19話 D1
ある日の夜、リベンは気晴らしにジュースを買おうと自動販売機のある寮の男子談話室に行った。部屋にはカーペットが敷かれていて歩くと微かに擦れる音がして、すぐにその音が吸い込まれていく。酸味と清涼感を求め、柑橘系とスパイスの入ったものを買いに来た。
そこではトモイとヴァンが机を囲んで座りノートを広げて何か考え込んでいた。
「こんばんは。何してんの?」
「ん?やあリベン君、部活の脚本を考えていたところ。でもどれもしっくりこなくて…。一旦寝かせよう」
ヴァンはノートを閉じた。
「そうだ、8位に上昇おめでとう」
「ども」
「次は7位に挑戦かい?」
「うーん…まだ考えていないけどいずれは」
「7位は競技性コース3年生のフランク・ハイブリッジ。ランキング上位なのもだけど、女の子たちにモテモテで有名」
「いいなあ。僕も彼女沢山欲しい」
「もし勝てたらだけど、恨まれないか?」
「無い無い。あの人は仮にランク外でもモテると思うよ」
「へえー。それなら大丈夫か」
トモイはウィンドウでフランクの決闘の映像を探し出し、リベンは近くの自販機でジュースを買って2人の机に戻っていくと画面共有された映像が流れていた。
剣術の動きというよりは体術の動きのような印象を受ける。時々だが癖なのか剣を活かすというよりは拳の先に剣がついているかのような動きを見せる。相手のフェイントにも一切動じることなく度胸があるのか読み切っているのか。
「フランク先輩は何か格闘技やってるのか?」
「格闘技はやってないみたいだけど喧嘩が強いらしいよ」
「喧嘩か、成程それで…」
喧嘩で培われた度胸と動きか。それなら納得だ。それに喧嘩が強いとモテそう。
映像は終了してリベンはジュースを飲んだ。
「知ってるかい?女性の方が結婚相手に自分以上の学歴や収入を求める人が多いそうだよ」
ヴァンは突然関係無さそうな話を始めた。
「そんな気はする。男女の意識の差というやつだな」
「だから高学歴や高収入の女性は求める相手の選択肢が狭くなるそうだよ」
「成程。だけど何か関係あるのか?」
「校内ランキングも同じさ。学歴や収入に該当する。自分より弱い人とは付き合いたくないと考える女子生徒は多い。多くの女子ランカーは自分より上の順位の人としか付き合いたくないという訳だ。6位のクールビューティーなお姉様に相手と認識されたければ先輩に勝つか更に上の順位を取ることさ」
「5位のザーク先輩は演技性選手で唯一の一桁台。リベン君は競技性選手志望としてはエンターテイナーに負けたくないよね?」
2人はリベンを煽り、さらにランキングの上を意識させた。
「ちょっと待て。まだ7位すら倒してないのにそんな先の話をされても」
「9位、8位と連勝してるからいけるだろう?」
「どちらも僅差での勝利だ。次は勝てるか分からない」
止めないと1位まで順に煽られそうだ。そんな順調に上がっていけるとは思えない。それに、ヴァンの言うように女子生徒が自分より強い人としか付き合いたくないという話の通りなら、俺の目的達成のためにパーリラの好感度を稼ぐには彼女の13位より上の順位を維持していればそれで十分。逆に言うと13位より下では何してもパーリラの好感度は上がらないかもしれない。もしかしてトレアルとの決闘はミスったと思ったが結果オーライだったのか?まあ倒すのは12位でも良かったわけだが。
「そうだ、思いついた!」
ヴァンはノートを開いてペンを持った。何か話が思い浮かんだ様子で矢印や星マークなどを描きこみながら文章を書いていた。
「何?どうした?」
「フランク先輩の話が出たから思いついたよ」
ヴァンは記憶が薄れたり興奮が収まったりする前に急いでメモを書いた。急なことだが、思いつくのは急であるため仕方ない。
「思いついたのは、恋する女の子。モテて多くの女の子に迫られているとある男のことに恋する女の子だ。ライバルが多い。最初はそれとなくアピールするが効果なく、段々と直接的にアピールしていく」
「いじらしいね」
「しかしそれでも落とせない。嫌いなら嫌いと言って!いつまでも期待しちゃうじゃない!と片想いし続ける辛さを吐露するわけだ。その後は通じ合って報われる」
「つまりグッドエンドかい?」
