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壁転生 壁になって悩める若者たちを高みの見物  作者: Ridge


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5話 E3

 部室棟に入り、入ってすぐの階段を上って2階に上がり、様々な部室前を通って野鳥観察部の部室前に来た。

 メランドはドアノブに手をかけて押したが動かず、制服のスカートのポケットからキーホルダーを取り出し、その中の一つを鍵穴に差し込んで回した。キーホルダーには巻き取り式のワイヤーがついていて、スカートのベルトに繋がっていた。


 あれいいな。海に落ちても鍵落とさずに済みそう。でもベルトにいちいち通すのは面倒か?上から簡単に巻けるゴムベルトだからか。あの普段の動きを見るに彼女はワイヤーが無いと落としまくってそう。


 扉を開けると穀類のような匂いが薄っすらとした。中央に長机を2つ並べ、そこに椅子が収められていた。本棚には色々な本があり、棚には色々な箱が収められていて、壁に貼ってある学園の地図には水場や営巣地の情報が書かれていた。SELENE BE SEAと書かれた観光局公式のセレネベセアの観光マップも張られていた。


「ここが部室。図鑑や写真、それから鳥関係の本があって見ることができるよ。電子データはこのパソコンの中。基本的に外で過ごすからあまり来ないけど打ち合わせの時に使うよ」

「成程。ちょっと読んでみても?」

「いいよ」


 リベンは本棚からハンディタイプの図鑑を取り出し、パラパラとめくって見た。何度か使われて少し痛んでいるが問題なく使えそうだった。こうやってパラパラとめくって、知らない鳥の写真も目に入るのはアナログの本ならではだな。デジタルだと目的のページ以外は飛ばすから。


「案内も終わったし外行こうよ。折角いい天気なんだから」


 メランドは暇そうにキーホルダーをぷらぷらと揺らしながら言った。


「ああ、俺はもう少し見ようと思う。行っててくれ」

「そうはいかない。まだ部外者だから部室に一人でおいて行くわけにはいかない。気を悪くしないでね。それに鍵持ってないでしょ?出る時に鍵閉められない。入部した後に好きなだけ見ていいから」

「そうだな…分かった」


 まあ会ったばかりの部外者では信用できないか。当たり前か。距離感近いから錯覚してたけどまだその程度の信頼関係だったな。



 リベンは本棚に本を戻して部屋を出た。メランドは鍵をかけて軽やかな足取りで歩き出した。


「よし、行こう」

「どこに?」

「屋上にしよう」


 リベンはメランドについていって階段を上り、そこで屋上の扉が開かれた。



 風と光を受け、薄い青空の下に出た。日が傾き、薄い青空と金色の光を受けた白い雲が頭上にあり、奥には灰色がかった山が見えた。

 屋上には生徒が何人かおり、望遠鏡を準備したり、段差に座ってぼーっとしたりと様々だった。

 柵には小鳥が並んで止まっていて、何羽かは床をぴょこぴょこと跳ねていた。


 メランドは段差の部分に腰掛け、横を叩いて座るように促した。リベンは横に座って、小鳥や奥の山を眺めた。山の上にはゴマ粒のような大きさのロープウェイが動いているのが見えた。


「うーん、そよ風が気持ちいい。山が見えるのっていいよね。リベンの部屋から見える?」

「いや、俺は反対側の街が見える方」

「摩天楼か…夜景がきれいだよね。でも日が昇ってるうちは山の方がいいな、海もいい」

「そうかもな」

「人間は途方もなく大きなものを見ると、自分の小ささを感じて気分が良くなるそうだよ。規則的な動きも心地よさに影響するんだって」

「へー、何となく分かるかも。よく知ってるな」

「実家のホテルやレストランがそういう要素を意図的に入れてるからね」


 メランドは右手を前に伸ばして虚空を掴んだ。


「ブルーオーシャンで希少さから高く売れるようにするのではなく、成熟市場で目が肥えている客向けに高い質のサービスを高く売れるようにするのが私たちの会社のやり方。当たり外れはブルーオーシャンより小さいけど、知見が豊富で作戦を考えやすいんだよ」

