15話 C4
「ということは本当に姉妹のように暮らしたわけですね」
「中学卒業までね。それ以降はあの子は学園の寮で暮らすようになった。ちなみに私は高等部じゃなくてあなたと同じように18で入学だよ」
「そうでしたか。しかしどうしてパーリラは寮に?」
「あの子をユリブラン学園に入れるように育てることがエジンさんとお母さんとの約束だったから。約束を守れなければ莫大な違約金が発生する。あの子はエジンさんの家に住むのは嫌がって寮を選んでこの形になった」
多分その時には既にベルウッド親子の仲は悪かったのだろうな。
「こう言うとエジンさんが違約金で脅しているだけの人みたいに誤解するかもしれないけど、そんなことないからね。お母さんはお手伝いさんを派遣してもらって大助かりだったと言っていたわ」
「成程…。ところでエジンさんは普段はいなかったのですか?」
「たまにお菓子やおもちゃを持って様子を見に来るくらい。忙しい人だったから」
「そうですか…」
親子の不仲はそれが原因だろうか?まだ何かあるかも。
「そういえば先輩のお父さんは奥さんが代理母やるのに反対されたりしなかったんですか?」
「それは…」
アペソンは目を逸らして言い淀んだ。
「うちは母子家庭だから。お父さんいないんだ…」
「そうでしたか、すみません…」
「気にしないで。謝ることないよ」
あれ?何か変だぞ。
「それだとエジンさんが、片親だけで大変な状態の先輩のお母さんにもう一人の子供を育てさせているように思えるんですが…」
「それに関してはお手伝いさんを付けてくれたから私が生まれた時よりも楽になったみたい」
「それならいいですが…」
アペソンはお茶を飲み目を閉じた。言おうか少し迷った後、お椀を置いて話を続けた。
「私のお父さんはどこかの社長さんだと聞いた。私は会ったことない。養育費は貰ってるみたい」
「社長…?」
「そう。その社長さんは妻とは政略結婚で結婚したけど、本当に愛していたのは私なんだとお母さんが言っていた。でも立場が立場だから結婚後はもう会えないって」
「……」
「正直なところ、自分が本当に愛されているというのはお母さんの思い込みだと思う。そんな人がもう会わないなんてするとは思えない。私が知らないだけで会っているかもしれないけど」
「リップサービスの可能性はありそうですね」
「そうよ。穏便に別れるためにそう言ったのかも。社長というのも本当かどうか。社長ということにした方が都合いいからそう名乗っていただけなのかも」
「ありうる話ですね。でも嘘とも限らないんじゃないでしょうか?」
「そうかな?本当に好きなら離れ離れで平気なんてことある?」
アペソンはピンとこない様子で椅子の肘掛けに肘を置いて頬杖をついた。
「あると思いますよ。もう会えなくて寂しくともその心を癒すものはあります。何も家族や会社を全部捨てて恋人と逃避行しなかったから愛情が無かったとは言えないでしょう。家族や会社も大事だから穏便に別れたのかもしれません」
「うーん…そうなのかな?」
「可能性の話ですから先輩の説が正しいかもしれません。実際のところは本人にしか分からないでしょう」
「そうね。でもお母さんは満足しているようだし、調べて疑惑を抱かせる必要はないから、分からないままになりそう。別にそれでいいと思っている」
「分かりました。それにしても、本当に社長だったら遺産争いに巻き込まることになったりして…」
「ふふ、それは嫌ね。要らないって言えるようにしっかり稼がなきゃね」
社長か…社長令嬢を知っているが、いやまさか。
アペソンはお椀を持って少しだけ残っていたお茶を飲み干して置いた。
「結構喋ったね。そろそろ部屋に戻ろうかな」
「そうですね。ありがとうございました」
「こちらこそ私の話も聞いてくれてありがとう。方向性が見えたよ。そうだ、いいこと思いついた。舞台の上では脇役でも、自分の人生は自分が主役ってね」
2人は立ち上がって、空の湯呑を持って返却台へと歩いた。返却台にある水桶に湯呑を入れると、小さくチャプンと音がした。
「私たちはこの談話室で地味な会話をしていたけど、校舎の方ではもっと派手なことが起きていたかもしれない、学園の外や海の向こうにはもっと派手なことが起きていたかもしれない。客観的に見たら脇役ですらない背景かもしれないけど私の人生の主役は私」
