14話 C3
一方、学園の建物の壁の前では男子生徒が3人の女子生徒に命じられて膝をつき、壁に向かって頭を下げさせられていた。女子生徒のうち1人はランキング20位のランカーだった。
「もっと頭を下げんか」
女子生徒は男子生徒の頭を抑えて下げさせた。
「は、はいい~。申し訳ありませんでしたあ!」
彼はデートのキャンセルにイラつき、休日で人気がない学園の壁を蹴ったところ、部活の用事で校舎に来ていた彼女たちに見られてこうなった。
「鬱憤を壁にぶつけるなどと…我らの学び舎への敬意が足りん」
「学園の守護神様、どうか彼をお許しくださいにゃあ」
「足蹴にするなど野蛮ですわ。ちゃんと綺麗にしておいてくださいまし」
「うう…分かりました」
女子生徒たちは返事を確認してその場を離れて部活棟へ向かった。
再び寮の共同談話室。アペソンとリベンが椅子に座って話をしていた。
「どうしてパーリラにあの子の好きなお菓子をプレゼントしようと思わなかった?」
「え…それは迷惑かなと思って…」
「そうだよね。私もそう思う。相手のことを考えて引いてしまう」
アペソンはしょんぼりと頷いた。
「…?」
「でもケンランで主役を張れる人は、私たちみたいなことを考えないと思う。私が好物をあげるのだから良いに決まっていると言わんばかりの自信や自己愛を持っている。そしてそのオーラが主役の輝きを放っている」
「そうなんですか」
劇はよく知らないが、そっちのコースで学んでいるアペソン先輩が言うのだからその通りなのだろう。
「悪口を言うつもりじゃなくて…そう、私の憧れ。主役を取るような人はみんな我が強くて自己中心的で、こだわりがあって意固地。多分、ケンラン選手に限らず優れた表現者はみんなそう」
「…確かに文豪や音楽家にそんなエピソードを耳にしますね。でも自己満足ではなく売れるようにするために自分らしさやこだわりを捨てて客に合わせるものではないですか?それに才能があるから許されているだけで、そうじゃなかったら悲惨ですよ」
「悲惨というのはそうね。だけどリベン君が言ったように、自分らしさやこだわりを捨てて客に合わせるというのが、私にとっては、相手の気を遣って遠慮するという私らしさを捨てて我の強さを持つことだと思うの。気を遣って存在感が薄い主役なんて変でしょ?」
「それを言われると…そうですね。でも…」
リベンは斜め下を向いて机をぼんやりと見て、曲げた人差し指の背を顎に当てて考えた。
何かが引っかかる。確かにアペソン先輩の言うように、舞台の上の主役は目立ってなくては変だ。それが我の強さなどから来る肯定感、そして存在感に繋がるのだろう。だからアペソン先輩の相手を気遣う性格のままでは主役は無理だと。…理に適っているはず。しかし何かが引っかかる。
才能がある人は無意識にできることを、才能が無い人は理論で行うものだ。元々主役向けの性格の人、つまり主役の才能がある人が無意識にできることを、理論的に行おうとしている。それだけのことなのに俺は何が引っかかっているんだ?
「ふう…似たタイプに聞いてもらえて、自分の考えに自信が持てたわ」
アペソンは少し寂しそうだが安心したような顔で椅子の背にもたれかかった。
まずい。このまま沈黙では話が終わってしまう。でもパーリラの話に戻るのなら好都合じゃないか?いや、こんな状態で戻るのは嫌だ。先輩が何だか気の毒じゃないか。人柄がいいと聞くのに、性格を変えてそれを捨てようなんて。そもそもこれが考えすぎか?
「劇の間だけ我の強い性格に変えるということですか?」
「それじゃ弱いと思うわ。普段から変えて行こうと思う」
「それは勿体ないような…」
「でも自分を変えなければ成長できず役者になれない。お金稼ぎはありのまま好き放題にやってできるような簡単なことじゃないでしょ?皆自分を律してやるものよ」
役者になれない…?主役にはなれないだろうけど…そうか!引っかかっていたのはそれだ!
