21話 E7
「ありがとう、助かりました。駅に行く途中で絡まれて…」
「腕は少し捻っただけだと思います。市販の湿布薬で十分だと思いますが悪化するようなら病院で診てもらってください」
「はい。ありがとうございました。私はこれで…。えっと下に降りるには…」
「あ、私が駅まで案内します。リベンちょっと待ってて」
「ああ」
メランドが一緒に歩いて連れて行き、残ったリベンはフランクに話しかけられた。
「一応確認するけど、お前は8位のリベン・クースだよな?」
「はい」
「そうか。もう知ってるだろうけど改めて自己紹介するぜ。俺はフランク・ハイブリッジ。よろしくな」
「こちらこそ」
フランクは右手を差し出し、リベンも右手を出して握手した。
「先輩は優しい人ですね。あそこで声を出して止めに入れるとは」
「つっても助けられるのは目の前の人だけなんだけどな、はは…」
「十分立派ですよ」
「ま、沢山稼いで募金した方が多くの人を助けられるだろうよ」
リベンはメランドの言っていたことを思い出し、本当にそうなるだろうかと疑った。まだ気を抜けないからと財布が厳しくなるのではないだろうか。それともあれは自営業の視点で、雇われ人だと違うのだろうか。
「…そうかもしれませんね。でも、先輩の行動に触発された人が先輩の見えないところでも人を助けていて先輩が思うより多くの人が助けられているかも」
「だとしたら嬉しいな」
フランクは微笑んで空を見上げた。
「お前の連れも優しい奴だな。女同士だと気が楽だろうからいてくれて助かった」
「優しい…と思います、多分」
「迷うことか?あ、もしかしてあいつのことで何か悩みがあんのか?いいぜ、話してみな。これも何かの縁だ。このフランクさんが何でも聞いてやる」
フランクは胸をドンと叩いた。
黙っていても引く気はないようで、リベンは根負けして口を開いた。
「あいつのことが分からなくなったんです。彼女は俺の目には優しいように見えるのですが、自分は金持ちではなく余裕もないから、責任を果たすべく人に恵もうなどと調子に乗ってはならないと言っていました。自分が守銭奴とも。他の言動からも本音だと思います。話を総合して矛盾なく説明できるようにすると、彼女が優しく振舞うのは全て計算に過ぎないのではないかと思って虚しくなって…。一緒に過ごしている間はそれは間違いの気がするのですが、離れて冷静になるとまた逆の考えに戻るのです」
「ふーん…」
フランクはベンチの背に肘を置いて足を組んで考え、フッと笑って話を始めた。
「いいか後輩。思い浮かべてみてくれ。俺たちアスリートは補食としておやつを食べるが、あまり運動しない人はおやつを食べすぎないようにするもんだ。あまり運動をしないある人が厳しく間食禁止としているとしよう」
「はい。…?」
リベンは何の関係があるのか不思議に思いながらも、ひとまず前提を受け入れた。
「間食禁止というルール。なぜそんなルールを設ける必要があるのか?元々おやつを食べない人なら必要ない。いや、適量なら問題ないだろう。だがもしそいつがお菓子大好きで何かと理由を付けて際限なく食べてしまうとすればどうだ?」
「それはまずいですね」
「そう。そこで間食禁止というルールで抑えるというわけだ。俺の言いたいことはもう分かるな?」
フランクは足組みを解いて背もたれから体を起こした。
「そいつの行動を矛盾なく説明できる俺の答えはこうだ。彼女の本性は優しい人だ。自分を律しなければホイホイ助けてすっからかんになってしまう。だからお金に厳しいし、普段の振る舞いは優しい。恵むという上から目線の言い回しにするのは忌避感を持たせて自制するため。どうだ?」
「…!」
そんな考え方があるのか。思いつかなかった。
「成程…そうだといいですね」
「まあ仮説だからな。でもそいつのことをもっと信じてやってもいいと思うぜ。…おっと」
フランクの携帯に電話がかかって来たようで振動しているのをポケット内で感じ取って取り出した。
「悪い」
リベンはどうぞと手の平を指し示し、フランクは後ろを向いて電話に出た。
「ああ悪い悪い。もうすぐ帰るから。……。忘れてないって。……。はいはい、買って帰りますよ」
フランクは電話を切って人差し指でパタンと閉じてポケットにしまい込んだ。
「俺もう帰るわ。そんじゃな」
「はい。ありがとうございました」
「おうよ。そうそう、順位を賭けた勝負、楽しみに待ってるぜ」
フランクは鞄を肩にかけて去っていった。
少し待っているとメランドが戻って来た。
「無事送り届けて来たよ。先輩は?」