トモイは不服そうに聞いた。
「そうなるな。不幸な人が幸福になる方がウケが良くない?」
「バッドやビターの方が響くと思うよ。失って大切さを嚙みしめることができるのさ。人生の先輩からああしろこうしろと言われるよりも失敗談を聞く方が効く」
「短編や90分程度の劇や映画ならそれもいいけど、もう少し長めだからな…客は納得しないだろう」
「じゃあ脇役は失敗したパターンのバッドエンドで、主役の方は成功パターンのグッドエンドで対比するというのはどうだい?」
「悪くないがそうすると話が増えるな。そこまで尺があるかな…」
ヴァンとトモイの2人は何やら難しいことを話し始めた。
「俺はよく分からないのでこの辺で…」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
空き缶を回収ボックスに入れると、空の缶同士が当たる音が鳴った。そして男子談話室を後にして、自室に戻り授業の復讐をしてから外の街並みを眺めつつ歯を磨き、最後に眠りについた。
翌日の学園。リベンは休み時間の次の授業の教室へ移動中に廊下で女子生徒に声をかけられた。
「ベンちゃん?ベンちゃんだよね?」
リベンは足を止めて声の方を向いた。ゆるふわでフェミニンな雰囲気の女子生徒が恥ずかしそうに小さく手を振っていた。
「やっぱりベンちゃんだ」
「あの…どちらさま?」
「私だよ。クロだよ。ミクロナ、ミクロナ・デカレター。ほら、小さいころに一緒に遊んだ」
「クロ…」
リベンは聞き覚えのある名前で記憶を辿った。
小さい頃に聞いたような…。クース家に住む前…いや通う前か?その頃に住んでいたところで近所の子たちと遊んでいた。そうだ。そこにいた一人、クロちゃんだ。その顔に面影がある。恥ずかしがり屋で無言で裾を掴んでついてきたりしたっけ。
「クロちゃん?本当に?」
「本当だよ。思い出してくれた?」
「小さい頃のことであんまり覚えてないけど…うん、確かにクロちゃんだ」
リベンはじろじろとミクロナを見ると、彼女は恥ずかしそうに目を逸らして拳をきゅっと握った。
「クロちゃんの方から話しかけられるなんて。恥ずかしがり屋は治ったみたいだね」
「あの頃よりは良くなったけど、他の人と比べたら全然だよ。こうして話しかけるのだってもっと早く気づいていたのに遅くなっちゃって…」
ミクロナは目を伏せて頬を赤らめ、手を組んで左右の親指をくるくると回した。
「でもこの学園、人前に出る選手を目指す人多いんじゃないの?大丈夫?」
「私、経営コースの2年生なんだ。だからそこまで」
「じゃあ先輩だ。敬語使わないとですね」
「そんなの寂しいよ。昔と同じようにして」
ミクロナは指を止め、恐る恐る覗き込むように上目遣いでリベンを見た。
「そう?クロちゃんがそれでいいなら、そうするよ」
「うん。こっちの方がいい」
ミクロナは顔を上げて優しく微笑んだ。
「経営者でも人前に出たり、色んな人と話したりするんじゃないの?」
「そうだけど選手みたいに大勢の観客の前ってことは無いよ。大勢の人の前で話すことはあっても会見や説明会くらいじゃないかな。それに私そこまで上に行けるか分からないし…」
「確かに選手と比べたら少ないか」
「ねえベンちゃん。シロちゃんのこと覚えている?」
「ああ。クロちゃんの思い出と一緒に思い出した」
シロちゃんも小さい頃に一緒に遊んでいた子の一人。美少年な顔つきに似合わず野蛮というか乱暴というか。でも悪い奴じゃない。やや粗野なところがあるが活動的で俺たちをぐいぐいと引っ張っていった。俺はクロちゃんほど人見知りではなかったが、それでもシロちゃんほどやんちゃでもなかった。
「シロちゃんがどうかした?」
「シロちゃんもこの学園にいるんだよ。私と同じ2年生。競技性コースで別々だけどね」
「本当に?」
「しかもランキング入りしてる」
「へえー…それはぜひ手合わせ願いたいな」
「シロちゃんも喜ぶと思うよ」
予鈴が鳴り、間もなく休憩時間終了を知らせた。
「あっ、もう行かなきゃ」
「俺も。またな」
「うん、ベンちゃんまたね」
2人はそれぞれ別の方向に歩き、それぞれ次の授業へと向かった。このささいな再会でリベンの行動はまた少し変わることとなる。




