9話 B5
自室に戻ったリベンは本のケースに隠した手帳を読み、メモ書きと写真と名前を確認した。
やはりエジン・ベルウッドは母さんの復讐対象の一人で合っている。母さんを学園から追放した時に教頭だったというのは俺の勘違いか?
時系列を一度整理してみよう。
20年前、学園で研究者兼教師をしていた母さんが追放される。
19年前、運動能力に優れた人の精子を大金はたいて購入。人工授精して妊娠。
18年前、俺が生まれる。
12年前、母さんは病気がちで叔母のいる道場に度々預けられうようになり、10年前くらいから常駐するようになる。
7年前、母さんの病気が悪化する。
6年前、母さんが病気で苦しみ、復讐を俺に委ねて自殺する。正確には頼まれて俺が介錯した。俺は母さんの命を背負った。
そして現在、俺は学園にいる。
エジンとパーリラについてまとめると、
26年前、エジンが競技性選手を引退。
25年前、エジンがトレーナーとして学園に来る。
18年前、パーリラが生まれる。
7年前から2年前まで、エジンが教頭をやる。
2年前から現在まで、エジンが学園長をやる。
恨みについてはもっと小さいころから聞いていたが、6年前の自殺する数か月前からより詳しく聞いた。長くないことを悟ったのだろう。ここで「今は教頭をやっている」と聞いたのだろう。これなら辻褄があう。
「さてと…」
リベンは手帳を閉じて元の隠し場所に戻した。
さてどうしたものか。パーリラとエジンの仲が悪いわけだが、情報を得るにはこのままでもいいかのか、それとも仲直りさせてからにすべきか。原因はまだ分かっていないから何とも言えないが、俺の手に余る可能性もありうる。とりあえずそこから調べてみるか。
パーリラのあの口ぶりだと仕事が忙しくて愛情を注がれなかったことが原因だろうか。…いや、そう予想を狭めるのはまだ早いな。全然情報が無いのだから。何なら原因は一つではなく、複数の要因の積み重ねかもしれない。
少し間を置いてからパーリラの友人や、先生たちにも聞いてみよう。どちらにせよパーリラからさらに信用されるようになって、もう少し話を聞き出せるようにしないとな。思ったよりも道のりは長そうだ…近道したいな…あるか分からないけど。
そういえばパーリラの目指す進路が親子の仲直りの障害になるかもしれない。パーリラ自身は競技性選手を目指している。ランキング入りもしていて捨てるのは勿体ないと思うだろう。しかしエジンは演技性選手を目指して欲しいらしい。どういう約束があるのか知らないが、親であり保護者であるエジンは学費を演技性選手になることを条件に出しているわけではないようだ。
どういう約束をしているのだろう。それとも個人的には進んで欲しい道があるけど、子供のやりたいことを好きにやらせるということだろうか。でもそれなのに仲が悪いことは…ありえなくはないか。
しかし嫌々で選手やれるほど甘くはないと思う。そう考えて、演技性選手の方がいいけど競技性選手でもケンラン業界に関わってくれるならそれでいいということかもしれない。
まあ、懸念することはなく、仲直りの障害にならなければそれが理想だが…あまり期待しないでおこう。
しかし仲直りしたら俺の復讐で母を失った時の悲しみが増すだろうな…。母を嫌っていても殺したいほどではないだろうから、俺の復讐に協力することも無いだろうし、彼女に復讐するということを明かすわけにはいかない。
関係ない人を傷つけたくないが…いや、利用するために仲良くしていると分かれば彼女を裏切って深く傷つける。今更な話だ。最後までバレずにやってなるべく傷つかないようにする。
翌日も文学や数学、物理学など座学が終わった後にトレーニングの授業があり、それが夕方まで続いた。
