11話 B7
その日、午後に入って最初の授業は文学で、何となく感じているものを評論を読んで言語化し、理論的に脚本を作れるようにするものだった。似たようなものでも好きなペースで読める小説と時間配分も考慮に入れる脚本は異なるため、2年の演技性選手コースでは更に深堀りするが、1年生の時はそこまでやらない。将来脚本を作る人は一部だけだが、選手の立場からも脚本や演出にどういう意図があるのか、その視点を知っておくことでコミュニケーションが取りやすくなることを期待してこの授業がある。他にも語彙力を鍛える意図もある。とされている。
授業が終わり、リベンは次のトレーニングの授業に向けて更衣室に移動して着替え、授業が始まるまでの間、ぼんやりと考え事をしていた。
言語化か…。今の俺は俺自身が分かっていない。
トレーニングの疲れや、パーリラの親子仲が悪くて情報収集が上手く行かない懸念から、めんどくさくなって手っ取り早く好かれるようなことをしたいと思っていた。そこにトレアルとの衝突があり、それを利用しようとしたのだろう。
冷静になって考えると、あれが好かれるようなことか微妙なところだ。パーリラは守られるのが好きじゃないと思う。昼の時にその通りだと言っていた。言ってることが本心とは限らないが、多分本心に近いものだと思う。
挑まれたら負けてランキング外に戻ればいいわけだが、弱い人に負けるのも嫌だ。手を抜くのも嫌だ。道場で長く育ったからか、武術での勝負に不誠実なことはしたくない。冷静に自分を理解できていると思うが、頭では分かっていても心がその通りにするとは限らない。
その後はその週最後のトレーニングの授業で、トレーニングの疲労が蓄積して回復しきっていない体でフォームが崩れて余計に疲れた。フォームが崩れた際に出る癖を見直す切っ掛けにはなったが、この状態をずっと続けても余計変な癖がつきそうだ。ちょうどこの後3日間トレーニングは休みで筋肉を休ませるため、疲労で崩れたフォームのまま続くことはもうない。
しかし、下の順位からの決闘を挑まれれば原則断れない。今日は後2戦はしないと、4戦目以降は断れるルールが適用されない。
そんなことを考えながら寮への帰路に就いていると、早速順位を賭けて決闘を申し込まれてあっさりと2人抜きした。そして早速ウィンドウを出して決闘受付停止の設定をして、その日はもう決闘は申し込まれなくなった。設定をしなければ受けるか受けないか選べるが、それも面倒な場合はこの設定で自動で拒否できる。
これが毎日となるとストレスが溜まるだろう。トレアルの気持ちも少し分かった。8位を目指すか、10位に負けて入れ替わるかした方がいいな。しかしわざと負けるのは嫌だから10位の場合は、実は10位の方が強くて素直に負けたという場合に限る。
業者と学園の改修工事の打ち合わせを終えた学園長と教師2人が学園長室に入ってきた。学園長は椅子に座り、ウィンドウを出して電話の着信履歴などが無いかを確認し、急ぎでは無さそうなメールが来ているのを確認してウィンドウを一旦閉じた。
「ご苦労様。これでひと段落ね」
「学園長もお疲れさまでした。今日は早く帰れそうですね。娘さんも喜ぶ…という歳でも無いですか」
「あの子は寮暮らしだから関係ないわ」
「あ…」
空気が凍り付き、ロングヒル先生がフォローに回った。
「パーリラさんは13位でランキング入りするほどですからね。女子生徒に限れば一桁台ですよ。鍛えるのに通学の時間が惜しいのですよ」
「そ、そうですね。本気ゆえでしょう」
「ハァ…あの子は芸術系の天才の血を引いているのだから、ランキング戦なんてやらずに演技性選手を目指せばいいものを…」
学園長は不満げに溜息を零した。
「えと…そういえば学期始めはランキングが動きやすいですから話題に事欠きませんね」
「今日もランキング変動があって新入生がいきなり9位に踊り出たようですよ。お聞きになりましたか?」
