6話 C1
セレネベセア中心街。ケンラン協会ビル、会長室の扉横の壁には「会議中」と書かれたプレートが表示されていた。このビルの壁はネットワークと繋がっており、自動で表示プレートが切り替わる。
会長室はカーテンが閉められ、薄暗い部屋の中で会長が机に向かって椅子に座っていた。
その机の前にはARで表示された大きな板が7つ囲むように並んでいた。声が出ると板の縁の光が強まり、誰の発言か分かりやすくするもので、1つだけ縁が光っていなかった。
「全員揃ったようだね」
「スペクターの奴がいないな」
「彼は欠席だよ。公演があってね」
「チッ、また欠席か」
「本当はいなくて安心しているのじゃろ?おぬしは奴を恐れていたからのう」
「何だと?」
「おや失礼。つい口が滑ってしもうた」
「てめえから先に始末してやろうか」
「ほほう、面白い提案じゃ小僧」
「やめたまえ、私たちが争うのは時間の無駄だ」
「左様。余計な消耗の末に新興勢力に抜かれかねない」
「チッ…」
「会長がそういうのなら仕方ない」
会長がスイッチを押して色がパッと変わった。
「…さて、アイスブレイクはこんなところか」
「ふー、大先輩に喧嘩売るなんてヒヤヒヤしましたよ」
「私は楽しかったよ」
「ひええ…」
幹部たちは演技を終えて力を抜いた。
「さて、皆さん知っての通り、この席は我々協会員のものではありません。観客のものです。見た目は空席ですが、観客がいることを忘れないように」
「はい」
会議に空席を設けていること、その席には観客という集合体が座っていること、それらを忘れないようにアイスブレイクを兼ねて小芝居するのがケンラン協会の定例会議のオープニングである。
「では議題に入ります」
宙にグラフや表、写真が現れ、注目するものを拡大して表示された。
「各種データによると満足度の落ち込みが少しずつですが長期的な傾向として見られます。その原因がはっきりしていませんが、私は一つの説を提唱します。華が無くなったという説です」
「華…」
「ケンランの技術平均は上昇してきました。良い演技や高度な試合が見られるのは喜ばしいことですが、足切り点が上がったという問題が発生しています。言い方は悪いですが、荒いながらも個性的で華のある人が選手になれず、技術があり真面目なものの華のない人ばかりが選手になることで、ケンラン業界は衰退に進もうとしています。しかし技術の点数という公平な基準ではなく、華があるという曖昧な感覚で判断するのもまた悪化する危険を孕んでいます」
「今では大人気の演技性選手のシゲン選手も最初の頃は酷い棒読みでしたからね。動きもぎこちなかったですし。当時から光るものはありましたから賛否両論ながら人気はありました。今だったら選手になれないでしょう」
「声質は良かったので経験を積んで技術を磨いて今では業界を引っ張っています。彼のような選手が生まれることすらなくなるのは損失ですね」
「しかし彼のような原石が埋もれてしまうとしても、選手層そのものが厚くなり、他の華のある選手が生まれるのならシフトしただけで問題ないのではないでしょうか」
「それだったら良いのですが、私には業界にかつてのような華々しさは無いように見えます。ただ、これは感覚的なもので私の勘違いかもしれません。私自身が昔は良かったと懐古主義に陥っている可能性も十分ありえます」
「観客が飽きて来たという可能性もありますね。いっそペースを緩めるのは?」
「お待ちください。娯楽に溢れた現代で継続性が無ければ忘れられる危険があります。それをするのでしたら、種類を更に分けてはどうでしょう。違うタイプで飽きにくくするのです。ケンランの名前は途切れずに違うタイプで間隔を開けるのです」
「種類をさらに分ければ混乱が起きないでしょうか?」
「結構成熟した市場ですからついて行けると思いますが…」
「演技性の一言でまとめてますが、色々種類がありますからね。非公式ですがファンの間で区別のために使われている呼称を参考に再編成するのも有効かと」
「縛られて表現幅が狭まらないか…まあ、試してみないことには分かりませんね」
「再編の影響について調査分析をしましょう」
「ですね。現状、そんな気がするレベルで曖昧ですから」
「それから技術レベルが上がったと言っても、一般客が求めるレベルより遥かに上で観客置いてけぼりでは売れません。どの程度把握できているか調査の必要がありますね」
「我々のようなケンランに詳しい人は剣の定石を知っていてあのパターンかと思いきや予想外で面白い、というのも一般人には何がすごいのか伝わらず退屈な可能性があります」
「まあ、すごい攻防だと分かったとしても、それより話を早く進めて欲しいというものもありますがね。分かったとしても面白くないことはありえます」
