったな!」

 

 このクソボケはどの口が言ってるんや。

 俺が何回話戻したと思てんねん。


 「はぁ…お前どの口が言うてん…。」


 もう疲れた。

 こんなに人と話したのも久しぶりだし、よりによってこいつなのがより疲れた。

 …いやもうやめろや、その「それそれ〜」みたいな顔。


 「ほんじゃーな!また学校で!」


 そう言って岸雄はうちを後にする。


 「…いい子ねぇ。あの子。」


 岸雄を見送ると、後ろからお母さんが話しかけてくる。

 …いい子。

 まあいい子か。

 あいつから口さえ無くなれば俺もいい子やと思うんやけどな。


 「それにしても…『コニちゃん』ねぇ…。『タケちゃん』を思い出すわねぇ…。」


 「…せやな。」


 俺はそれだけ言うと、2階へと上がって行った。




 それから、俺と岸雄は毎日の授業の合間や、昼休みや放課後…とにかく時間がある時にネタについて話し合った。


 「ここの間に小ボケ入れたいねんな…。」


 「いや、詰め込みすぎやろ。ここはもっと流してええんちゃう?」


 「どんぶらこでブラ出したらおもろいかな。」


 「いやコンプラで弾かれるやろ。」


 「ダメや頭働かん!もう何とかしてコニえも〜ん!」

 

 「クソボケがシバくで。」




 そうこうしているうちに、月日は流れリハーサルの日となった。


 「いやー、とうとうここまで来たな。」


 ステージの舞台袖で岸雄が呟く。


 「…せやな。」


 俺はそんな岸雄の言葉に頷く。


 「なんやぁ〜?緊張しとんのかぁ〜?」


 …うっとうしい。

 ほんまこのクソボケは緊張感っちゅうもんがないんか。


 「おっ。そろそろ出番や。じゃ、俺あっち側から出るからな。気張れよ。」


 そう言って岸雄は俺から見て反対側の舞台袖へと向かう。


 「続きまして、『GISGI(ギスギス)'s』による漫才です!それでは『GISGI(ギスギス)'s』のお二方!よろしくお願いします!」


 ステージのカーテンは既に開き切っている。

 アナウンスが終わると同時に、コミカルなBGMと同時に、俺と岸雄が両側からマイクに向かって走り出す。


 その時、俺は見た。

 ステージの上から、体育館を見下ろす光景を。

 見て、しまった。

 その瞬間、溢れ出した。

 4年前の、あの記憶が。


 「はいどーもー!いっつも元気なきっしゃんとー?」


 その後は、俺が自己紹介して、つかみに入る。

 そういう流れだった。


 「あっ…あっ。」


 何も言えへんかった。

 言葉を発しようとしても、俺の口から出たのは短い嘆息だけだった。

 

 「…コニちゃん…?」


 岸雄も俺の顔みて戸惑ってる。

 やばい。

 やばい。

 なんか言わんと。

 なんか言わんと。

 なんか。

 なんか。


 「…顔…。」


 …あ?

 顔がなんや。

 まさかまたこのクソボケ、俺の顔にいちゃもんつけようとしてんのか。

 いや、ちゃうやろ。

 そうやない。

 顔。

 顔、顔、顔。

 顔や顔!

 俺の顔、どうなっとる?


 「…真っ青やで…?」


 そうか。

 真っ青なんか。

 道理で汗止まらんわけやわ。

 汗。

 汗。汗。汗。汗。

 どうしよう。

 どうしよう。

 あかん。

 震え止まらん。

 足から、てっぺんまで、震えが止まらん。


 「って、おーい!もしかしてお前、無戸籍やったんか?」


 岸雄がカバーに入ってくれる。

 でも。

 でも、俺。

 もう無理やわ。

 やっぱやめといた方が良かった。

 最初から、無理やってん。


 「はっ…、はっ…、はっ…!」


 動悸が止まらんくなってきて、目の前も頭ん中も真っ白なってきて、とりあえずもうどうすればいいかわからんかった。

 岸雄のカバーも虚しく、俺はなんも出来へんまま、義務的な拍手と共に俺と岸雄は舞台袖へと帰って行った。

 