「いいと思いますよ」
「リベン君もだよ。リベン君の人生の主役はリベン君。またね」
アペソンは廊下で女子棟の方へと歩いて行った。
確かに相手のことを考えて引く人だった。母がそう信じているならそれでいいと引くところにもそれが現れていた。相手を気遣えるのはいいことだから捨てずに済んでよかった。
それにしても自分の人生の主役は自分か。客観的に見てどうかではなく、主体的に見てそうだという話だ。果たして俺はどうだろうか。母の復讐代行が中心にあるように思える。とはいえ人はやりたいことだけをやっていては生きていけない。人の頼みを受けるのは普通のことだ。
リベンは自分の部屋に戻り、先輩から聞いた情報を手帳にメモして本棚の隠し場所に戻した。
それから勉強や学園の調査を行い、休憩で昼食と昼寝挟んだ後、再び勉強と調査を行って過ごした。
月曜日、リベンが校舎の下駄箱で行内サンダルに履き替えているとメランドに声をかけられた。
「おはようリベン。私の貸した部室の鍵はちゃんと持ってる?無くしてない?」
「おはよう。今日は部室に行かないと思って部屋に置いてきた」
「見せないってことは、まさか無くしたんじゃないよね?」
「そんなわけないだろ。ちゃんと引き出しにしまってある」
「あはは、冗談だよ。じゃ、また金曜に部活でね」
メランドはリベンの肩をポンと叩いて自分の教室の方へと小走りしていった。
朝は落ち着かない奴だな。夕方には大人しくなっているのだが。普通、朝は眠くて大人しいものじゃないのか?あいつ朝に強いのか?
「リベン君、今の子は誰?」
廊下にいたアペソンが尋ねた。
「あっ、おはようございます、先輩」
「誰?」
「先輩は彼女をご存知ありませんか?」
「学園内で見かけたことはあるけど誰かまでは知らない」
メランドは内部進学組でアペソン先輩は3年生だから、どこかで見たことはあるのだろう。
「メランド・エルダーバレー、同じ部活の部員ですよ」
「ふーん、知らない子ね。パーリラのこと聞いておいて他の子と仲良さそうじゃない」
「先輩は何か誤解してます。そういうのじゃないです」
「そう…。あっ、ごめん、こんなこと聞くのあの子にとっても迷惑だったね。気を付けるよ」
アペソンはパーリラの邪魔になるのは不味いと思い、すぐに切り上げた。パーリラと親しくしてると鬱陶しい姉がついてくるのか…と思われるのは彼女の邪魔になると考えた。
妹が心配なシスコンっぽさがあるが、同時に相手のことを考えて止まれる。考えすぎるきらいはあるが。
「妹さんが心配のようですね。でもあいつ打たれ強いから大丈夫ですよ」
「ふふ、そうね。余計な心配して損したことが何度もあるわ」
「…何となく想像できます」
「じゃあまたね」
「あ、はい。では」
アペソンは軽く手を振って自分のクラスへと歩いて行った。
リベンも自分のクラスへ行こうと廊下を歩いていると、男子生徒が腕を伸ばして壁に手を当ててリベンの通行を遮った。
「何だ?」
「我が名はロバーツ、ロバーツ・シダーライスフィルド。競技性選手コースの2年生」
「先輩でしたか。通して下さい」
「お前に決闘を申し込む」
「9位目当てですか」
「否、我は8位である。我が勝っても順位は変動しない」
「では何が目的です?」
ロバーツは壁から手を離して腕組みをした。
「お前と戦いたくなった。それだけだ」
「勝っても順位の変動なし、負ければ順位が下がる。先輩にメリットがあるように思えませんが…」
「あるとも。楽しい試合ができる。負けても一桁台に留まるなら安いものだ」
そう言われればそんな気がする。変な事賭けられる前に受けておく方がいいか。
「決闘は昼休みにそこの広場でどうか?放課後の方が良いか?」
「では昼休みで。決闘を受けます」
リベンは学生証のボタンを押してウィンドウを出して決闘申請を受けた。
「では楽しみに待っているぞ」
ロバーツは腕組みを解いてリベンの横を通って階段の方へと歩いて行った。
「ククッ…我こそがツーホ・ルベンシュの後継者。我が試合を敬愛する魔女に奉げよう。ククク…ハーハッハッハ!」




