16話 B8
亜綿郎は見てきたこの世界の状況を振り返っていた。人間では得られないような情報もその力で得ることができ、天敵もいない高度な存在としてそこにいた。
この世界には元居た世界とは違う不思議な物質があり、動物を斬りつけても麻痺させるだけの雪剣や、眼鏡不要のAR技術などを実現している。
ARが浸透して空中のウィンドウに指を当てて操作することが多いが、触れた感触はなく反発が無いので疲れやすく楽しさもないようだ。キーボードやボタンのような感触のあるものが好まれている。そのため、この世界の主要な携帯電話はガラケーのようにボタンが付いている。閉じた状態ではARウィンドウを出すことができ、開くとボタンで操作できる。屋外では胸ポケットに挟んでARを前に表示する使い方がされることが多い。
世界は企業が支配し国境が無くなり…といったSFで見かけるようなこともなく、様々な国が存在して国境を守っている。セレネベセアは主要国が利用する港を要するため、攻撃すれば自分たちもただでは済まず、主要国未満の攻撃力ではこの国の防衛力を突破不可能のため、比較的安全と考えられている。しかし主要国でも自分よりも相手の方がダメージが大きく効果が見込めるならセレネベセアを攻撃しないとも限らない。
とはいえ交易に便利な場所であることや政治安定性などから、低い確率で突然台無しになるリスクを許容できれば投資先として有力な場所であり大都会として発展している。
変わった物質こそあるが、いわゆる魔法的なものはこの世界に見受けられない。しかし流石に全てを見てきたわけではないため無いとも言い切れない。何より自分自身が不思議な存在であるのだから、不思議なことの一つや二つあってもおかしくない。
朝のユリブラン学園、生徒たちは登校して各々自分たちのクラスへと足を運んでいた。
「おはよー」
リベンは教室に入り、誰に向かって言うでもなく教室の空間に向かって朝の挨拶をして自席についた。
「おはようトモイ、ちょっといいか?」
「おはよう、何かな?」
リベンは後ろの席のトモイに声をかけ、トモイは何かを読んでいたウィンドウを閉じて耳を傾けた。
「ランキング8位のロバーツ先輩を知ってるか?」
「ああ、知ってるよ。変わった人だよね。どうしたんだい?」
「決闘を申し込まれた。それで昼に決闘がある」
「ほんと?それはぜひ見たいな。野性的な獣のような攻撃スタイルで見ごたえがあるんだ。雪剣の光の軌跡が激しくて面白くてさ。それで決闘の理由は?」
「トラブルは何もなかった。ただ戦いたいからと」
「へえー…そういえば以前も一つ下の順位の人が変わると戦っていたっけか」
「昔からそうなのか。まあ戦ってみたくなる気持ちは分かる。新鮮だもんな」
「本当にそうかな?」
「というと?」
「次のターゲットとして準備を整えて挑んでくる前に叩き潰して苦手意識を植え付けようという作戦じゃないかってことさ」
「それはどうだろう?準備不足はお互い様だし、直接対決で手の内を見せることの方が損に思える。ただ戦いたいだけだと思うよ」
「そうかもね。変わった人だから。なにせ魔女ツーホ・ルベンシュの後継者と名乗っている」
「何?」
リベンは想定外の母の名前にとっさに反応してしまった。しかし、傍からは魔女という妙な言葉に反応したように見え、不自然さは生じなかった。
なぜ母さんの名前が出てくる?ロバーツ先輩とは何者だ?親戚で聞いたことは無いし母さんは弟子を取って無かったからその線もない。どういうことだ?