 「どうした?コニちゃん大丈夫か?」


 漫才…とも呼べないナニカが終わった後、俺は体育館の外のベンチで項垂れた。

 そしたら、岸雄が水汲んで持ってきてくれた。

 でも、飲む気にもならんかった。


 「はっは…しっかし、まーえらいポンコツやったなぁ。」


 岸雄は笑いながら俺を軽くいじる。

 でも、何も言い返す気にならない。


 「…俺…やっぱ無理やわ。」


 か細い声で、俺は呟いた。


 「…え?」


 「…やっぱ…無理やったんやわ。思い上がっとった。」


 「いや…待ってや。」


 「…最初っから…俺はアホや。」


 「…ッ!せやから!待てぇうとるやろ!一旦落ち着けや!」


 ずっと内気なことばっか言ってる俺に、岸雄は大声を出して止める。


 「何も…そんな落ち込むことないって!誰でも台詞飛ぶことぐらいある!せやから、また練習しよ?な?」


 岸雄は俺の肩を掴み、俺の顔を覗き込む。


 「…。」


 俺は、何も言うことができなかった。


 「…コニちゃん…?」


 心配そうに岸雄は俺の顔を見つめる。


 「…も…わ。」


 自分でも聞こえないような、小さな声で呟く。


 「…え?」


 岸雄が聞こえるはずもなく、聞き返す。


 「…もう…ええわ。…もう…ほっといてくれ…岸雄。」


 衰弱しきった俺の精神から漏れ出た言葉は、聞くに堪えず、あまりにも惨めだった。

 

 「…。」


 その言葉を聞いた岸雄は、ただ何も言わずこの場を去った。




 「…ただいま。」


 俺はそこから特に何も無く、フラフラと家へ帰った。


 「あら。おかえり。どうやった?リハーサルは。」


 …なんで知ってんねん。

 って思ったけど、自分で言ったんやった。

 ホンマにアホやな。


 「…おー。まぁ、ぼちぼちってとこやな。」


 俺は心にも思ってないことを言う。

 母の反応も碌に確認せず、またフラフラと2階の俺の部屋に入る。

 

 ぼすん。


 俺は部屋に着くや否や、ベッドへ体を放り込んだ。

 いつもなら汗くっさくて絶対にせぇへんけど。

 この日だけはそうしてしもた。

 てか、気づいたらそうしてた。

 ずっと、頭の中で記憶が蠢いてた。

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 さっきの記憶から、今まで練習してきた記憶、岸雄との出会い。

 出ては消えて、消えては出てを繰り返し、支離滅裂に混ざりあって、頭の中は忙しなく動いていた。

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 しばらくそうしているうちに、やがて頭の中はより深い所へ進んでいく。

 そして、俺は触れる。

 ゆっくりと、目を閉じて。

 ぽっかりと浮かんだ、その記憶に。




 「えー!お前、漫才好きなん!?」


 近所の公園のベンチで、スマホで漫才の動画を見てると急に背後から大声を出された。

 あまりにも急だったので、俺はびっくりして勢いよく振り返る。

 そこに居たのは、丸い眼鏡に、ギザギザの歯をした男の子だった。


 「うおお…そんな驚くなや。」


 その男の子は、驚いた俺を見て何故か驚いていた。


 「…き、君は…?」


 俺はその子に、恐る恐る名前を尋ねた。


 「ん?ああ、俺?俺の名前はなぁ、金橋かなはし たけって言うんや。『タケちゃん』って呼んでもええで。」


 岳ちゃん…。

 そういえば同じ学年にそんな子がいた気がする。

 

