2話
それから日が経ち、その間にリベンとパーリラは少し仲良くなった。
学園の壁に女子生徒がもたれかかって体を預け、ARで表示したニュース記事を読みながら友達との待ち合わせをしていた。
友達がやって来て「おまたせ」と声をかけ、女子生徒はウィンドウを閉じて体を起こし、部活棟の方へと歩いて行った。
入学式前日の朝、寮の自室で身支度を整えたリベンは食堂に朝食を食べにいこうと廊下を歩いていた。寮は男子寮と女子寮に分かれており、食堂や共同談話室がその間にある。
廊下の反対側から歩いて来る人が見えた。
「げっ」
パーリラはリベンを見つけて嫌そうな顔をした。
「おはよう」
「おはよ…朝からあんたの顔を見るなんてついてないわ」
「失礼な。あのことをまだ許してないのか?」
「もう許したわ。そう思っている。でも乙女の心は繊細なのよ」
「どうしろっていうんだ?」
「どうにもできないわ。そういうものなのよ。諦めてちょうだい」
「まあ選手目指さないなら、繊細なことに甘んじててもいいかもな」
「むっ」
パーリラはリベンの皮肉にむかっとしたが、自分の至らなさや甘え気味なところも薄々感じており、自分自身にも怒りが向いた。よく気づかせてくれたと感謝したくなったが、それを言うのはプライドが邪魔した。
「ふん!悪かったわね、ついてないなんて言って」
パーリラはプイと向きを変えて食堂に入って行った。
もしかして謝ったのか?言葉と態度がチグハグでよく分からないな。しかし、目的達成のための有力な情報源だ。仲良くしておかないと。
リベンも食堂に入って朝食を選んでトレーに乗せ、学生証で宙にウィンドウを出してコードを読み取らせて会計した。
この食堂にはサラダバイキングがあり、サラダ単体では重量に応じて料金が発生するが、他の食事を買うとサラダの分の料金は一皿に限り発生しなくなるシステムだ。要するに、料金がかからないのだからサラダも食べた方が得になる、あるいはその分が料金に含まれているから食べないと損になる、とも言える。野菜を食べることを推奨するシステムだ。とはいえ度が過ぎるほど食べられては困るから一皿限りだ。
席をどこにしようか見渡していると席に座っているパーリラが手を振っていて近づいた。
「そこ空いてるわよ。座ったら?」
パーリラは目の前の席を示した。春休みで人が少ないからガラガラでどこでも座れるが。
「え?なんで?」
「あのままだともう話しかけるなと誤解されそうだったからよ」
「え?繊細な心が傷つくんじゃ?」
「傷つくけど、筋トレだって筋肉を少し傷つけて回復させて成長するものじゃない?私の心も少し傷つけて回復して成長するのよ。別に休みで友達が帰省してて寂しいとかそういうんじゃないんだからね」
「あ、ああ…」
よく分からない…。何でよりにもよって情報源がこんなに分かりにくい人なんだ。
「じゃ、じゃあ失礼して」
リベンはパーリラの前の席に座り、手を合わせて朝食を食べ始めた。
「そういえばパーリラはランキング13位らしいな」
「そうよ。ランク戦は18歳以上から3年生の間まで。4年生になった先輩たちが抜けて少し繰り上がったから馴染みのない順位ね。あんたにも負けたし」
学園にはランキングがあり、30位までがランク入りとされる。ランク入りしている人に決闘で勝利するとその順位を手に入れることになり、負けた人はランキングから外れる。順位持ち同士の勝負では勝った方が上の順位になる。ランク入りするとプロチームの目に留まりやすく就職に有利になる。
なお、リベンは入学前の決闘ということで先日の決闘によって順位が動くことはない。
「ランク入りしているということは目標は1位?」
パーリラは少し迷って答えた。
「ええ、そうよ」
なぜ迷った?本当は興味が無いのか?