「何か用事があるみたいで帰ったよ」
「そっか。大変な一日だったね」
「巻き込んで悪かった」
「ううん。見捨てずに人の助けになれてよかった。私だけだったら諦めてたと思う」
メランドは見捨てずに済んで安心した表情を見せた。
やはり、フランク先輩の言うようにこいつは優しいのだと思う。
「私たちも行こうか。買い物がまだ終わってない」
「そうだな。インパクト強くて記憶吹っ飛んじゃったから今度はちゃんと覚えないと」
再びメランドの案内に従って歩き、店にやってきた。
そしてサイズの異なる木材を30枚程度買って大体2:1に分けて袋に入れて持って帰った。
帰りの電車は人が多く、座ることが出来ずに立ったままになった。
窓からは赤い夕焼けに染まる街と穏やかな海が見え、徐々に遠ざかって曲がり角に入って見えなくなった。つり革を掴む手を交代させる際、顔の側を通った手から木材の澄んだ匂いがした。
そして学園前で降り、学園に戻ってきた。夕焼けで校舎の壁が赤く染まり、空に黒い翼の何かが飛び回っていた。
「色々あったけど学園に着くと安心するね。それにコウモリ見られるなんてラッキー」
「ああ、あれコウモリだったのか。何か飛んでるなあとは思ってたんだ」
「鳥と同じように害虫を食べたり花の受粉を助けたりしてくれてる。大事にしないとね」
「へえー」
飛ぶ生物というところだけじゃなく生態系での役割も鳥と似てるんだな。
その後、部室まで袋を持って歩き、鍵を開けて部屋に入り、明かりをつけて机の上に袋を置いた。メランドは棚の最下段にあるケースを引いて取り出し、蓋を開けた。中は乾燥剤が入っているのみだ。
「木材はここに入れてね。もう遅いし巣箱作りはまた今度ね。作るの好きな人たちがいるから、気づいたらできてるかも。私は部員への通知と在庫の入力をしておく」
「分かった」
リベンは袋の中身をケースに詰めていき、メランドは座ってウィンドウを出してタイピングを始めた。
窓から向かいの壁に反射した夕陽を臨む物静かな部屋で2人は黙々と分担した作業を行った。2人とも沈黙は気にならず、むしろ心地よさを感じていた。
「よし、全部入れた」
「どれどれ?」
メランドは手を止めて様子を見た。
「うん。それで大丈夫。ありがとう」
「じゃ、蓋して戻しておくぞ」
「お願い」
メランドはタイピングに戻り、リベンはケースに蓋をして棚の下に戻した。
「こっちも終わり」
メランドはウィンドウを消して立ち上がり、ペンを持って背後の掲示板に日付と木材追加済と書いた。
「これでよし」
「今日はこれで終わりか?」
「そうだね。でも少しだけ鳥たち見てから帰ろうかな。いない時は景色だけでも」
「一緒していいか?」
「もちろんいいよ」
2人は鞄を持って部屋を出て明かりを消した。薄暗い部屋の扉が閉まり、リベンが鍵をかけた。
外に出て歩き、林の側のベンチに腰掛けた。林の前にバードバスがあり、小鳥がやってきてぴょこぴょこと動いていた。そよ風が吹いており、木々は小さく揺れ、サササと葉の擦れる音と時折ピイピイと鳥の鳴く声が聞こえた。
リベンは言うか迷ったが深く息を吸って覚悟を決めて切り出した。
「ごめん。お前のことを疑っていた」
「疑う?何を?」
「その優しさは計算じゃないかと疑っていた。お金に厳しいから一銭にもならないことするとは思えなくて。でもどうやら違うみたいだ」
「なんだそんなこと?黙ってれば分からないのに。そもそも謝るようなことじゃないよ」
メランドは気にしていない様子で景色をぼんやりと眺め続けた。
「…私も黙ってれば分からないこと言っちゃお。計算というのはあながち外れでもないかもね。余計な争いは割に合わなくて優しくしている方が得だと信じているもの。だからあまり私を買い被らないでね。遠くにいるようで寂しいよ」
メランドは体を倒してリベンの左腕に首をもたれかけた。
「ごめん。寂しい思いをさせて」
「まあ、疑問が湧くくらいには興味持って考えてくれたのは嬉しかったかな」
メランドは言ってから恥ずかしくなって体を起こして鞄を持って立ち上がり、リベンに顔が見えないように背を向けた。
「私もう帰る。じゃあね。今日はありがとう」
「こちらこそ。また来週」
メランドは振り返ることなく手で返事して正門へ向かって小走りで向かった。
復讐の使命を忘れてあいつと過ごせたらな…。でもそれが無ければ癒しを求めてこの部に来なくて接点が無かったかもしれない。
暫くしてリベンは鞄を持って立ち上がり、薄暮の中を歩いて寮に帰っていった。




