1話
ジャンルは恋愛かファンタジーか迷いましたが、多分愛情要素が強めになるので恋愛でいきます。
中年サラリーマン、社梵亜綿郎は流れ星の降る夜に閑静な住宅街を歩いていた。誰が待つでもない静まり帰った家への帰路に就き、残業でくたびれた体を止まらないように無理矢理前に押し込むように歩いていた。
彼は死にたいというほど辛い目に遭っているわけでもないが、死ぬことがあれば特に抵抗はせず受け入れるだろうと思う程度に人生に疲れて飽きていた。未練が全く無いわけではないが、そこまでして叶えるには面倒だと思っていた。死ぬ瞬間には反射的に生を求めるかもしれないが、所詮は一瞬の気の迷いと考えていた。
突如、隕石が彼の頭上に飛来し、そのまま一撃で死亡した。
そして亜綿郎は転生してユリブラン学園の壁に生まれ変わった。学園があるのは半島の先にある国土約900平方キロの島、セレネベセア市国の東部。
ユリブラン学園は、ケンランというこの世界のスポーツの選手や経営者を育てる4年制の学校で入学資格は18歳以上、飛び級は無しだ。
亜綿郎は特殊な力を得て、その気になれば学園に所属する人の記憶や心を読み、五感を共有できるようになった。圧倒的な情報強者として、人々の都合に左右されることのない壁という安全地帯から高みの見物ができるようになったのだ。誰にも邪魔をされず安全なところからのんびりと生のドラマを眺めるスローライフを手に入れた。
そして、亜綿郎は心や記憶を読む能力を駆使して面白そうな人物を何人か見つけた。そのうちの一人はリベン・クースという男。彼の選ぶ結末に興味が湧き、見物することにした。
リベン・クースはついさっき寮への引っ越しを終え、自室の窓から外を眺めて一息ついていた。
彼の部屋の窓からは遠くに摩天楼が見えた。ここセレネベセアは中堅国たちが海の安全と貿易の発展を目的として結成した大海洋同盟参加国の一つ。この国はハブ港として発展し、沿岸部の港には毎日多くの船が出入りし、島の中心部には狭い土地を使うため高層ビルが立ち並んでいるのだった。
リベンはぼんやりと窓から外を眺めていたが気が済むと窓を閉めてタオルや着替えを入れた鞄を持って部屋を出た。引っ越し作業で埃を被ってシャワーを浴びようとシャワー室へ向かった。寮の浴場は昼間は閉まっているので、トレーニング棟のシャワー室を目指した。彼は不慣れな手つきでARを使って宙にモニターを浮かべて道案内を出し、宙に表示された矢印とシャワー室に繋がる線を追って歩いて行った。
ユリブラン学園では学生証を核として様々なARが使える。彼は5日後に入学式を迎え、昨日入手したばかりの学生証は使いこなせず、説明をしっかり読まずに次々と選択して設定して道案内を出したのだった。
リベンがシャワー室の扉を開けるとタオルを頭に被った裸の女が目に入った。小ぶりながらも膨らみは分かる胸、鍛えられて引き締まった体、魅惑的なくびれ、その予想外の光景にリベンは呆然と立ち尽くした。
女は恥ずかしさで顔を真っ赤にして後ろを向いてしゃがみこんだ。
「出て行って!」
「すみません!」
リベンは扉を閉め、すぐに離れようとした。
「あっ、そこで待ってなさい!逃げたら許さないから!」
「は、はい!」
リベンは扉の横に立って出てくるのを待った。彼女は怒っていたが子供っぽい声質だからか、子犬が吠えているようでリベンにとってはあまり怖くなかった。
少し待つと扉を開けてラフな私服姿の女が出てきた。
「あんた名前は?」
「リベン・クースです。すみません、昨日来たばかりで分からなくて…。案内に従ったんですけど…」
「はあ?ちょっと見せなさいよ」
「えっと…どうやって…」
「ほら、ショートカットウィンドウ出して。共有って書いてあるのあるでしょ?」
リベンはショートカットウィンドウを出して指さしながら共有ボタンを探した。モタモタとした操作に女はイライラしながら待ち、ARが共有されるとすぐ周囲の表示を見てウィンドウを慣れた手つきで操作した。
「あんた女で設定してるし、年齢が0歳になってるんだけど」
「よく読んでなくて適当に選んでて…」
「バグでもなく、そんな不注意で私は裸を見られたってわけ…?」
