20話 E6
亜綿郎は能力で学園を俯瞰して眺め、細々と動く生徒たちを眺めた。学生時代は基本的に一度しかない限られた時間。二度と戻ってこないもの。彼は学生時代を時々は充実して過ごしたが大部分は漫然と過ごしていた。まだ本当の自分ではない、まだ現実ではないと。経験からアドバイスしたくなるのを抑え、本人が気づくのが大事だと思い観測者に徹することとした。伝える方法もテレパスみたいになって怪しまれるという理由もある。
リベンはミクロナと他にも色々と話そうとしたが、学年が違い中々会うこともなく、連絡先も聞き忘れていてできなかった。どうしてもという訳でも急ぎという訳でもないので、いずれまた会うだろうと2年生経営コースの教室まで行くことまではしなかった。
数日後の金曜日、部活の日。リベンは教室を出ると廊下でメランドが待っていた。近くにいたパーリラはリベンに屈託なく寄って来るメランドを複雑な気持ちで見ていた。
「部室行こリベン。鍵忘れてないよね?」
「ああ、持って来てる」
2人は廊下を歩きながら、リベンは部室の鍵をポケットから取り出して見せた。
「まあ忘れても寮まで5分…以上はかかるか7,8分くらいで行けるからすぐ取って来れるけどな」
「そっか。じゃあ忘れてもいいよ。部屋見に行くから」
「部屋までついて来る気か?」
「そう言ってるつもりだけど?」
メランドは両手を後ろにして前屈みで横を向いてリベンの顔を覗きこむようにして笑った。ちょっかいをかける子供のよう。
「からかうなよ」
「ふふっ…」
メランドは少し残念そうに笑って体を起こして歩いた。
2人は部室の前に着き、鍵を開けて中に入り、荷物を置いた。
「部長たちにはもう伝えてあるからすぐに買いに行けるよ」
「すぐ出られない理由もないし、もう行こう」
「分かった。お店はこのホームセンターね」
メランドはウィンドウを出して画面を共有して地図を出し、店の辺りを指差して場所を示した。
「電車に乗ってネオゴドア駅で降りて5分くらい歩いたところ。まあ迷うことはないね」
「そんな近距離じゃな」
メランドは地図を閉じて部の予算と寸法の書かれたメモ帳を今一度確認した。画面は共有状態のままだった。
この学園の学生証は携帯電話とある程度リンクさせることができる。通知も携帯の画面を開かずとも学生証から作られるARのウィンドウで見ることができる。
この間メランドは寄付のお願いの通知を煩わしそうに閉じた。そもそもあれは真っ当な寄付のお願いだったのか。詐欺だったのかもしれない。もしくはあれは本物だったけどメランドが偽物に慣れてしまって偽物と思った可能性も。
なぜ俺はそんなことを考えるんだ?こいつが冷たい奴だと思いたくなくて、あれは偽物のメッセージだったと思いたいのか?
「よし、準備できた。いいよ」
メランドはウィンドウを消して部屋の外に向かった。
そして2人は部室を出て鍵をかけ、学園の正門から外に出た。
リベンはメランドの案内に従って歩き、電車に乗って、ロングシートに並んで座り、目的地に着くまで黙って外を眺めながら待った。制服姿の2人は落ち着いてぼんやりと車窓から徐々に山間から海沿いの街へと移ろう景色を眺めた。
隣から甘い匂いと頬や首に暖かな赤外線のようなものを感じる。安らぎを感じる。だがそれだけじゃなく情念が静かに湧き上がるようで惑わされそう。ん?惑わされても別にいいか?駄目だ思考力が落ちている。
電車は時折ガタンガタタンと音を立てて体を揺らし、窓と窓の間から伸びる影がカーブに差し掛かって傾いたり、電車が日陰に入って影が同化したり現れたりを繰り返し、穏やかな空気が流れていた。
次はネオゴドアとアナウンスが流れ、後少しで到着と思うとリベンはこの体験を失うのが何だか惜しい気分になって寂しくなった。
しかし無情にも電車は駅に着き、リベンは重い腰を上げて電車から降りた。
「どうしたの?」
横を歩くメランドが不思議そうに声をかけた。彼女はよく分からないが寂しそうな雰囲気は感じて不思議に思った。
「何か降りるのがもったいなかったなって」
「どういうこと?電車乗るのが貴重な体験だった?」
「そういうわけではないけど…なんだろう?」
「あ、分かった。私と過ごすのが貴重なんだ。今回は案内で次に行くことはないかもしれないし」