「本当に?」
「本当よ。私の目的はケンランの競技性選手になって、頂点を目指すこと。校内ランキングで1位を取ることは全く同じではないけど重なる部分はあるわ」
「まあ在学中にランキングで1位を取れずとも、選手として成長して1位はあるか」
「ありえなくはないわね。でも皆成長するんだから在学中じゃなくてもと悠長にやってたら、プロ入りできても差が開いたままだわ。体が出来上がっていない未成年なら在学中には無理というのも通るけど、この学園にいるのは18歳以上よ。体はもう出来上がっているわ」
パーリラは胸をポンと叩いた。
「確かに…暢気なことを言ったな。すまない」
「…まあ、あんたに言われなきゃそのことから目を背けたままだったかもね」
「?」
「心のどこかで1位を取るのは無理だと諦めていたのよ。いや、諦めているが正しいかも。上位陣とは力の隔たりを感じているわ。こんな弱気じゃ駄目だと頭では分かっているけど敗北感が体に染みこんでしまってる…」
「そんなに強いのか」
「あんたも結構強かったけど、一桁相手はどうかしらね」
「ふうん…」
評価してくれたのは嬉しい。俺の力がどこまで通用するのか確かめたくもある。しかし、俺の目的達成には関係のない寄り道だ。そんな暇はない。
「競技性選手で頂点を目指すというのは分かった。でもどうしてそれを目指そうとしたんだ?」
「なんであんたにそこまで教えなきゃいけないわけ?」
パーリラは直前の友好的な態度とは打って変わって壁を作った。
「え?そんな隠すようなことなのか?憧れの選手に近づきたいとかじゃないのか?」
「違うわ。そんな胸を張って言えるようなことじゃない」
何だろう?お金目当てとか?胸を張ってもいいと思うけど人によってはそうは思わないかもしれない。
「この話はおしまい、終わりよ」
「気になるな。これじゃ生殺しだよ」
「終わりったら終わり!大体、私ばかり答えてるじゃない。あんたはどうなのよ!」
「俺の目標?」
「そうよ。聞かせてもらうわ」
真の目的は母の復讐の実現だが、それを言う訳にはいかない。伝えるのは仮の目的と目標。
「俺の目標も競技性選手になること。そして従姉弟たちに勇気を与えること」
「いとこ?どういうこと?」
「6年前、俺の母は病気で苦しんで自殺した。そして俺は叔母のいる家、クース家に引き取られて暮らすようになったんだ。叔母が嫁いだ家は道場をやっていて、叔母はそこの旦那との間に娘と息子を儲けた。この2人が俺の従姉弟にあたる」
「そうだったの…。あの、気を悪くしたらごめんなさい…お父さんは?」
「遺伝子上の父はいるが…。母が身体能力の高い人の精子を買って俺を産んだんだ。父は実質いないようなものだな」
「あんたも…」
パーリラはリベンに親近感が湧き、声色が少し優しくなった。
「あ、いや、それより目的よ。従姉弟があんたの目的とどう繋がるの?」
「ああ。道場は鎗術、弓術、剣術を扱っているが、あまり繁盛していない。従姉弟たちはこれからの時代やっていけるのだろうかと自信を失っている。俺がケンランの選手となって少なくとも剣術はまだまだいけると従姉弟たちを勇気づけるんだ。道場の宣伝にもなるしね」
「成程ね。頂点は目指さないの?」
「高望みせず、選手となって名前が売れたらいいかなって…」
「甘いわね。そんな姿勢じゃ競技性ケンランではやっていけないわよ。頂点を目指さなければあの競争では生き残れないわ。そう元プロ選手のOBOGから聞いているわ」
「確かにそう…だろうな」
偽の目標で本気で考えていないから甘さが出たか?まだ疑われていなさそうだが、このままでは本気じゃないと気づかれかねないから気を付けなければ…。
それにしてもパーリラは気負いすぎじゃないか?いつか潰れてしまわないか心配だ。…別に友達として心配してるわけじゃないから。ただ情報源が潰れて学園を去られても困るからだ。
「ねえあんたの父…」
「ん?」
「いや、何でもない。ごちそうさま。お先に」
「ああ」
何だ?デリケートな話題になりそうだから、やっぱり良くないと思ってやめたのか?家族に関する話はあまり深堀されると俺の母について知られそうだからその方が都合がいい。
学園を追放された母は学園に復讐する手を考えた。そして自分自身が二度とこの地を踏めないことを悟ると、信頼できる復讐者として自分の子に任せることにした。大金をはたいて身体能力に優れた遺伝子を持つ精子を買い、受精させて俺を産み、妹の伝手で道場でユリブラン学園に入学できるように剣術の使い手として育てた。
俺は道具だな。まあ誰しもそういう部分はある。
パーリラは自室の引き出しから封筒を取り出して中の折りたたまれた紙を開き、ベッドに座って紙に書かれた父親の遺伝子情報を読み、溜息をついてベッドに横になった。