「その人と先輩はどういう関係なんだ?」
「関係は無いと思うよ。ルベンシュ先生は20年くらい前に問題を起こして学園を追放された研究職の教師で、先輩は生まれてさえいないのだからね」
この話題は気になるものの強い関心があると思われるのも、深く調べられて俺の親だとバレるのも自分の首を絞めかねない。急に興味が無くなるのも変だし、違和感のない程度に…。
「そもそもどうして生まれる前にいた教師のことを知ってるんだ?ああいや、調べれば出るかもしれないが、そうだとしてもなぜ?」
「何か噂があって、何だったかな…」
「黒魔術よ」
登校したパーリラが近くにやってきて話に加わった。
「おはよう。変な言葉が聞こえたけど?黒魔術?」
「おはよう。そのルベンシュって研究者は黒魔術をやっていたという噂よ」
「そうそう、思い出した」
トモイは指をパチンと鳴らしてモヤモヤが取れた喜びを示した。
「そんな馬鹿な、魔法なんてない」
「無いとは言い切れないさ。それに重要なのは彼女が魔法を使えたかではなく、黒魔術に見えることをしていたということ」
「一体何をしたんだ?」
「噂では雪剣を改造して非殺傷性を失わせ、戦わせて負けた方を生け贄にしていたらしいわ」
「その理由は生け贄を捧げて悪魔を呼び出し、永遠の命を求めたとか、結ばれない人と結ばれる理想郷に旅立とうとしたとか」
「馬鹿な、そんなものあるわけが…」
「あくまで噂よ。怪我人が出た話や追放された研究者の話が合わさって話が盛られたんだわ、きっと」
「噂というけど、お前の母親は真実を知ってるだろ」
俺の母さんの追放にはパーリラの母、エジン・ベルウッドが関わっている。他の教員たちに掛け合って母さんを追い出したのだと聞いている。しかしこのことを言うとなぜそんなことを知っているのか問われてまずいため、別の切り口でいかなければならない。
「その事件前から学園にいて教師やってたんだろ?今は学園長で色々な情報にアクセスできるだろうし、真相を知ってるだろう」
「そういえばそうだね」
「嫌よ、こんなことであの人に頼りたくないわ」
パーリラはぷいっと向こうを向いて去っていった。
「不機嫌にさせちゃったようだね」
「まあ大丈夫。私も大人げなかったわとすぐ戻って来るだろう」
しかし今日は随分と短気だな。仲の悪い母の話はしたがらないから、話題に出したらもう口利いてやらないという態度を示したのだろうか。まああいつの言動が分かりにくいのは今に始まったことじゃないか。
「そうだといいけどね」
「真相は分からずじまい。それよりもロバーツ先輩の戦闘データはあるか?」
「動画があるよ。直近の決闘の様子だとこれかな」
トモイはウィンドウを出して検索し、画面を共有にして新しい順で再生した。動画によると攻撃的な戦闘スタイルで、軽い攻撃を繰り返した後に前に踏み込む重い攻撃で決めている。軽い攻撃だが大仰で荒々しい雰囲気を纏っている。
「野性的で攻撃的なスタイルだね。カウンター型のリベン君とは真逆だ」
「真逆?…どうかな?」
「どういう意味?」
「ああ…それは…ん?」
リベンは集中して動画を見て答える余裕がなかった。トモイは仕方ないと諦め、動画を黙って見た。
予鈴が鳴り、トモイはウィンドウを消し、リベンは両肩を後ろに回して伸ばした。
「ありがとう。一部だけだろうけど分かった」
「どういたしまして。決闘頑張ってね」
「ああ」
リベンは椅子に座り直して前を向き、朝のホームルームを待ちながら頭の中でどう戦うか考えた。
この少し前、パーリラは寮の友達たちと喋りながら登校していた。
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「リベン君はあんたに気があると思うな」
「違うわ。あいつが私に親しくするのは私が学園長の娘だからよ。本当は知ってて近づいてきたのよ。便宜を図ってもらおうとして」
便宜を図ってもらう目的以外は当たりである。
「そうかなあ?」
「きっとそうよ」
「裸を見たのも計算のうちと?」
「普通逆効果だからしないでしょ?」
「それは…偶然よ」
実際偶然である。
「でもさ、偶然ならもう運命じゃない?」
「そうそう。あれで仲直りできるって運命に導かれているとしか…」
「あんたたち、自分のことじゃないからって無責任に焚きつけて!」
「だって面白いんだもん」
「修羅場が見たい~」
「あんたたちの思い通りになんかならないわよ!」
パーリラは自分で言って自分で不安になった。リベンが本当に自分を学園長の娘として見ているだけではないかと。彼が自分に学園長に頼むようなお願いをすれば反射的に拒否してしまう心情となっていた。
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