 「もしかして…北中の1年生…?」


 俺はまた岳に尋ねる。

 すると、岳はきょとんと目を丸くしてこちらを見つめる。


 「えっ?ひょっとして同い年?すんげー、神様っているんやなぁ。まぁ、俺、寺の子やけど。」


 岳はそう言うとまた興味深そうに俺の顔を見つめる。


 「ほ…ほっとけ…。」


 「ん?」


 俺がポツリと呟いた言葉に、岳は反応する。


 「ほ…仏…だけに。」


 それを聞いた岳は、またキョトンとした顔をする。

 そして、表情が歪み出す。


 「ま…まさかお前…。今の…ボケたつもりか…?」


 岳は口をあんぐりとさせ、俺に尋ねる。

 その顔は、最早そうであって欲しくないと祈ってるような顔だった。

 俺は、控えめにこくりと頷いた。

 その時の岳の顔は忘れられない。

 つまんないとか、おもんないとか、失笑とか、嘲笑とか。

 そんなレベルじゃない。

 その顔は、最早憐れみでさえあったその顔は、世界で1番残酷な顔をしていた。




 その日から、俺と岳は2人で会うようになった。


 「お!れ!が!お前に笑いっちゅーもんを教えたる!」


 あと、岳との特訓が始まった。

 

 「こ…こう…?」


 「ちゃう!ツッコミん時の手の角度はこうや!」


 「なんでやねん!」


 「ちゃう!声が小さい!もっと腹から声出せ!あと10回追加!」


 「ボケナス!アホ!カス!」

 

 「そうや!罵倒のレパートリーを増やしてけ!」


 今考えたらホンマにアホらしい。

 けど、俺にとってそれはかけがえのない時間やった。




 「はぁ〜あ、ホンマに寺っちゅーやつは、しょーもないなぁ。」


 1年半後。

 学校の帰り道、ある日岳はそんなことをぼやき始めた。


 「どしたん?なんかあったん?」


 俺は何故そんなことを言うのか尋ねる。


 「いやな、親がな、将来寺継ぐんやからもっとしっかりせぇってうっさいねん。」


 岳は不機嫌そうにそう言う。


 「はぁ〜あ、ずっと境内掃除したり、人死んだら木魚ポンポコ叩いたり…何がおもろいねんほんま。」


 岳は延々とブツブツ呟く。

 幼いながらに、本当に寺の子なのかと疑いたくなった。

 まぁ、人相からしてもかなり悪党寄りなのだが。

 

 「俺はもっと自由に生きたいねん!こんな縛られた生活嫌や!」


 とうとう岳が叫び出す。


 「まあまあ岳ちゃん、落ち着いてや。」


 俺は叫び出した岳を宥める。


 「だってー、コニちゃんも縛りプレイ嫌やろ?」


 なんか色々意味合いが違うと思うけど、そこには触れたくない。


 「えっとー、そのー、なんやろなー。」


 俺はしどろもどろになる。


 「おいおい困らんといてや。そんな困られたらこっちも恥ずかしなってまうて。」


 何故か仕掛けてきた側の岳も恥ずかしそうになる。

 そのまま変なモジモジが始まってしまい、沈黙してしまう。


 「…なー、コニちゃん。」


 しばらくして、空を仰ぎながら岳は口を開く。


 「ん?」


 俺は岳に聞き返す。


 「…12月のさぁ…中頃に…なんかあるやん。」


 俺はすっごいアバウトな言い方で戸惑った。

 12月の中頃…。

 何かあったっけ?

 と俺は考える。

 ああ。

 そういえばなんか文化発表会みたいなのがあったっけ。

 有志で出場して、なんか盛り上がる会的な。


 「あー…あったなぁ。それがどうしたん?」


 俺は多分これで合ってると思い、岳に答える。


 「それさぁ…俺と2人で漫才せぇへん?」


 急な誘いに、俺は一瞬思考が停止した。

 いや、俺の勘は合ってたけど。

 まさかそんな急に言われるとは思ってもみなかった。

 でも。

 混乱はしたものの、嫌な気分ではなかった。

 漫才は好きやし、人を笑わせるのは好き。

 何よりも、タケちゃんと一緒に出るのなら、向かう所は敵無しや。


 「…ええよ。やろや。」


 俺は快くOKした。

 すると、岳の顔に明るさが灯り、今にも弾けそうな嬉しさを体でめいっぱい表現していた。




 その日から俺と岳は念入りにネタ合わせをした。

 何日も、何時間も。

 時に揉め事っぽいことも怒ったけど、すぐに仲直りして、進めた。

 