「シナリオ面では例えば魔王が悪い奴と思わせていい奴というギャップなどは、悪い魔王を知らない人からすれば面白さが半分も伝わらないでしょう。他にも二重人格と思いきや第三の人格が出て来て驚くのは、二重人格ネタを知っていて予想できてこそでしょうし」
「初心者向けシナリオに関してはリメイク作や前提知識をなるべく必要としない新作が作られています。気がかりなのはやはり演技の方ですね」
「現行基準とは別の選手たちの新たな活躍の場…」
その後も会議は続き、曖昧な部分は調査や試験、分析を行うことで合意し、再度話し合うこととなった。幹部たちは新しい舞台の創設について考え、今までとは違う選手の発掘方法に悩み、ヒントを探しにユリブラン学園に視線を向けることが増えた。
休日昼前のユリブラン学園、学生寮、リベンの自室ではARで学園内地図を大きく表示して歩いて見た情報と地図を頭の中で結び付けていた。
…この辺は行ってないな。ちょっと見てくるか。
リベンはウィンドウを消して部屋を出て、談話室前の廊下を通ると足元にフェルトのボールが転がって来た。それを拾い、談話室の中を見ると寝ている猫を膝に乗せた私服の女子生徒が手を振っていた。
「ごめんね、今動けなくて。拾ってくれてありがとう」
「どうも」
リベンは彼女にボールを渡して猫を見た。この寮で飼われている三毛猫だ。聞いたことはあったが普段はどこにいるのか分からず、こうして見たのは初めてだ。
「あなた新入生?」
「あ、はい。1年のリベン・クースです」
「私は3年のアペソン・チェリィウェル。よろしくね」
「はい、こちらこそ」
アペソンは小声でそう言うとおっとりとした雰囲気で微笑み、慈母のような眼差しで猫を撫で始めた。
リベンは邪魔しないようにそっとその場を離れて外に出た。そこでのやり取りはたったそれだけだった。
学園敷地を歩き、学園の正門前を通る際に正門は閉まっていて横の通用口だけ開いているのが見えた。
そこから2人の男がどこかの店の袋を持って入って来た。その一人はトモイだった。
「あ、リベン君。おーい」
トモイは腕を振って呼び、リベンは2人の方へ歩いて行った。
「今大丈夫かい?何かの最中だった?」
「大丈夫。地図を覚えようと歩いていたところだから、特別急ぎってわけじゃない」
「なら良かった。紹介するよ、彼がリベン・クース。こっちがヴァン・ウッドヴィレッジ。ヴァンは高等部時代からの友達なんだ。クラスは別になっちゃったけどね」
「僕はヴァン、よろしくリベン」
「こちらこそよろしくヴァン」
リベンとヴァンは挨拶をして握手した。
「そうだ、リベンにも意見を聞いてみよう。そんなに時間はかからないから」
「何?」
「ああ、ある物語のことでね。ただの想像だから気楽に考えてくれ」
3人は歩きながら話を始めた。
「簡単に言うと、主役の女の子たちが魔法的なもので問題を解決していく話なんだ。で、その魔法の属性が火風水地の4人いるわけ。その容姿について考えたんだけど、意見を聞きたい」
「ふうん、それで?」
「まず火。火は見栄えもいいし、一番手に最適だろう。熱く活動的で人を引っ張る姉御やお姉様というイメージから、迫力のある大きな胸がいいだろう」
「成程」
「次に風。風は空や鳥といったイメージとも結びつき、自由な雰囲気を纏う。そんなのびのびと育った人が小さい胸の訳が無い、大きい胸がいいだろう」
「うん」
「次に水。水は生命の源である海のイメージから母性を象徴する。当然、大きい胸がいいだろう」
「うん…」
「最後に地。地は地面のエネルギーや豊穣を司る。たわわに実る果実、豊かな農園のイメージから、それを思わせる大きい胸がいいだろう」
「……」
「どうだろうか?」
結局全部同じじゃね?まあ一人だけ違うよりもいいか。
「いいんじゃないか?」
「だよね?ほら、やっぱりこれでいいじゃないかトモイ」
「君の方に一点入っただけさ」
「往生際の悪い…」
「ちなみにそれ以外の設定は?」
「火の明るい色が際立つ黒髪とか、空を背景に軽やかな印象の薄茶とか…まあその辺はまだカッチリ決めなくていいや。そうそう、女児が憧れるお姉さんという感じであること。体つきだけじゃなく服装も大人っぽく。これでターゲット層が無理なく広げられるよ」
「そういうもんかな?」
「多分」
「多分て」
「あ、俺散歩の途中だから」
リベンは片方が寮に続くY字路前で立ち止まった。
「おう、サンキューな」
ヴァンとトモイは寮へと帰り、リベンは散歩を続けた。
俗っぽく気楽な話でリベンの心は軽くなり、足取りも軽くなって歩き回り、これで学園内の屋外の配置を概ね把握できた。復讐計画を立てやすくなった。




