23話 A2
リベンはシュロンを見て過去の記憶を辿った。確かに顔にあの子の面影がある。
シュロンもリベンをまじまじと見て納得したように緊張を解いた。
「本当にベンなんだね」
シュロンは腕を体に寄せてシルエットを小さく見せた。彼女の華奢な女の子に見せたい乙女心から来るものだった。
「シロちゃん…?でもどうして女子の服を…?」
シュロンはその言葉でイラっとして開いていた心は急速に閉じた。
「あたしは女だ!悪かったな胸が無くて!でも運動で有利だからいいんだよ!」
「えっ」
パーリラも小さいがそれより更に小さくて分からない。でも確かに腰つきは女性的、喉仏は出て無いし、手は血管が浮かばず丸みがあって小さい、女だ。
「すみませんでした」
「まあまあ。小さい頃は性差があまり無いから仕方ないよ。許してあげて」
「でも今の姿見て何で女子の服?って言ってたよね?」
「すみません。昔のイメージで…」
「本当にぃ?」
「シロちゃん」
ミクロナはシュロンの腕を引いて許してあげなよと無言で迫った。
「はあ…分かったよ。クロに免じて許してあげる」
「すみませんでした」
「そうそう、クロとは敬語無しなんだってね。あたしにも要らないよ」
「分かった。クロちゃんとはこの間ちょっと立ち話したけど、2人とゆっくり喋りたいと思ってたんだ」
彼女たちが覚えているか分からないが、ルベンシュ姓じゃなくなったことを不思議に思って聞いて回られたら困る。早めに釘を刺しておきたい。
「それでこれから…」
リベンはシュロンたちに一歩近づくと、シュロンは後ずさった。
「嫌だったか、ごめん」
「あっ、違うよ。あたしトレーニングと決闘の後で汗くさいだろうし…」
シュロンは恥ずかしがって頬を赤らめ、両手を前に出して近づかないように示した。
「そんなことないよ」
「あたしが嫌なの。話すのはお風呂入ってから。夕飯の時は…恥ずかしいから20時に共同談話室でどう?」
「いいけど、夕飯の時に恥ずかしいとは?」
「何でもいいでしょ」
「そんなの恥ずかしがることないのに」
「クロ!」
「はいはい。秘密ね」
シュロンはミクロナの腕を掴んで顔をじっと見つめて圧をかけた。
「…秘密は聞かないでおく。20時に共同談話室で了解した。それと俺も人に知られたくないことがあって、その時に何についてか伝える。だからそれまで俺のことは他の人に話さないでくれ。もう言っちゃったなんてことは無しな」
「りょーかい」
「ベンちゃんのことを誰かに聞かれたらまた今度って言っておくよ」
「よろしく。それじゃまた後で」
リベンは2人とそこで別れてトモイたちが近づいてきた。
「シュロン先輩たちと知り合いだったのかい?」
「小さい頃に一緒に遊んだ仲なんだ。それよりも7位上昇が駄目だったのがショックだ。しかもその7位が6位には勝てないとなると道は厳しい」
「まだ始まったばかりさ。諦めるのは早いよ。元気出して」
「…そうだな。ありがとう」
その後、皆で寮に帰り、風呂と夕食を終え、約束の時間になるまで待った。
19時55分頃、リベンが共同談話室の前に来ると、女子寮の階段を登ろうとしていたパーリラがリベンに気づいて向きを変え、小走りでやってきた。
「リベン、ちょうどいいところに。今からちょっといいかしら?」
「ベンちゃん、こっちこっち」
談話室の中からミクロナが声をかけた。テーブルを囲む一人用のソファの一つに座って手を振っていた。
「今行くー」
リベンは返事をしてパーリラの方を向き直った。
「ごめん、先約があるんだ。急ぎの用か?」
「ううん…。そういえばそうだったわね。じゃあまた」
パーリラは向きを変えて女子寮の方面へ去っていった。
その元気のない後ろ姿がリベンには少し気がかりだったが、ミクロナたちの約束もあり、彼女のいるテーブルの前に来た。
「さっきの子は13位のパーリラだよね。良かったの?」
「大丈夫。シロちゃんは?」
「そこ」
シュロンは給茶機の前にいてお茶の入ったお椀を持ってこっちに向かっていた。
「俺もお茶とってこよう」
リベンも給茶機からお茶を淹れ、3人はテーブルを囲んで座った。
「まず最初に大事なことを言いたい」
「うん」
「俺の名前はリベン・クース。昔と苗字が変わっているが、家庭の事情なんで探らないで欲しい」
「昔の苗字覚えてないよ」
「あたしも。そもそも苗字聞いたことなかったかも」
ミクロナもシュロンもリベンの昔の苗字を知らない様子だった。
