聖女は茶髪じゃだめらしい
「な……どういうことだ!?」
「わかりません……!」
周りでざわざわ声が聞こえる。
硬い床の冷たい感触。
ベッドにいたはずなのに。
「痴女……」
「痴女だ……」
顔を上げて周りを見たことで察した。
「異世界召喚……」
リアルな西洋人みたいな顔のおっさんたちが古風な衣装でヒソヒソ囁きあっている。
ん? そういえばさっき痴女って言った?
自分を見下ろしてみた。
お気に入りのジェ○ートピケのもこもこルームウェアだ。ショートパンツの下には太ももまで着圧ソックスを履いている。
乙女の在宅フル装備である。
確かにひとさまに見せるような格好ではないが。
「私って召喚されたんですか?」
もしそうなら文句はこっちが言いたい。
今週末は推しのコンサートに行く予定なのにどうしてくれる。
そのために美容院に行ってバッチリミルクティーベージュに染め直してきたのだ。
帰れないなんてお約束を言われたら死ねる。
偉そうなおじいさんが進み出てきた。
「いかにも。だが、そなたは失敗だ」
「はい?」
「我が国の聖女は清らかなる黒き乙女。
そなたのような露出狂の薄汚い茶髪では断じてあってはならぬのだ」
「…………」
露出狂。薄汚い茶髪。
召喚しといて罵詈雑言を並べ立てられ、一瞬放心してしまった。
その間にもおっさんたちは何やら話し合い、こちらに向き直った。
「このような大失態、決して陛下に知られてはならぬ。この娘を捕らえよ」
「え」
ガチャガチャと兵士に取り囲まれ、羽交い締めされてずるずると広間から引きずられていく。
「なん、なん……なん!!」
完全に語彙力が失われた。
ポイッとゴミのように薄暗くて埃っぽい部屋に放り込まれた。
とりあえず牢屋じゃなくてよかった。
いやよくない。
いきなりいろんなことがあり過ぎてすぐには涙も出てこなかった。
でも5分経っても、10分経っても「テッテレー!」とドッキリの札は出てこない。
推しに会えない。
友達に会えない。
家族に会えない。
「やばい……」
膝を抱えた。
「そうだ、スマホ……」
パタパタとポケットを探すが何も入っていない。
「スマホおおおぉ…………」
もうだめだ。
詰んだ。
ここで白骨化して終わるんだ。
「イ○スタに上げたいこの状況。絶対バズるじゃん。そうでもしなきゃやってらんない」
そのへんに転がっていた木片を拾い上げ、虚ろな瞳でスワイプしてみる。
「ふふふ……異世界召喚されちゃいました……」
木片が淡く輝くディスプレイに見える。
妄想の世界の住人たちと会話を楽しんでやるんだ。
そうだ、推しにDM送っちゃおうか、どうせ妄想だし。
「聞いてよ。週末のコンサート行くはずだったのに異世界召喚されちゃった。最悪。会いたかったよ〜〜〜」
木片片手に毎日ニヤニヤ笑いながらスワイプを繰り返す姿は、さぞや不気味だったのだろう。
異世界の住人たちは扉の隙間からササっと食べ物だけ渡してくるだけで交流はない。
別にいい。私にはみんな (イマジナリーフレンド)がいるのだからね。
「あ。推しからDMの返事きてる。ふふふ……」
この世界のおっさんたちからは「薄汚い茶髪」なんて言われたが、お洒落なミルクティーベージュだ。
お気に入りの髪をくるくる弄びながら木片をスワイプする日々。
「あ、お母さんからだ。バズってるって?まぁね〜。
いつ帰れるかなんてわかんないよ」
虚ろな瞳で笑いながらひたすらイマジナリー家族や友人たちとLIN○する。
そんな生活が1ヶ月も続いた。
「……いよいよヤバいかも」
木片をスマホに見立てていたつもりが、ついに木片がスマホそのものに見えるようになった。
******************
【SIDE宰相】
私は自分の目を疑った。
王都の上空を巨大な光の板が覆っている。
「なんだ……あれは……」
そこには、地下室で正気を捨てた彼女の姿が巨大に映し出されていた。
「やっほー、マイ・イマジナリーフレンズ。
今日から配信始めちゃうよ〜」
彼女がそう言って手を振ると、空の板の横を無数の文字のような羅列が滝のように流れ始めた。
見たこともない文字。
『wwwwww』とはなんなのだ。
「え? 髪ボサボサ? 言わないでよそういうこと。
仕方ないじゃんお風呂なんて入れてくれないんだもん。
拭くだけだよ。最悪」
彼女が話すたびに言葉が魔力となって空間そのものを歪め、王城を揺らし始めた。
「髪プリン? まじ? 美容院行きたいな。鏡もないんだよここ」
私は震えた。
彼女の髪の根元が、わずかに黒い。
確かに召喚時は茶髪だったはずだ。
「どういうことだ……」
黒髪こそが聖女の魔力の源。
まさか、彼女は本物だったのか?