メランドは冗談半分にからかった。
「そう言われると…そうなのかもな」
「えっ…うん、そうなんだ…」
否定やからかうなといった感じの言葉が返って来るかと思いきや、意外にも素直な言葉が返って来てメランドは動揺した。
「帰りもあるからさ。帰りは混んでさっきと同じとはいかないかもだけど」
「そうだな。俺は何を感傷的になってるんだ。よしっ」
リベンは右の拳を左手でパシッと受け止めて鼻から息を吐き気合を入れた。
「見て見てあのビル」
メランドはリベンの腕をポンポンと叩いてビルを指さした。
「あそこに見えるビルがケンラン協会本部と関連企業の入ってる建物。悪の居城よ」
「ゲームじゃないんだから。まあ業界は時々不祥事あるけど会長はいい人そうだし」
「えへへ」
メランドは笑って冗談だと示した。
気のせいか、目元は笑っていなかったように見えた。まあ、メランドの家は協会から土地やテナントを借りて商売しているから、何かしら気に入らないことがあるのだろう、多分。立場が上だから次回も貸して欲しければ聞いてくれるね?と厄介な要求をしてきたりするかもな。逆に貸す方が酷い借り手に破壊されたり盗まれたりもあるから信頼関係って大変だな。
「こっちだよ。覚えておいてね」
「ああ。分かってる」
リベンたちが駅を出て少し歩くと道端で何かトラブルが起きていることに気づいた。
「私、用事がありますので…」
「そんなの今度でいいだろ?俺たちがもっと楽しいところに連れてってやるよ」
女の人が不良らしき見た目の男2人から強引なナンパを受けていた。その女は掴まれた腕を動かそうとするが、その不良が軽く握っている腕はびくともしなかった。
「やめないか。嫌がっているじゃないか」
そこに格闘家らしき筋肉質な男がやってきて止めに入った。
「何だてめえ?」
「彼女を離してもらおうか」
格闘家の男はシャドーボクシングを始め、ボッボッと拳で風を切る音がした。
リベンは立ち止まり、巻き込まれないように下がりつつメランドを庇うように背後に下げた。
「舐めてんじゃねえぞオラッ」
不良の1人が両手を曲げて上半身を守るように構えつつ格闘家めがけて飛び込んだ。
格闘家は正面から殴りかかり、不良はそれを拳で受けて押し返した。
「あうっ」
直後、格闘家はガラ空きの体に強烈なボディブローを食らい、格闘家は膝から崩れ落ちた。
「口ほどにもねえ」
不良の回し蹴りで格闘家は横に倒れ、額や耳、唇から血を流した。
「俺たち格闘技もやってるからな」
不良は倒れた格闘家に向かって歩き、蹴ろうと片足を後ろに引いた。
「やめろ!」
ユリブラン学園制服を着た男子生徒が叫び、不良は足を下ろして声の方を見た。
リベンが後ろを向くとフランクがおり、横を通り抜けていった。
「もういいだろう。これ以上の騒ぎにならないうちにやめておけよ」
「はあ?馬鹿は黙ってろよ」
不良はフランクに向かって殴りかかり、フランクは後退ではなく逆に前身した。一瞬で懐に入り込み、相手の顎下から殴りつけた。不良は脳震盪を起こし、ふらついて倒れ込んだ。
「てめえ!」
もう一人の不良は女を離してフランクに殴りかかるも、上半身の動きだけで避けられ、次の瞬間には転ばされて投げられて宙を舞っていた。不良は地面に落ち、痛みに悶えていた。
フランクは女のもとに駆け寄って声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…」
「腕を痛めてますね。もう少し診たいところですが、あいつらはまたすぐ動き出すでしょう。とにかくここを離れた方がいい」
強い。ガードせずに避けたり迷いなく距離を詰めたりと度胸あるな。それとも完全に読み切っていたのか?
喧嘩が強いというのは本当なんだな。素手では敵いそうにない。剣でも敵うかどうか。いや、そんなことよりも…。
「メランド、安全なところへ案内頼めるか?」
「えっ、うん。できると思う」
「じゃあ頼む。先輩!こっちです!」
リベンは手を振ってフランクを呼んだ。
「おう!行きましょう」
フランクは女の怪我をしていない方の手を取って駆け出し、リベンたちと合流して走り、人通りの多い駅の上に広がる公園のベンチに来てひと段落ついた。




