18話 E5
リベンは午後のトレーニングの授業後、順位を賭けて決闘を受けて勝利し、3件を達成してその日の受付を終了し、考え事をしながら歩いていた。
どうしたものか。パーリラとはまだエジンの話を聞けるほどの仲ではない。まだ時間がかかりそうだ。アペソン先輩もパーリラが言わないなら喋らないだろう。パーリラとの仲を進めるにはまだ時間がかかりそうだから、その間に他の線からも学園長について探りたいところだが…。
「あっ、リベン」
ロッカーに荷物を取りに帰ろうとしていると、制服姿のメランドに会った。寮生はトレーニングの授業後はジャージのまま荷物を持って寮に帰ることが多いが、自宅から通っている彼女は制服に着替えて帰る。
「決闘見たよ。私には難しくてよく分かってないと思うけど、光の軌跡が派手で面白かった」
そうだよな。真剣より雪剣の方が派手だから観客ウケいいよな。真剣だと危険性だけじゃなくそこもネックだと思う。
「これで8位になったんだよね。すごい!おめでとう!」
「ありがとう」
メランドが近づくと本人の匂いと石鹸の匂いが混ざり、いい香りがした。学園のシャワー室は主に通学の生徒がトレーニングの授業後に使っている。春休みにはパーリラも使っていて遭遇した。
「あいつもこれくらい素直だと楽なんだけどね」
「女の子と話してる時に他の女の子のこと考えるなんて感心しないな」
「ごめんごめん。あれ?女の子なんて言ったか?」
「言ってみただけ。でもその反応は本当っぽいね」
メランドは悪戯っぽい笑みを浮かべてツンツンとリベンの胸を突いた。
「してやられた」
「あはは」
彼は匂いに惑わされて思考力が落ちている。
「ねえ次の部活の時に買い物に行くんだけど付き合ってくれない?お店知ってた方が後々いいでしょ?」
「そうだな…じゃあ付き合うよ。何を買うんだ?」
「巣箱が壊れちゃってて作り直すんだ。駄目になったのは交換しているんだけどストックがもう無いんだよ。回収したのはこんな感じ」
メランドはウィンドウを出して写真を探し、共有してリベンに見せた。木の巣箱の写真が複数あり、一部がカビたり腐ったり、割れたりしていた。
ウィンドウの端に通知が映りこんだ。メランドは指で押しのけて通知を引っ込めた。一瞬のことでよく見えなかったが寄付を募る趣旨の通知だった。
「またか…」
「金持ちだろ?少しくらい出せばいいじゃん」
「リベンは誤解しているよ。私は別にお金持ちじゃない。そんな余裕ないよ」
「親が社長なんだろ?」
「そうだよ」
「会社の経営が厳しいのか?」
「そういう意味じゃなくて…うーん、どこから話せばいいか…」
メランドはウィンドウを閉じて少し考え、肩にかけた鞄をかけ直して話し始めた。
「うちは経営者なんだよ。雇われの身で月にいくらの収入が必ず入って来るというわけじゃない。お客さんが来ないと収入がない。収入がある時とない時の両方があるということ。加えて、何もしてなくても賃料や電気代、従業員への給料などでお金が出て行くし、投資や宣伝などにもお金が要る。近所付き合いや寄付もね。この寄付は会社としてのもので個人としてのものじゃない。上手くいかないとマイナスになる」
メランドは人差し指を顔の前に出して上に動かしながら続けた。
「上旬は客入りが良くて、お金を沢山得たから好きなもの買おうとか金持ちとして責任を果たすべく人に恵もうとか調子に乗っていると、下旬は客入りが悪くてマイナスなんてこともある。尤も、それですぐに首が回らなくなるほどギリギリじゃないけどね。半年は生活できる現金があるし、資産を売れば何年かは生きていける。でも元手であるホテルが無くなれば稼げなくなる。死の宣告が見えるというプレッシャーがある」
彼女は指を下ろして拳を握った。それは不安に立ち向かっているようだった。
「稼げている時期と稼げていない時期の両方があるから、稼げていてお金がある時に調子に乗っていては破滅する。好き放題に使えるわけじゃない。だから私はお金持ちじゃない」
「そういうものなのか」
「少なくとも私の家はそう。リベンの家は道場なんでしょ?道場もそうじゃないの?」
メランドは握り拳を解き、声から緊張の色も失せつつ尋ねた。
「確かに道場だけど…俺は経営に関わってないから分からない」
「そうなの?まあケンランの選手になるなら関わらないものね」
「しかしどれだけ稼いでも財布の紐が硬くて稼いでいない時と同じじゃやる気出ないんじゃないか?」