「ああ…クース君だったかしら?道場の子らしいわね。それなら納得だわ。道場の子がランキング入りするのを何人か見て来たもの」
学園長はリベンの出自については気づいておらず、納得してそれ以上は調べようとはしていないようだった。
「教育で負けたようで悔しいです」
「そうね。でもこういうことは偶にしか起きないからそれだけ見て振り回されては駄目よ」
「はい」
「じゃ、そろそろ仕事に戻るわ」
「失礼します」
教師2人は部屋を出て、学園長はキーボードを引き出しから出してウィンドウを出して仕事に入った。キーボードやボタンをARで再現しようと思えばできるが、長時間の場合は実物を押して戻される感触が無いと疲れてしまうため、腰を下ろしてじっくり取り組める場所では実物が好んで使われる。
学園の決闘システムは競技性選手が有利なシステムだ。強い方が相手に言うことを聞かせらえるのだから。選手寿命の長さや市場規模の大きさから演技性選手を目指すメリットが多くなりがちなため、競技性選手を目指す動機付けの一つとして存在する。
さらにもう一つ理由がある。ケンラン業界は個性的な選手を求めるというものがある。まじめでいい人ばかりでは運営は助かるが観客は予想通りで退屈する。意外性のある破天荒な選手を少数混ぜることで刺激的になる。
破天荒な彼らは、定石や人との関りを学ぶ学園での生活を通じて普通で良心的に近づき、人間としては良くなる。しかし、ケンラン業界から見ると破天荒という属性を失うことは損失だ。そこで、決闘システムによって彼らがそのままでいられるようにしている。あくまでランキング上位にいて強いことを示せている間だけだが。
18時頃、学園の売店が閉まった後、店長のおばちゃん、ケルピー・フロントリバーは仲の良い女子生徒たちと雑談をしていた。甘い香りのお菓子と香り豊かなお茶が出て、いい匂いのする空間となっていた。
「…クース?」
「そう、リベン・クースっていう一年生。いきなり一桁台だからびっくりだよね」
「入学前の春休み中に13位を破ってるらしいから、いきなりでもないみたいよ。その時は入学前で順位動かなかったみたい」
「道場の子だってさ」
「あー…それでか、納得」
「ふーん。写真はある?」
「えっとねえ…これ」
生徒の一人がウィンドウを共有して皆に見えるようにした。
「あら、かわいい」
「ケルピーさんったら相変わらずの年下好き」
「20も年下だよ」
「私33だから15歳下よ。四捨五入しないで」
「あはは、冗談冗談」
その後、他愛もない雑談をして、18時半頃にケルピーはバスに乗って帰路に就いた。バス停を降りた帰りにスーパーに寄り、自分と中学生の娘の夕飯と朝食の材料を買って家に帰った。
そしてその夜、自室で二つ折の携帯を机に置き、そこからARのウィンドウを宙に浮かべてリベンの写真を見て記憶を思い出そうとしてた。
「どこかで見たような…」
ケルピーは何かを思い出そうと昔の記憶を辿った。
そうよ、あの時。7,8年くらい前に祖父の葬儀で帰国した時にルベンシュさんとクースさんの姉妹に会った。クースさんは嫁入りして苗字が変わっていて、元はルベンシュだとか。2人は祖父の兄弟の娘だとかで結構遠いが一応親戚なのよね。道場といい、クースという苗字といい、多分関係あるわよね…。
そうだ、2人と話した時に写真で見た子よ。そう、リベンという名前だった。そうか、彼かぁ。クースさんじゃなくてルベンシュさんの息子だった気がするけど…私の記憶違いかな?
そういえばルベンシュさんはあの学園から出て行って恨みがあるような感じだったけど、息子さんがその恨みを晴らしに来たとか…。
いやいや、ランキング入りなんて目立つようなことしていて復讐はないわ。それにその気なら出て行って1年後とかにしてるでしょう。何年も後なんて変。やっぱり記憶違いでクースさんの息子ね。苗字がクースなんだし。
ケルピーは辻褄の合う説にたどり着き、納得してウィンドウを消してベッドに入り、モヤモヤが取れてスッキリとした状態で眠りに入った。