時空を歪めるほどの力は聖女にしかありえない。
空に映る彼女は、ずっと虚空の誰かと語らっている。
「お。もう1万人も見てるじゃん。私の妄想力えぐ」
私はぐっと拳を握りしめた。
「既にアレは聖女というより魔王。
かくなる上は……処分するしかあるまい」
****************
ガチャガチャと金属が擦れ合うような音が複数、外から響いてきた。
確実に物々しく不穏だ。
「え、なに? なんなの?」
スマホを見ると、
『バイオレンスの予感』
『逃げてー』
と激流でコメントが来ている。
余計に怖くなるからやめてほしい。
バァンっと乱暴に扉が開かれて、鎧の兵士達にまた囲まれた。
でも今回違うのは、剣を向けられていることだ。
映画とは違う、リアルな金属の重い質感。
「……っ、」
ヒュッと喉がなった。
体から血の気が引いていく。
怖い。
めちゃめちゃ怖い。
一人の兵士の剣が振り上げられた。
あ。やばい。終わった――
――いやだ。
まだ推しのコンサート行ってないのに。
友達とカフェ巡り約束してたのに。
お母さんのカレー食べてないのに。
「いやああぁーーーーー!!!!」
ドゴォオオォォォン
ものすごい音とともに兵士たちが吹っ飛んだ。
「え……?」
『無双キタwwwwwwwwww』
『聖女無双wwwwwwww』
『チートやんwwwwwww』
流れるコメントを見る余裕なんてなかった。
呆然とその場に立ち竦む。
死屍累々といった兵士たちの隙間からおじいさんが這い出てきた。
「聖女様……!」
ダダダッとお年寄りとは思えないスピードで駆け寄り、ガバァッとスライディング土下座してくるおじいさん。
「どうかお許しくだされーーー!!!」
「え、嫌です」
ズゴゴゴゴゴ……
また建物が揺れている。
最近多いな、地震。
「怒りを鎮めてくだされ。王都が滅亡してしまいます」
「何の話ですか?」
痴女扱いの次はゴジ○だろうか。
乙女が大怪獣に見えるというなら木の板がスマホに見えるより重症だ。
「我々が間違えておりました。
あなたは間違いなく聖女様。
どうかこの国をお救いくだされ」
「無理ですけど」
スゴゴゴゴゴゴ……
また揺れた。
「私、帰りたいんですよ」
ズゴゴゴゴゴゴォ……
「お風呂に入りたいし」
ズゴゴゴゴゴゴオン……
「推しに会いたいし」
ピキッ……ピシッ…ピシッ……
「家に帰りたいんですよ」
ピキキキキ……ッ
「せ、聖女様、どうか落ち着いて……
城が、城がぁ……!」
知るか。
さっさと。
私を。
「帰してくださいよ……!!」
パリィンッ
叫んだ瞬間、視界が真っ白になった。
――気づくと、私はベッドの上にいた。
「あれ……? 夢……?」
手の中のスマホを見る。
見たこともない大量のコメントで埋め尽くされた画面。
配信中の、画面。
まさか、と思いブツッと配信を停止した。
次の瞬間、ブブブッと震えて着信があった。
母からだ。
「あ、お母さん?
あのさ……ねぇ、もしかして今までのアレ、私の妄想じゃなかった感じ……?」
母との通話を終えると、次は友人からかかってきた。
通話をしながら手鏡を見て顔をしかめる。
着倒しすぎてもこもこじゃなくなったジ○ラピケ。
ボサボサのプリン頭。
荒れた肌……というか、すっぴん。
この惨状が全世界に配信されてたなんて聞いてないよ、リアルフレンズ。
着信ラッシュが落ち着いてから、1つずつ通知を確認してみた。
「うそ……推しから、コンサートの招待来てる……」
震えた。
「まじか……美容院でカラー予約しよ」
短編お読みいただきありがとうございました。
もし、この作品の『ノリ』や『空気感』がお気に召しましたら、↓の連載作も覗いて頂けると嬉しいです。
【完結保証】蓮池に霄は揺蕩う〜ツッコミ少女はポンコツ仙人をどつきたい〜
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打って変わって中華風のバディものになります。
2万字ほど溜まっておりますので、お暇つぶしにぜひ。