リベンは目を見開いて顔を上げた。
「あの、俺は素人なので分からないのですが、脇役じゃ駄目なんでしょうか?劇は主役だけじゃないと思いますが」
「主役を目指さないと駄目でしょ?脇役で満足するのは向上心が足りないと思うわ」
パーリラと似たようなことを言っているな。競技性選手は頂点を目指すものだが、演技性選手は主役を目指すもの。…本当にそうなのか?
「アペソン先輩の言うように我の強い、こだわりの強い、個性的な人が主役に向いていて、それらと逆の協調性が高い人は主役に向いていないのかもしれません。でも登場人物全員の我が強かったら、その劇は上手く行かないと思うんですよ。全員が目立って潰し合っていたら良くないんじゃないでしょうか?練習段階でも個性が強くて対立してまとまらなくなったりして。そこには個性のキャパシティー限界があるのかもしれません。劇はほとんど知らないから間違っていたらすみません」
「それは…あるかも…」
「名脇役を目指すのも選択肢だと思いますよ」
「……」
脇役を目指す、それは主役獲得競争をしていたアペソンにとって思いもよらない考えだった。一番重要なものは主役、よって最も優れた者が主役に、それ以外が脇役にという考えがあった。
しかし、これはあくまで競い合って高め合うこの学園の教育の場での話。役は全てが競争であり、当然脇役も競争になる。脇役に向いた性格であるなら、それを活かすことでその競争で優位に立てる。
アペソンは両手でお椀を持ち、ぼーっと水面を眺めた。
「ああ、すみません。演技性選手にとって主役は特別のようでしたから、諦めさせるようなことは良くなかったですね」
「ううん、光が差したみたいで…話して良かった。ありがとう」
アペソンは頬を赤らめ、照れ臭そうに微笑んだ。
「それにほら、主役というか主人公ポジションだけど実質脇役として存在感が控えめな作品もあるの。複数の個性的な登場人物を上手いこと引き立てる脇役ね。だから脇役のような主役、主人公を演じられる可能性は残っている」
「そうなんですね」
やはりやるからには主役を演じたいものなのだろう。脇役を目指すのがいいと言ってしまって良かったのだろうか?先輩もありがとうと言ってくれたし、悪くはないと思う。最終的に決めるのは先輩で、俺は意見を述べただけで指示したわけでもない。うん、問題ないだろう、多分。
「うーん、すっきり。何だかパーリラの話じゃなくて、私のことをもっと知りたくなってきちゃった」
アペソンは小首を傾げてにやりと笑い、流し目でリベンを見た。
「でも約束だからね。あの子の話をするよ」
アペソンは座り直して姿勢を正した。
「何を聞きたい?」
「じゃあ…彼女は母と仲が良くないようですが、何かご存じですか?」
「本人に聞いた?」
「はい。少しだけ聞けましたけど、つまらない話は嫌という風でそれっきりです」
「じゃあ私の口からは言えない」
「そうですか…」
まあそう簡単には分からないか。もしやと思ったがやっぱり駄目か。
「あの子にリベン君から親子仲が悪い理由を聞かれたことを言っていい?私からは言えないけど、教えてあげたらいいじゃないと説得しようと思うけど」
「うーん…もう少し信頼を得てからにします。今言うと余計な警戒されてしまうかも」
「分かった。黙っておくね」
アペソンは口をきゅっと閉じて頷き、黙っているとジェスチャーで示した。
「小さい頃に一緒だと言ってましたが、彼女の性格は昔からあんな感じですか?」
「そうね…もう少し素直だった気がするけど、根っこは同じだと思う。小さいころからずっと」
「ちなみに彼女といつから一緒なんですか?」
「あの子が生まれた時から一緒に暮らしていたよ」
「生まれた時…?あ、先輩のお母さんが乳母ってことですか?」
「そうとも言えるわね。あの子の生みの親だから」
あれ?生みの親?おかしくないか?
「でも血は繋がっていないって…」
「私のお母さんはあの子の代理母なのよ。エジンさんが20代の頃に保存していた卵子から生まれたのがあの子」
「…そういうことか」
そうか、そういうことか!パーリラがエジンのことを遺伝子的には母と言っていたのはそのためか。変な言い回しをするなあと思っていたんだ。母らしいことしてないからそう言ったと思っていたが、それだけではなかったのか。エジンは高齢出産なのだと思っていたが産んだのは代理母か、これで納得だ。少しだが見えてきたぞ。




