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【 前編 】

 


 気がついたとき、私は薄暗い空間に転がっていた。

 床に触れている頬や腕、足から硬く冷たい感触がじわりと伝わってくる。


 動こうとした瞬間、腕が後ろ手に縛られていることに気づいた。

 足首も縄で固定され、口には猿ぐつわ。

 声も出ない。


 ――ずいぶんリアルな夢だな。


 食い込む縄の痛みに顔をしかめ、体を反転させて仰向けになる。

 視界には、驚くほど高い天井。

 さらに首を動かすと、赤い陽を透すひび割れたステンドグラスが目に飛び込んできた。


 え? ステンドグラス?


 縛られた足で反動をつけ、上半身を起こす。

 その正面には、壁一面に飾られた大きな女性像。


 ――わかりやすく廃墟になった教会じゃない。


 なんか既視感……いや、知ってる。絶対知ってる。


『夢見るよりも希望ほしが見たい』――略して『夢ほし』。

 私が人生で一番やり込んだ乙女ゲーム。

 第一王子リュシアンが後見として立つことにより聖女候補になれたヒロインが、第二王子派の手下に攫われてしまうあの中盤イベントそっくりだ。


 ……いやいや。

 なんで私が夢ほしの誘拐イベントど真ん中にいるの。


 私はこのゲームが大好きで、コンプしてからも何周も繰り返しプレイした。

 そのせいで、ついにこんな夢を見るほどに妄想力が逞しくなったのか。

 我ながら、限度ってものがある。


 そんな自分に呆れていたとき――

 背後で、何かが破壊される音が響いた。


「エレナ! いるか!?」


 焦りをにじませたイケボが、耳に飛び込んでくる。

 振り返ると、長身で整ったシルエットの男性がこちらへ駆け寄ってきていた。

 その後ろには鎧をまとった人たちが続いており、ガシャガシャと金属音が響く。


 恵令奈はここにいますよー。

 ……ところで、あなたは誰なんですか?


 ゲームイベントどおりならば夕陽であろう光が差し込み、彼の顔が影になってよく見えない。


『夢ほし』だと、好感度が一番高いキャラが真っ先に迎えに来るんだよね。

 体型からして、リュシアンかレオン。

 ユリウスならもっとがっしりしているはず。

 王子の護衛騎士だからね。


「エレナ! 良かった……無事だったんだな……」


 駆け寄ってきた人物は、リュシアンだった。

 淡い金色の髪が夕陽に溶け込み、少し赤みがかって見えた。

 碧色の瞳は安堵からか今にも泣きそうで、それだけ心配させてしまったのだと申し訳ない気持ちで一杯になる。

 彼は、私の元へ来ると両膝をついて私をきつく抱きしめた。


「……本当に、無事で良かった」


 少し汗ばんだ香り。

 絞り出したかのような声。

 リュシアンの本気度が伝わってきて、私は何も言えずにいる。


 だって、そろそろ縄を外して欲しいなんて言ったら、雰囲気ぶちこわしじゃない。

 せっかくのご褒美だもの。

 楽しまなくっちゃ!

 まぁ、縄は結構本気で痛いんだけど。


「リュシアン、そろそろエレナを解放してあげて下さい。安心したのはわかりますが、まずは彼女の縄を解かなくては」


 リュシアンの背後から、赤髪の男性が現れた。

 彼は、レオン。

 リュシアンの側近で、フェルディナンド侯爵家の嫡男だ。

 サファイアブルーの瞳が、労るように私に向けられる。


「あ、あぁ、そうだったな。すまない、エレナ。今、縄を解こう」


 レオンの言葉に慌ててリュシアンが私を離してくれた。

 普段は冷静な王子様なのに、感情が先走りすぎたせいか耳が赤い。

 ゲームのスチルにもない貴重なショットだ。

 かわいいーっ!!

 こんなところでギャップを見せつけるとか卑怯じゃない!

 ……好き。


「私がやりましょう。不器用なリュシアンに任せていては、彼女の痛みが増すばかりでしょうからね」

「別に、私は不器用では……。お前の方が器用なのは認めるが」


 リュシアンが不満そうに私から離れ、代わりにレオンが私の猿ぐつわを取ってくれる。

 目の前に迫る美貌に、私の心臓はドキドキしっぱなしだ。

 痛ましそうに猿ぐつわをされた痕跡をなぞる優しい指先。

 ……好き。


「縄は切った方が早そうですね。エレナ、短剣で切りますので腕や足を動かさないでくださいね」


 近くにいた騎士から短剣を借りたレオンが、背後に回り腕の縄を切ってくれている。

 赤い髪って夕陽にも映えるのねーと、移動する彼を横目に眺めていた私を呼ぶ声が聞こえた。

 この声は、ユリウスね。


「どうやら、無事だったようだな」


 黒い瞳が私に怪我がないことを確認して、軽く息を吐く。

 低音でどこか色気を感じさせる艶のある声。

 瞳同様に黒い前髪は額に張り付き、私を懸命に探してくれたのがわかる。

 言葉は少ないけれど、意外と心配性なのよねー。

 ……好き。


 そう、このゲームには私の『好き』しかない!

 キャラデザも好き。

 シナリオも好き。

 登場人物も悪役を含め全部好き!!


 あー、ほんと幸せな夢。

 いつまでも覚めないでほしいくらい。


「ユリウス。誘拐犯は一人残らず捕まえたのだろうな?」

「実行犯は捕縛しております。主犯が誰か口を割らせるのに少々お時間をいただくことになるかと」

「可能な限り急ぐように」

「承知しております」

「リュシアン、ユリウス。エレナの前で物騒な話をするのはやめてください。彼女が怯えてしまいます」


 腕の縄を切ってくれたレオンが二人をたしなめる。

 まー、私は主犯を知ってるんですけどね。

 ここで言っては、推理小説を読む前の人に犯人を教えてしまうようなものかと思い口をつぐむ。

 ちなみに、足の縄は近くにいた騎士さんが切ってくれた。

 これでやっと自由になった!