「機械のように一切の感情を押し殺してやるのは無理だよね。妥協点として、気分に流されずルールに従うことにしているよ。目標を超えたら臨時報酬が出る。その時だけはその範囲内で財布の紐を緩めることができる。もちろん前借は許されない」
「厳しいんだな」
「私にとってはこれが普通だから。厳しいとは思えない」
メランドはそう言った後にハッとして、やってしまったと後悔して俯いた。
「…ごめん、こんな守銭奴つまらないよね?」
「そんなこと無いよ。それだけじゃ面白味に欠けるかもしれないけど、お前はそれだけじゃなくて楽しい奴だ。むしろ新しい面を知ることができて面白かったよ」
財布の紐が固い人は、お金をじゃんじゃん使う人に比べたら面白くはないかもしれないけど、しっかりしていていいと思う。恋人としては物足りないかもしれないけど、伴侶としては良いのではないだろうか。こんなこと面と向かって早々言えないけど。物足りない時は恋人と遊びで過ごせばいいし…いや浮気は良くないか。
「本当に?」
「本当。誇っていい」
「そう言ってもらえると嬉しい…」
メランドは守銭奴でつまらないと言われて失敗してきた経験から、リベンには守銭奴と思われてつまらない奴と思われることに恐怖していた。しかしそれは杞憂に終わり、安心して笑みが零れた。
「じゃあまたね」
「ああ、またな」
メランドは手を振ってスキップしながら帰っていった。
夜の閑静な住宅街にメリハリの利いた色合いでスタイリッシュな造りの小さな家があった。その家の地下室で、ケンラン協会会長と後輩の協会員が酒を飲んでいた。天井から吊り下げられた照明はランプシェードでテーブル回りだけを照らして周囲は薄暗く、秘密を包む闇のような安心感があった。
「言ってきたのさ。ケンランは娯楽であり、衣食住のように必要なものではないと思われることがありますが、人が生きる上で心の栄養は必要です。ケンランはその心の栄養を供給でき、無くてはなりませんと」
「立派じゃないですか」
「欺瞞だよ。心の栄養が必要なのはそうだが、ケンランがそれを満たす唯一のものでもない。かけっこしたり歌ったりしてた方が安上がりだし健康にもいいことだろう。ケンランが必須などというのは真っ赤な嘘だ」
「何もそこまで…。ちょっと盛っただけですよ」
会長はフッと自嘲的に笑い、グラスを傾けて酒を飲んだ。
「いいや、嘘だ。嘘だと皆分かっている。しかし嘘だと分かっていて受け入れている。それはなぜか?お金になるからだ。金の切れ目が縁の切れ目。我々が稼げなくなれば、不健康やら不倫問題やらの問題だらけのケンランは批判を受けて消えることだろう」
「でしたら健全でクリーンにすれば…」
「無理だと思うよ。優等生ばかりではケンランはつまらなくなり売れなくなる。それこそ破滅だ。俺は無理だと思うね。ただ、違う考えがあることを否定はしないし、時流が変わった未来では通用するかもしれない」
後輩は表舞台の会長との違いに動揺しつつも自分に心の内を見せてくれたことに優越感を感じていた。
「嘘だと分かっていても話を合わせることは普通のことだ。国としては公共の利益を考え、特定の人が得するようなことはできないと言う一方で、一部の都市の再開発や成長産業投資などを行う。人々は平等だという姿勢は嘘だと分かっていても平等だと話を合わせている。それに従う方が得だと思えるほどの力を示せているから、従う方が生活できると示せているから、稼げると示せているから。夏にストーブ売りとアイス売りに平等に出資してたら貧しくなるだけ。アイス売りにだけ支援すれば不平等だが豊かになる。その時流に合わせたものを優遇するのは当然のことだ」
会長は前屈みに座り直して後輩の顔を見た。
「重ねて言うが、我々ケンラン業界は世の中に必要なものだという嘘を人々が受け入れているのは、その方が得だからと示せているからだ。存続にはこれからも得であると思えるように稼げる運営をしなければならない。客が対価を払う価値があると思えるような魅力的なものを提供しなければならない。余裕は無いんだ。調子に乗って余裕ある者と自負し、同情や憐みで甘くなれる余裕なんかない。いいね?」
「はい。私も大好きなケンランを存続させるべく頑張ります」
会長は微笑み、後輩と静かに乾杯して酒を飲んだ。
ケンラン協会はメランドの家よりも規模が大きいがそれを理由に安心できず、彼らもまた一生懸命な守銭奴であった。