 そして、12月中旬。

 文化発表会の日。

 

 「いよいよ本番やなぁ。」


 岳が舞台袖で俺に話しかけてくる。


 「…うん。」


 俺は緊張が拭えず、カチコチに固まっていた。

 それを見た岳は、勢いよく背中を叩いた。


 「あっ…ー…!」


 俺はギリギリ大声を避けて細い悲鳴をあげる。


 「どや?ちょっとは解れたか?」


 岳は自慢げにそう言って見せた。


 「…余計なお世話や。」


 俺はちょっと腹が立ったので、静かに反論する。

 でも、それ以上に、俺は幸せだった。

 なんだか、やる気に満ち溢れてた。

 さっきまでの緊張が解けて、なんならいつもより2割り増しくらい動きやすかった。

 

 「…ほな、行ってくる。」


 岳は俺の緊張が解けた様子を見て、満足そうに笑うと、反対側へと行った。




 漫才は大盛況。

 拍手喝采。

 鳴り止まぬ拍手の中、幕が降り、俺と岳は舞台袖で興奮する。


 「大っ成功やんけ!やったなあコニちゃん!」


 岳はとても嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。


 「おお!俺あんなん初めてやわ!」


 かく言う俺も、相当興奮していた。


 「はーっ。ホンマに、良かったぁ…。」


 岳は恍惚の表情で天井を見上げる。


 「…決めた。」


 すると、岳は急にかしこまって話し出す。


 「…俺、実はずっと考えてたことあんねん。」


 岳は続ける。


 「…なぁ、コニちゃん。」


 なんや、俺はずっと聞いてんのに。

 わざわざ言い直さんでも。


 「…俺、将来芸人さんになりたいねん。」


 また。

 急に岳は突拍子もないことを言う。

 って言うか寺はどうするんや。


 「寺なんか知らんわ。言ったやろ?俺は行きたいように生きるって。」


 岳は笑顔で話す。


 「とにかく、何年経ってもええから、いずれはTVに出てな…ほんで有名なってな…。」


 俺を、置いて行くように。


 「ほんだらなぁ、最前列で見に来てや。」


 …え?俺?


 「絶対に、ブチ笑かしたるからな。」


 岳はそう言うと、満面の笑みで俺を見る。


 「…っはは。」


 俺は、嬉しかった。

 岳はすごい。

 すごいエネルギーを持ってる。

 どんな逆境にいても。

 どんな理不尽に晒されても。

 そうやって、全部問題ないみたいに突き進んで行く。

 俺は、いっつも閉じこもってばっかで、開けてくれるのは誰か別の人。

 だから、置いてかれる時はなんも出来へん。

 そう、心の中でどっか諦めてた。

 でも。

 でもな。

 岳はまだ、俺を連れていってくれるって。

 岳はまだ、見たこともない景色を見せてくれるって。

 そう言ってくれる。

 その言葉が、ただ俺は嬉しかった。


 「…ああっ!?俺の夢、わろたんか…?」


 岳は笑いを零した俺を見て、少し悲しそうに怒る。


 「ちゃうって…。」


 うん、違う。


 「…タケちゃん。」


 「…待っとるで。」


 俺は、にっこり笑って岳に言った。


 「…おう!」


 それを聞いた岳は、再び笑みを取り戻して、そう答えた。























 その3日後に、岳は死んだ。


 事故で死んだ。


 トラックに跳ねられて死んだ。


 即死だった。


 ガードレールに突き刺さって。


 首から上もげて。


 吹っ飛んで。

 

