僕がいない海に夏めいて
◇◆◇
プロローグ
――僕は、冬が怖かった。
冷たい空気が肺に入るたび、
体の奥がきしむように痛んだ。
雪が降ると、世界は静かになる。
その静けさが、僕には少しだけ重かった。
「雪合戦しようぜ!」
君は目を輝かせて言う。
冬が来るたび、毎年同じ調子で。
「寒いの無理なんだって」
僕がそう言って笑うのは、もう癖みたいなものだった。
本当の理由を言うつもりはなかった。
だって言ったら、
君はきっと、冬を嫌いになってしまうから。
それは、嫌だった。
君が好きなものを、
僕のせいで奪いたくなかった。
だから僕は、冬が嫌いなふりをした。
◇◆◇
君は、夏が嫌いだと言っていた。
照りつける太陽も、
騒がしい浜辺も、
全部うるさいって、言っていたけど。
「海、行こうぜ」
僕は毎年そう言った。
正直に言えば、海が特別好きだったわけじゃない。
ただ、夏は体が少し楽だった。
冷えない。
息が苦しくならない。
それに――
君と一緒にいられる時間が、確実に残っている季節だった。
「またかよ」
君はいつも不満そうだったけど、
結局、断らなかった。
その横顔を見るたび、
少しだけ安心して、
少しだけ胸が痛んだ。
(ごめんな)
心の中で、何度もそう思っていた。
◇◆◇
病気のことは、最初から知っていた。
治らないことも、
長くはないことも。
医者の言葉は淡々としていて、
まるで他人事みたいだった。
「無理をしなければ、日常生活は送れるでしょう」
その“無理”が、冬だった。
寒さ。
冷え。
体力を奪う季節。
君はそれを知らない。
だから、冬を心から楽しんでいる。
それでいい。
それがいい。
「なんでそんなに冬を嫌がるんだよ」
そう聞かれたとき、
一瞬だけ、全部話してしまいたくなった。
でも、君は冬が好きだ。
雪が好きだ。
生きている実感がすると言っていた。
だから僕は笑った。
「人それぞれだろ」
それ以上、踏み込ませないための言葉だった。
◇◆◇
だんだん、体がついてこなくなった。
学校を休む日が増え、
外に出るのもしんどくなった。
君に会うと、
楽しいのに、苦しくなった。
君の時間を、
自分の終わりに近い時間で汚している気がした。
ある日、決めた。
――もう、会わない。
連絡もしない。
理由も言わない。
最低だと思った。
でも、これ以上一緒にいたら、
君はきっと、僕の変化に気づく。
そして、優しい君は、
自分の季節を削ってしまう。
それだけは、嫌だった。
◇◆◇
最後に見た君は、冬の中に立っていた。
雪が降る日。
一人で。
遠くから見ただけだった。
声はかけなかった。
君は空を見上げて、
白い息を吐いていた。
ああ、
やっぱり冬が好きなんだな。
その姿を見て、
少しだけ、救われた気がした。
◇◆◇
エピローグ
夏が来るだろう。
海へ行こうなんて、
もう言えない。
でも、もし君が海に立っていたら、
きっとわかる。
僕は、そこにいなくても、
君の夏の中にいる。
君が季節を巡るたび、
少しだけ思い出してくれればいい。
冬が好きな君。
夏が嫌いだった君。
それでも一緒に並んだ時間は、
確かにあった。
――君は、僕の友達だった。
それだけで、
僕の人生は、
十分すぎるほど、きらめいていた。
君のいる世界に、
これからも季節が巡りますように。
君のいない場所から、
静かに、そう願っている。