「すみません。以後気をつけますから」
「駄目、許さない。決闘よ!」
女は学生証に触れて電源とは別の赤いボタンを押し、宙にウィンドウを出した。ウィンドウは他のデザインとは異なり、決闘専用の表示になっていた。
「私、パーリラ・ベルウッドはリベン・クースに決闘を申し込む」
「決闘…」
「謝るだけじゃ許さない。決闘で一撃入れなきゃ気が済まないわ」
「あの…どうすれば…」
「あんたもここのボタン押して、決闘を受けると言うのよ」
「言わなかったら…」
「断るつもりぃ?」
「いえ、受けます」
リベンは赤いボタンを押し、宙にメッセージウィンドウが浮き、決闘を受けますか?と表示された。
「決闘を受けます」
学生証が音声を認識し、決闘が成立した。
「よし、場所を変えるわ。雪剣と仮面は持っているわよね?」
「自分の部屋に…」
「ならさっさと取って来て!目の前の広場で待っているわ!決闘予約が成立した以上、もう逃げられないから!」
「はい…」
リベンは寮に戻って雪剣と仮面を取りに行った。
雪剣は特殊な剣。待機状態では白い板のついたステッキみたいな形をしているが、起動すると光る刀身が現れる。正式名称があるが見た目が真っ白なことから雪剣という通称で呼ばれる。
仮面は目元だけを覆うハーフマスク。デザインは各々が好きに選択、加工して千差万別。目の保護のために付け、そのままでは視界が狭まるが、AR技術により仮面無しとほぼ同じ視界にできる。
そしてリベンは広場にやってきた。パーリラは腕を組んで立って待っていた。
「決闘に私が勝ったらあんたの記憶が飛ぶくらいの衝撃を叩きこませてもらうわ。あんたが勝ったら裸を見たことを許してあげる。いい?」
「もう一ついいかな?」
「何よ?」
「俺が勝ったら仲直りして友達になって欲しい」
「はあ?なんて厚かましい…まあそのつもりならこっちも上乗せするけど?」
「内容は?」
「そうね…私が勝ったら二度と話しかけないと誓ってもらうわ。大丈夫、記憶無くした後に誓いのビデオ見せてあげるから。これを受けるんならそちらの条件は飲むわ」
「うーん…」
リベンは少し悩み、パーリラの様子を観察し、答えを決めた。
「分かった。それで受ける」
「決まりね」
パーリラは仮面を付けて雪剣を起動し、光る刀身が現れた。リベンも同様に仮面を付けて雪剣を起動した。
近くを通った生徒たちが決闘に気づいて見ようと集まって来た。現在春休みで人が少ないが、リベンとパーリラを囲むように10人くらいの生徒が見ていた。
そしてパーリラは宙にメッセージウィンドウを出し、自分とリベンの前に決闘開始ボタンのARを出した。パーリラがボタンを押し、リベンも見様見真似でボタンを押すと、宙に浮いたメッセージウィンドウが3カウントを始めた。
「3」
パーリラ・ベルウッド…こんな形で接触することになるとは思っていなかった。会いたかったような会わずに済ませたかったような…。しかし賽は振られた。進むしかない。
彼女は約20年前、俺の母ツーホ・ルベンシュの学園追放に関わった人物の一人であるエジン・ベルウッドの娘。エジンは当時は教頭だったが今は学園長。
6年前
-------------
-------
リベンは涙を流しながら言われるがままにナイフを母の胸に突き立てた。
「そう…それでいい…。あなたは母さんの命を背負ったのよ。母さんを殺したようにあの連中を…殺しな…さい…」
リベンの目の前で母は力尽きて倒れ、地面に血だまりが広がっていった。
「ふ、ふふ…ふ…」
母は最期に笑い、幸せそうに息絶えた。
-------
-------------
「2」
新入生相手に附属高校からの経験者が大人げなかったかしら?でも裸を見られたからにはこれくらい当然よ。間違えたと言ったって、バグじゃなくちゃんと読まずに設定ミスしたあいつが悪いんじゃない。ちょっと驚かせて後悔させてやるわ。
「1」
生徒たちは息をのみ、開始の瞬間を待った。
「0」
パーリラは前に走りだし、勢いを剣に乗せて横に斬りつけた。これは後ろにかわすことはできず、真正面から剣で受けると弾き飛ばされうる。
リベンは前に踏み込み、斜めにした剣で相手の剣を滑らせるように受け、上向きに弧を描くように回し、遠心力と相手の勢いを使って押しのけた。