 死んだ。


 …俺は、その日辺りの記憶が無い。

 葬式があったらしいけど、俺は途中で吐いて出てったらしい。

 それすらも覚えてないねんけどな。

 俺は学校にも行ってなかったらしい。

 3年生になって、ようやくポツポツ行き始めた。

 でも、その辺も記憶が曖昧。

 学校で勉強して。

 帰ってきて。

 お風呂入って。

 ご飯食べて。

 歯磨いて。

 寝て。

 起きて。

 顔洗って。

 朝ごはん食べて。

 学校行って。

 ただただ、そんな日々を繰り返してた。

 誰と話したとか、誰と一緒にいたとか、全然覚えてない。

 高校も、ただこっから逃げたくて、わざわざ遠いところ選んだ。

 岳ちゃんが死んでから、俺は笑うことをやめた。

 笑えなくなった。

 ただ、死んだっていう事実と、タケちゃんとの明るい日々を思い出しては、気持ち悪くなって寝込むだけ。

 ただ。

 時間の合間に、よく漫才を見るようになった。

 漫才だけは、見れた。

 漫才を見る度に、あの時の記憶が鮮明に蘇ってきた。

 煌めくステージの上も。

 暗い体育館も。

 湧き上がる歓声と拍手も。

 アナウンスから、マイクの高さも。

 どんなちっちゃいネタだって、一つ一つ余すことなく思い出せた。

 ただ、ずっと見てると、自然と涙が出てきた。

 だから、ずっとは見ていられなかった。




 …タケちゃん。

 結局、俺はダメやな。

 俺には縮こまってんのがお似合いや。

 なぁ、タケちゃん。

 今の俺、どんな顔してんのやろ。

 …タケちゃん。




 「起きろやクソボケ。」


 そう言われる声に反応して、俺は目が覚める。

 起き上がって、辺りを見回すと、そこは見覚えのある公園。


 「おい、聞いとんのかクソボケ。」


 再び、聞こえた声。

 聞き覚えのある、懐かしい声。

 その声に惹かれ、俺は声の方を向く。

 丸い眼鏡に、ギザギザの歯。

 それは、紛れもなく。


 「…タケちゃん…?」


 学ランを着た岳が、そこに立っていた。

 