「ふーん。色々なやり方があるんだな」


 成熟市場であえて商売する戦略があるのか、知らなかった。でも考えてみればそりゃあるよな。意識したことなんて無かった。未成熟市場では目の肥えた客はほぼいないだろうし、良し悪しの差を活かしにくいだろうから戦略が全然違うのだろうな。


「でしょう?奥深くて面白いんだよ。学ぶことが多くて大変だけどね。時々かわいい小鳥を見てのんびりするのは日常の癒し」

「その癒し体験はホテルの仕事にも活かせそうだな」

「あ、でも勘違いしないで欲しいから一応言っておくよ。のんびりだらだらするだけじゃないよ。卒業したら仕事ばっかりになりそうだし、立場を得たら動きにくいし、若くて元気なのも今だけだし、かけがえのない学園生活を思いっきり楽しもうと思ってるんだ」


 メランドは気分が高まり、力が溢れてじっと座ってはいられず、右足をピンと伸ばして蹴り上げ、ゆっくり降ろした。


「リベンは卒業後は選手?競技性選手は活動期間10年くらいだよね。その後はどうするの?」

「その後はまだ…」

「ええー、何かあるでしょ。学園長みたいに教師になるとかさ。ポンドーレ選手みたいに解説者になるとか」

「これから考えるよ」


 復讐の後のことは考えないようにしていた。まずは学園に入れなければ話にならないから、余計なことを考えずに入ることを考えてやってきた。復讐についてもそうだ。余計なことを考えると迷って止まってしまいそうで、それをしたら申し訳なくて。今も先延ばしにしている。


「ふーん。ま、いいけどね」


 メランドは訝しんでリベンの横顔を観察したが、言いたくないことくらいあるかと目を離し、両手を後ろについて空を見上げた。

 2人は並んで座り、黙ったままぼんやりと景色を眺めて過ごした。

 どこまでも広がる薄い色の空、一部が金色に照らされた大きな雲、掠れて内容までは聞き取れない遠くから聞こえる生徒たちの話し声、高音の鋭くも綺麗な鳥の囀り、肌を撫でるそよ風、それらの全てが心地よく、面倒なことを少しの間忘れさせた。



「私そろそろ帰らないと。今夜は用があるんだ」


 メランドは立ち上がってスカートの埃を払った。


「あ…」


 リベンはつい引き留めそうに手が動き、気づいて下に降ろした。心地よい時間を失いたくなかった。


「そうか。でもまた寮で…ん?そういえば…今朝どこから来た?寮からじゃないよな?」

「うん。私の家近いから家から通ってるんだ」

「ああ、そういうことか」


 すぐにまた会えると思ってたけど、違うと分かると何だか切ないな。


「じゃ、また来週。ぜひ入部してね、バイバーイ」


 メランドは扉を開閉して部活棟の中に入り、見えなくなった。


 そして鞄を取りに部室に戻ると、部室の鍵は開いており、会議を終えて帰って来た部長と副部長が部屋にいてお茶を飲んで休んでいた。


「部長、副部長、お疲れ様です」

「おう。リベン君の案内は無事済んだか?」

「一部のポイントと部室を案内しました。彼をぜひ迎えましょう」


 メランドは鞄を肩にかけて部長たちの方を向いて提案した。


「部員が増えるのはいいことだが、ぜひにとは何かあるのか?」

「彼は競技性選手志望です。決闘になった時に頼りになりますよ」

「打算的」

「まあいいんじゃないか?実際、競技性選手がいれば心強い。悪い人でもなさそうだし」

「では私はこれで失礼します。さようなら」

「さよなら、また来週」

「気を付けてね」


 メランドは部屋を出て帰路に就いた。

 彼女の家は学園から徒歩15分程度の場所にある。世界中から生徒が集まるユリブラン学園だが、彼女は生まれも育ちもセレネベセアで同国の国民である。

 彼女がリベンの入部を強く推した理由は、部長たちに言葉で伝えた通りのことか、それともそれだけではない理由があるのか、もしかしたら本人にすら分かっていないのかもしれない。

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