「しまっ…」
パーリラは勢いに引っ張られて体勢を崩し、左足を前に強くふんじばった。しかしそのせいですぐには動けず、リベンはその隙を逃さず手元に戻すように剣を引き、がら空きになった左足を斬りつけ、返す刀で左腕を斬りつけた。
パーリラはバランスを崩しながら右手のみで剣を振ったが、それでは万全のリベンの速さには追い付けず、右腕を斬りつけられて剣は後ろに押し戻された。
最後にリベンは両手を上げて剣を構え、パーリラを右肩から袈裟斬りにした。
「勝利 リベン・クース」とメッセージウィンドウが現れ、あっさりと決闘が終了した。
パーリラは地面に座って項垂れていた。そこには五体満足で一滴の血も流れていない彼女の姿があった。
雪剣の刃は物を切れない。刀身同士はぶつけ合うことができるが、人に当てた場合はその箇所を麻痺させる。浅く切れば弱い麻痺、深く切れば強く麻痺する。そして麻痺は5分もすれば解ける。
雪剣の正式名称は、ケンラン用非殺傷刀。刀身の光の軌跡により、観客が動きを見やすく美しく彩られた試合となる。また、麻痺により動きが鈍ることでどちらが優勢か分かりやすく、手足が麻痺した後は大ぶりで派手な動きでトドメを刺し、フィニッシュ感を演出できる。それでいて血が流れず痛々しさもない、ケンランは剣術をベースに幅広い視聴者向けにした娯楽である。
パーリラ・ベルウッド…学園長エジン・ベルウッドの情報を引き出すために怪我をさせるつもりはない。負けて絶交という訳にもいかない。裸見て決闘するなんてハプニングはあったが良い状況に持って行くことができた。
リベンは雪剣のスイッチを切って刀身を消し、仮面を取ってベルトのホルダーにしまい、パーリラに近づいてしゃがみ、彼女の顔を見た。
「大丈夫ですか?」
「どうってことないわよ。すぐに麻痺は解けるわ。悪いけど、私の雪剣のスイッチ切ってくれない?」
「ああ」
リベンはパーリラの手から雪剣を離してスイッチを切り、刀身を消した。
「ありがと…」
「うん」
リベンも座りこみ、2人は暫しそのまま黙って過ごした。
「…あの時は本当にすみません」
「約束だものね、許すわ…次から気を付けてよね」
「もう無いようにする」
「それから…あ、あんたの友達になってあげるわ。約束だもの」
パーリラは悔しそうな顔でリベンに麻痺の解けた手を差し出し、リベンはその手を握った。
「くぅ…」
「ありがとう。何だか悪いね」
リベンは苦笑いして手を離した。
「悪いのは油断して勝負を吹っ掛けた上に負けた間抜けな私よ。あんたのせいじゃないんだから」
パーリラは立ち上がり、自分の失敗にむしゃくしゃしながら去っていった。リベンは声をかけるにかけられず彼女の後ろ姿を見送った。
仲直りして友達になって欲しいと言ったけど、本当に仲直りできて友達になれたのだろうか。しこりが残っているように思えるが、ついさっきの出来事で無理もないか。時間が経てば落ち着くかもしれない。
彼女と本当の友達になることができるだろうか。いや、俺には彼女に本当の友達になることを求める資格はない。彼女の友達となって近づこうとしたのは母の復讐に利用するためだ。彼女の母である学園長を暗殺する隙を探すため。自分は本当の友達になろうとしていないのに、相手にだけそれを求めるのは筋が通らない。
それでも一応だが友達という立場は得られた。関係を進めて情報を集めよう。
しかし、これでいいのか…?じゃあやめる?いや、ここで止めたら母の死が無駄になる。俺は母の命も背負っているんだ。やらなきゃ…。
…とにかく、今はもっと親しくなって情報を聞き出すのが先決。本当にやるのはまだ先、その間に何か思いつくかもしれないし、事態が好転するかもしれない。そう、まずは普通に仲良くなることだ。大丈夫、決断の時までまだ時間はある。
復讐という目的を達成するため、俺はこの学園で生きていく。まずは情報を集めることと、信頼を勝ち取ること。俺の目的に感づかれて逃げられたり、先制されて殺されないように気を付けなくては…。
さて、彼が選ぶ未来はどうなるか、壁という観客席から眺めていくとしよう。