 「おーそうや。よーやく思い出したかこのクソボ…」


 「タケちゃん!タケちゃん!タケっ…タケちゃん!タケちゃんタケちゃんタケちゃん!」


 岳が台詞を言い終える前に、俺は岳に抱きついていた。

 歯止めが聞かなかった。

 気づけば、体が飛び跳ねていた。


 「…うご…あっつ苦し!何やねんいきなり!離れろや!はーなーれーろー!」


 岳はそう言って俺のことを引き離そうとしてくる。


 「ゔゔ…ゔゔゔゔゔゔゔゔっ!!」


 でも、俺は離れるどころか岳の体に顔を埋めて号泣していた。


 「…はぁ、はぁ、ようやく離れた…。」


 しばらくして、岳と俺は離れてしまった。


 「…タケちゃん…どうしてここに…?」


 少し落ち着きを取り戻した俺は、岳に尋ねる。


 「なんでって…そりゃお前がずっとメッソメッソメッソメッソウジウジウジウジしとるからやろ!」


 岳は今まで抱えてたものを吐き出すように一気に喋りだした。


 「その癖他人にはクソボケクソボケって…もー見てられんわ!お前がクソボケや!クソボケ!一生そうやって…お前はタマ無しや!どや!俺が去勢したる!」


 岳の罵倒の勢いは止まらず、最早一種の爽快感すらあった。


 「…いいよ。」


 俺が呟くと、岳の勢いは意外にもすんなり止まった。


 「…いいよ。タマでもなんでも持ってってや。ほんで俺を…連れてってや。」


 本心。


 「はぁ…。誰が野郎のタマなんかいんねん。お前からタマ取ったあとは、全部その辺にポイやポイ。」


 そんな俺の切実な思いを、軽々と岳は返してくる。


 「…そっか。」


 俺は岳の言葉を聞いて、力無く返す。

 その様子を見て、岳は頭を搔く。


 「なんやおもんな。最近はちょっと持ち直したかと思ったけど、ちょっと経ったらこれやもんなぁ。」


 岳は呆れたように話す。


 「だって…しょうがないやろ。俺、もうステージ上がれへんねん。」


 俺はさっきの出来事を思い出す。

 散々だったリハーサル。

 岸雄にも、迷惑をかけた。


 「あー、見とったわ。ホンマにどうしようもないアホやな。」


 岳はそっぽを向いて辛辣に答える。


 「お前…いつまで俺に縛られてんねん。」


 すると、岳はこちらを見て急に真剣になる。


 「俺もう死んでんねんで?4年も前に。もうそろ前を向く頃やろ。」


 岳は俺を見て言う。


 「…できへん。俺には…できへん。」


 俺は俯いて答える。


 「…覚えとらんの?タケちゃん。俺をブチ笑かしてくれるって…。」


 俺はただ、思いを綴る。


 「ただ、その時ホンマに幸せやった。タケちゃんは、どこにも行かないって…ホンマに思ってた。」


 4年間溜め込んだ思いを。


 「…でも、タケちゃんは死んでもうた。」


 岳は黙って聞く。


 「…俺はただ…もう二度とタケちゃんに、どこにも行って欲しくないだけや…。」


 隣に座って、俺の独白を。


 「…ああ。覚えとるで。」


 岳は静かに言う。


 「…せやから、お前は俺に縛られてるって言ってんのや。」


 岳は立ち上がって言う。


 「俺なぁ…お前らが羨ましかってん。」


 岳はその辺をクルクル回り出す。


 「ほら、俺寺の子やったやろ?せやから、なーんにも縛られてないお前らが心底羨ましかってん。」


 岳は自由に舞う。


 「結局、どう足掻いても、俺が寺を継ぐことは変わらん未来って、心のどっかでわかってた。」


 そう言って、ピタリと岳は止まる。


 「それでも俺、納得できへんかってん。」


 岳は少し離れたところで俺を見る。


 「だから、必死に自由な未来探して…。頑張って…。」


 すると今度は、木の枝を持ち地面に何か描き出す。


 「そうしてる内は、縛られてること忘れられて、幸せやった。」


 意外だった。

 岳が、そんなことずっと思ってたなんて。

 ずっと能天気で、底無しに明るくて。

 どんな逆境でもずんずん進んでいく。

 そんな人だと、勝手に思い込んでいた。


 「どや?意外か?俺も中ではずっと悩んでんねんで。」


 岳は顔をパッとあげて、ニヤリと笑って俺を見た。


 「みんな悩むのは…当たり前や。そっからどうやって、どうやってって自分の道を探すんや。」


 岳はまた地面に何か描きだす。

 道…。

 

 「俺に縛られるのは…ちゃうやろ。俺も、お前のこと縛りたない。」


 岳は立ち上がって背伸びをする。


 「もう縛られるのはやめにしとき。ほんで、探し。自分の道を。」


 岳はトコトコと、俺の方に歩いてくる。


 「ほ!ん!で!」


 そして、勢いよく俺の背中を叩く。

 

 「痛った!」


 俺は思わず大声をあげる。


 「ちょっとくらいなら、俺が道しるべになったるわ。」


 背中が、めっちゃヒリヒリした。

 でも、不快じゃない。

 俺の、魂に、暖かい光が満ちて行った。


 パン!


 俺は我慢できず、勢いよく自分の頬を両手で叩く。


 「…お。」


 岳はその様子を見て、興味深そうに見つめる。


 パン!

 パン!

 パン!

 

 「…え?ちょっとコニちゃん…?」


 パン!

 パン!

 パン!


 「えっ…えっ?壊れた?おーい、コニちゃん!」


 パン!

 パン!

 パン!


 「ちょっ!ごめん!俺が悪かった!やから止まれ〜っ!」


 パァン!!!


 最後は今までよりも激しい音を立てて、俺の頬を叩く。

 俺の頬は、腫れて真っ赤になる。

 岳はそんな俺の様子を見て、若干ドン引く。


 「…タケちゃん。」


 口の中まで腫れて、俺の口から、俺じゃないみたいな声が聞こえる。


 「おっ、おう…。」


 タケちゃんは俺に圧倒されて、逆に受け身になる。

 そして俺は息を吸って、呼吸を整える。


 …ホンマに。

 タケちゃんはすごいなぁ。

 どんなになっても。

 どこまで行っても。

 俺を連れてってくれる。

 俺の、行くべき場所へ。

 ほんで。

 更にタケちゃんが向かう所は敵無しやからな。

 …でもな。

 もう、ええで。

 俺、もう行けんで。

 ありがとう、タケちゃん。

 ホンマに、ありがとう。


 …タケちゃん。


 「ブチ笑かしてくるわ。」


 俺はそう言って立ち上がり、前へと進み出す。


 「…おう。」


 タケちゃんは俺を見て安心したように微笑んで、俺をどこまでも見送ってくれた。




 リハーサルの翌日。

 昼休みに岸雄は屋上で1人たそがれていた。

 頭をポリポリ掻いては、深くため息をついて、何かもの思いに耽っていた。

 