そしてその週のトレーニングがある最終日の木曜日の朝、一年生たちは疲労でイライラとした空気が漂っていた。
朝食後、リベンは食堂の出口でパーリラと会い、話しながら廊下を歩いていると彼女の後ろから誰かがぶつかり、よろめいた。
「チッ、気を付けろ」
ぶつかったのはトレアルで文句を言って横を抜けて行こうとした。
「ご、ごめんなさい…」
パーリラはいつもと違って怯えて小さな声で謝罪した。
「おい、ぶつかって来たのはそっちだろう。お前が謝ることない。謝るべきはそっちだ」
「ああ?」
トレアルは立ち止まって振り返りながらドスの利いた声を出し、パーリラはその声を聞いてびくっと体を震わせた。
「ちょっと、私はいいから…。邪魔だっただろうし…あんた普段はもっと大人しいでしょ?落ち着いてよ」
「俺は落ち着いている。普通に歩いていただけで普通に通り抜けられたろ」
「うるせえな。テメエもあれか…次から次へと鬱陶しい…」
トレアルは面倒になって廊下の向こうに行こうとした。
しかしリベンが回り込んで立ちふさがった。
「どけ」
「彼女に何をした?」
「何もしてねえよ」
「そうよ。私は何もされてないわ。だからやめてリベン」
駆け寄ったパーリラはリベンの腕を引いて止めようとした。しかしリベンは止まらなかった。
「それでこんなに怯えるか?」
「俺は何もしてないのに子供に泣かれるんだ。どけよ」
トレアルはリベンの肩を掴もうとして腕で払われた。
「決闘申請。リベン・クースはトレアル・イーストテンプルに決闘を申し込む」
リベンは学生証の決闘システムのスイッチを押し、トレアルに決闘を申し込んだ。
「チッ…やっぱりそうなるのか…めんどくせえな。決闘を受ける。断れねえんだろ、クソッ」
トレアルは決闘を受け、決闘が成立した。
「リベンとか言ったな。朝は互いに忙しい。食べた直後ってのも嫌だろう。続きは昼休みでどうだ?」
「…それで行こう」
「昼には冷静になってやっぱり止めると言っても俺は構わないからな、遠慮なく言えよ。その方がお互い楽だからよ」
「それはない」
「フン。昼休みにこの広場だ、いいな?」
トレアルはウィンドウを水平に出して共有して可視化し、地図にピンを刺した。
「ああ」
「ほらよ」
トレアルはウィンドウを指で弾き、リベンの前にコピーされたウィンドウが現れた。リベンはそれを一旦閉じてショートカットに収納し、トレアルは横を抜けて歩いて去っていった。
「何であんなことを?味方してくれて嬉しくないわけではないけど何もそこまで…」
パーリラは謝意を持ちつつも若干引き気味にリベンに訪ねた。
「あいつが謝れば決闘するまでもなかったことだ。道端の石を蹴ってストレス発散のつもりだったんじゃないか?相手は人だってのに」
「私が謝ってそれで済んだからいいじゃない」
「お前らしくもない。上位相手は特別だからとまた自分を甘やかすつもりか?」
「う…。でもそうは言っても相手は末席とはいえ一桁台よ。あんた分かってるの?」
「映像で見たことしかないけど強いと思う。大丈夫、勝ってくる」
リベンの声には昂揚感と緊張感が入り混じっていた。
「…止めるのは野暮ね。健闘を祈るわ」
「ああ」
リベンは気合を入れて自室へ戻って準備をして登校した。教室で席に着くと後ろの席からトモイに決闘のことを尋ねられ、ある程度答えた後、「体力を温存したいから」と伝えて前を向いた。トモイはそれ以上は聞かず、「頑張ってね」と励まし、リベンは頷いた。
授業を受けながら時間が過ぎていった。約束の時間に徐々に近づいていくプレッシャーがそこにはあった。
そして午前の授業が全て終わり、昼休みがやって来た。気分は落ち着き、集中はしているが無駄な力は入っていない良いコンディションになっていた。