「2人はそうでも、2人の親は覚えているかもしれないから、親から俺の昔の苗字を聞くことがあるかもしれない。どうして変わったのと探らないで欲しいというお願い」
「了解。色々大変だったんだね」
「苗字がなんであれベンちゃんはベンちゃんだよ」
「ありがとう」
これでルベンシュ姓がバレて広まる可能性は下がったと思う。秘密にすると逆に気になって探られる可能性が無いわけではないし、この2人がどれほどの口の固さかは知らないから確実という訳ではないがいくらか情報漏洩の可能性は下げられたと思いたい。
これで目的の9割は終わったようなもの。後は気楽にお喋りを楽しみたい。できれば別の話題で意識を逸らしつつ、差し当たっては嫌われることしたくないと思える程度に好感度を稼いでおきたい。
「シロちゃんはランキング6位なんだよね。俺より2つも上かあ…。俺は7位に勝てずにいるけどそれよりも強い6位だなんて遠いよ」
「2人とも一桁台なんだからすごいよ」
「でも腕相撲したら今のあたしじゃベンに勝てないよ」
「それで勝ってもなあ。ランキング戦で勝ちたいけどまだ敵いそうにない。まずは7位を目指す」
シュロンは少し不満げにリベンを見たが、彼の方針を尊重することにした。正直なところ、なるべく早く一度手合わせしたかった。
「剣術は剣を当てればいいから筋力の差を少しは補える。それでもやっぱ筋力がある方が剣は早いし力強いし有利だな。あたしより上の順位は男子しかいないもん」
「プロは男女混成試合もあるけど基本的に男女別。でも校内ランキングは男女混成なんだよな」
「混成だろうと相手が誰であれ剣で負けたくない」
「そういや昔遊んだ時も負けず嫌いだったな。何度ももう一回とせがまれたこともあったっけ」
「もう遅いから帰ろうって言ったこともあったね」
「小さい頃の話だよ。今は剣の腕では負けたくないけど他はそこまで…」
シュロンは恥ずかしそうに目を逸らして両手を前に出して振った。
「あたしはそれなりに剣の才能があるから剣では負けたくない」
「俺は無いから努力で差を埋めないとな」
「いや、ベンも剣の才能あるよ。謙虚が過ぎれば相手を苦しめるよ」
シュロンはそう言って掌をリベンの前に伸ばしてやめるように示した。
「あたしは中学くらいまで、弱い人は努力が足りない怠け者だと思ってた。でも自分がどんなに頑張っても学力テストで勝てない人がいて、どんなに頑張っても追い抜けない走者がいて、弱いのは怠け者だからじゃないと分かった」
「ふーん」
「もちろん怠け者だから弱い人もいるよ。けど才能もあって努力もしてきた人たちが、自分は努力した結果で相手は努力不足だと思ったり、それ程度のことは出来てもらわないと困ると思ったりするのは不幸を招く。あたしはそう思うな」
「ああ…そういうことあるな。気を付けるよ」
シュロンは頷き、2人はお茶を飲んで少しの間沈黙が流れた。その沈黙を破ったのはミクロナだった。
「あ、それで思い出した」
「どうした?」
「2人はランキング一桁台と強者側でピンとこないかもしれないけど…」
「?」
「もったいぶらずに言いなよ」
「それじゃあ…。体を動かすのは楽しいんだよね。でも私は足が遅くて走るのが嫌いになっていた時期があった。その頃は走ると負けるから嫌いだった。順位がつけられるのが嫌だった」
ミクロナはぼんやりと湯呑のお茶を眺めながら話を続けた。
シュロンもミクロナもジャンルは違うが親がスポーツ選手だ。だが2人とも親とは違う分野に進んでいる。ミクロナの身体能力は普通よりは高めだがプロで通用するレベルではない。
「ある時、私が失敗して落ち込んでいるとお父さんにジョギングに誘われた。お父さんは選手引退後に健康のために軽い運動をしていて、ジョギングもその一つだった。何度か一緒に走った。勝ち負けのない運動。そしたら走るのが好きになった。好きになったというより、体を動かす楽しさを思い出したというのが正しいかもね」
「良かったな」
「うん。だから、つまり…下手でも楽しんでいいんだよね。順位だけ見ていると忘れがちだけど」
ミクロナは嬉しそうに微笑んだ。
「成程。趣味ってそういうものかもな」
「クロはいいこと言う。勝てなくてつまらなくなった時に思い出したい」
「今の俺がまさにそれだ。ありがとう」
リベンは勝ち負けのみに狭まっていた視野が広がり、幼いころの記憶や感情も思い出し、心が軽くなっていった。
それから3人は学園の話や昔の話をして、笑顔で楽しく過ごした。建物の外からは窓にはカーテンの縁から明かりの漏れ、静寂に包まれた学園の夜は更けていった。