 「…おい、クソボケ。」


 俺はそんな岸雄の様子を見かねて声をかける。

 タケちゃんも俺のこと見てる時、こんな気分やったんやろか。


 「おっ…!おう!どうした?」


 岸雄は声に驚いて、こちらの方を向いて、照れくさそうに目を泳がす。


 「…は、俺の方やった。」


 俺はだんだん声をちっさくして伝える。


 「…え?ホンマに何?聞こえへんかった。」


 岸雄は聞こえなかったらしい。

 やけにグイグイとせめてくる。


 「せやから、クソボケは、俺のほうやった…って。」


 俺は、顔を赤くして岸雄に言う。

 恥ずかしくって仕方がなかった。


 「えぇー…?お前、大丈夫か?インスリン打ったんか?」


 コイツホンマに空気読めへんのな。

 せっかく俺がええ雰囲気にしても、全部ブチ壊して行くやん。

 

 「せやから…ごめん。急にテンション低くなって、もうええとか言い出して…。」


 いや、俺は負けへん。

 確固たる意志は銃や剣よりも強いんや。


 「ああ、そうそう。あれな、闇堕ちした漫才師ってドラクエに出てきそうやなって思ってツボりかけててん。」


 あかん。

 無理や。

 こいつには勝てへん。


 「…もう、なんでもええわ。…俺と、まだ漫才続けてくれるか?」


 俺はもう戦意撃沈して死んだ顔で呟く。


 「…はっ。」


 岸雄はなんか勝ち誇ったかのように笑う。


 「なんぼでも言うって言うたやろ。」


 って、え?


 「…コニちゃん。俺と漫才してや。」


 えー?

 なんでコイツの方がいい感じの雰囲気にしてんねん。

 ホンマに訳分からんねんけど。

 腹立つわ。


 「…当たり…前田のクラッカー。」


 せめてもの対抗心で俺はついうっかりこんなことを呟いてしまう。

 静寂が場を支配する。


 「…コニちゃん…。ギャグ、壊滅的やな。」


 タケちゃん。

 やっぱ俺を連れてってくれ。




 文化祭、当日。


 「ねぇねぇ、次のグループさあ、漫才らしいよ?」


 「えーっ?誰が出んの?」


 「噂によると、きっしゃんと、あと小西…吉弘?って人らしいよ。」


 「えーっ!?きっしゃん出んの!?初耳!」


 「でも相方誰?初めて聞いた。」


 「あれだよあれ。きっしゃんと同じ教室の、いっつも教室の隅にいる陰キャ。」


 「あー…何となくわかったわ。ほんとに漫才出来んの?」


 「…さぁ?知らんけど。」


 ザワザワと喧騒が鳴り止まない体育館。


 「ふーっ。」


 それを他所に、ステージの端で岸雄は深呼吸をする。


 「…あれから…何とかなるもんやなぁ。」


 結局、俺らは別日にもう一度リハーサルを受けて、すんなりと通ることができた。

 

 「…まーな。これで俺がまたパニクらなければええけど。」


 俺は軽くストレッチをしながら答える。


 「ああ、それな。ホンマに頼むで。」


 そう言って、岸雄は自分のネクタイを締める。

 その瞬間、アナウンスが始まる。

 俺たちの出番。

 

 『じゃあな。ステージ上で。』

 

 俺たちはそう交わして、定位置に着く。

 アナウンスが終わり、コミカルなBGMが流れ始める。

 それと同時に、俺たちはマイクに向けて軽快に走る。

 

 ドキドキしながら、俺はステージに向かう。

 また、パニック起こしたらどうしよう。

 内心結構不安だった。

 それで結局、マイクのとこまで来て、俯いてしまった。

 そして、顔あげることができんかった。


 「今ね、彼ね、ブラジルの人と交信するのにハマってるらしいんですよ。」


 すると、岸雄がすかさずカバーしてくれた。


 「…っ!だ、誰がや!」


 俺も、いつもの癖で岸雄にツッコむ。

 完璧な、腕の角度で。

 その瞬間、自然と体が上がった。

 視線が、前を向いた。

 煌めくステージの上。

 暗い体育館。

 丁度いい高さを保たれたマイク。

 あの日の。

 あの時の。

 あの瞬間の記憶が。

 そのまま、今、目の前にあった。




 ―ふーっ。何とか持ち直したか。


 岸雄は漫才を進めながら、心の中で安堵する。


 ―コニちゃんはホンマに番狂わせが好きやなぁ。


 心の中で、そう呟く。


 …コニちゃん。

 俺、めっちゃ嘘ついててん。

 漫才やろって誘ったの、お前が最初やってん。

 あと、コンビニ入る時の言い訳とかも全部嘘やってん。

 ホンマごめんな。

 なんで誘ったかって言うとな。

 俺、見ちゃってん。

 お前が、1人で漫才の動画見て泣いてんの。

 そん時俺どう思ったと思う?

 クッソおもろかってん。

 場所が場所なら腹抱えて笑ってたわ。

 だって初めてやもん。

 漫才見ながら泣いてるヤツ。

 何思ってるかは知らんけどな、傍から見た時の絵面が漫才に感極まって泣いてる人やねん。

 そりゃ笑うわ。

 これはなんかの条約で保護せなあかんって思ったわ。

 だから、俺、ずっとクソボケでええ。

 人の泣いてるとこ見て笑うヤツはクソボケでええ。

 てかクソボケは俺のもんやし。

 盗んなや。


 …でもな。

 もったいないって思ってん。

 だって、漫才は笑ってみるもんやから。

 もうええ。

 泣くのは、もうええにしとき。

 その代わりに俺が死ぬまで死ぬ程ブチ笑かしたる。




 はぁ。

 ホンマに、このクソボケには、なんやかんやいっつも助けられてんな。

 なんか腹立つわ。

 何やねんブラジル人と交信が趣味って。

 俺ポルトガル語喋れへんし。

 はぁ…。

 でもまぁ。

 やっぱええな。

 漫才は。

 …

 見てるかな。

 タケちゃん。




 アホが。

 せやからいつまで俺のこと気にしてんねん。

 やっぱ去勢とは行かずとも、片っぽだけでも持ってっといた方が良かったやろか。

 あーあ。

 …楽しそうやな、コニちゃん。

 ええなあ。

 羨ましいな。

 でもまぁ、やっぱり若干俺とやった時の方がイキイキしとるか…?

 …はは。

 なんにせよ。

 コニちゃん。


 …クッソおもろかったで。




 「もうええわ!どうも!ありがとうございました!!!」

 

 割れんばかりの拍手が、体育館を埋め尽くす。

 鳴り止まぬ歓声の中、ステージの幕は降り、俺たちは舞台袖へと身を引く。


 「ふーっ!成功成功大成功!無事に終わってよかったなぁ!」


 岸雄は舞台袖で汗をかきながらネクタイを緩める。


 「…っは。良かったな。」


 俺も汗でびしょびしょになりながら、達成感と多幸感に身を委ねる。


 「…なぁ、コニちゃん。」


 岸雄が急に改まって俺を見る。


 「あ?なんや?」

 

 俺もまた、岸雄を真っ直ぐに見る。


 「俺たちなら、もっと上、目指せるんちゃうか?」


 岸雄が熱い眼差しで、俺の目を見つめる。


 「…はぁ…。」


 俺は深いため息をついて、少し考える。

 そして、顔を整える。

 多分こん時の俺は、ジョニー・デップバリの爽やかな顔。

 そして、ジャスティン・ビーバーのような色気のある声やった気がする。

 そして、俺は岸雄を真っ直ぐ見つめ返して、口を開く。





























































「もうええわ。」



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