「助けてくれてありがとうございます」


 礼を述べる声が、可愛らしく澄んでいた。

 夢だからかしら?

 私、完全にヒロインのエレナになってる?

 助けられたのって、恵令奈じゃなくてエレナなの??

 確かに私、今着ているような白いレースのワンピースなんて持ってないけど。


 ――って、え?

 ちょっと待って。

 これ、夢だよね?

 腕も足首も、背中も痛むけれども。


 いや、まさかね。

 小説じゃないんだから、ヒロイン転生とかそんなの、あるわけ――


「エレナ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「どうしたんです? エレナ。気分が悪くなりましたか?」

「痛むところがあるのなら、俺が馬車まで運ぶが」


 あ、これ夢じゃ無い。

 覚めないでほしいとか思ってたけど、撤回するわ。


 私、結城 恵令奈 28歳。

 ――気付いたら異世界転生してました。




 *  *  *




 ゲームのイベントどおり、王城の客間に運ばれたわけですが。

 案内された王城の客間は、息を呑むほど豪華だった。

 壁は淡いクリーム色で、沈みかけた夕陽を受けほのかな赤色に染まっていた。

 レースの天蓋がかかった大きなベッドには、これまたお高そうな金銀の糸であしらった植物モチーフの刺繍が縫われたカバーが掛かっている。

 確かに見たけど!

 ゲームで見たけど!!


「やっぱり、実際に見ると違うものなのね」


 猫足の小さなティーテーブルには、すでに温かいハーブティーと焼き菓子まで用意されていた。

 私は一人、無駄に広い部屋で椅子に腰掛けている。

 備え付けのバルコニーは、城下町を見渡せる絶景ポイントらしい。

 さっき、部屋まで案内してくれた綺麗な侍女さんが教えてくれた。


 私の手首と足首には包帯が巻かれている。

 今でも鈍い痛みはあるが、気になるほどではない。

 ヒロイン補正なのか、猿ぐつわをされていた顔は無傷だった。

 鏡で自分の姿を見たけど、髪は銀色でサラサラだし瞳はアメジストみたいな紫だったし、肌は陶磁器のように白いしで、私、間違いなくエレナ・グレイスだった。

 そして、気付いた。


「この後、最初のルート分岐だ……」


 そう。

 そうなのだ!

 この後、第一王子のリュシアンと護衛騎士のユリウスと側近のレオンが、かわるがわる様子を見に来てくれ――


 不意に、ノックの音が聞こえた。

 私は思わず立ち上がり「はい!」と即答してしまう。


「リュシアンだ。エレナ、部屋に入っても構わないだろうか?」

「どうぞっ!」


 声がうわずってしまった。

 推しが扉の前にいるのだ、恥ずかしいが仕方ない。


「失礼する。あぁ、エレナ。座ってくれて構わない。君は先ほど救出されたばかりなのだから」


 リュシアンが部屋に入ってきた。

 青い上衣に白のズボンがよく似合っている。

 何より、この気遣いよ!

 王族なのに聖女候補でしかないヒロインに優しいし、イケメンだしで最高!


「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、私はリュシアン様たちのおかげで特に怪我らしい怪我もございません。助けていただき本当にありがとうございました」


 深々とお辞儀をするが、正直これで合っているかはわからない。

 ほら、小説とかではよくカーテシーをするとか見かけるし。


「君が頭を下げる必要はない。それより座って。お茶も、もう冷めてしまったのでは?」

「いえ! 私、猫舌なのでこれくらいでちょうどいいです!」

「……もしかして、緊張させてしまっているだろうか?」


 リュシアンが困ったように笑う。

 そりゃ、しますとも!

 だって、相手はリュシアンよ!?

 影ながら努力し、それを他人に見せない上に自分に厳しくて他人に優しい人なのよ!?

 ――推せる。


「そのようなことは……」


 ありますけど。


「素直だね。まずは座ってほしい」


 眩しそうに私を見る王子にうながされ、大人しく椅子に座り直す。

 私が座るのを見届けてリュシアンも向かいに腰掛けた。

 どこからともなく侍女さんがやって来て、二人分のお茶を淹れると冷めたカップを片付けて部屋を出て行く。


「今回の件はこちらの落ち度だ。申し訳ない」

「リュシアン様こそ頭をお上げください! 私に隙があったのでしょう。私こそご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」

「君が謝る必要はないと伝えたはずだが?」

「ですが……」


 ゲームでは『こうして私は王子とお茶を楽しんだのだった』みたいな一文で済ませちゃうところだから、なんて言えばいいのかわからない。

 今度からは、詳細な会話も描写してほしいものだ。


「神聖なる儀式の最中に聖女候補が攫われるなど、本来ならあってはならない事態だ。だからこそ、秘密裏に進めねばならず助けるのが遅くなってしまった」


 そうなのよね。

 今は、次代の聖女を決める選定の儀の真っ最中。

 この『夢ほし』の世界では、現在の聖女の力が弱まってきた頃、国は聖女選定の儀式を行う。

 いつ行われるのか、いつまで行われるのかは聖女と聖女候補しだい。

 王族を含む侯爵家以上の貴族の後見を得た聖女候補が、癒しの力を発現させるまで続くのだ。


「私は信じておりましたから。リュシアン様たちが必ず私を助けてくださると」

「エレナ……」

「だから、リュシアン様ももう謝らないでください。こうして何事もなかったのですし、私は今、こうしてリュシアン様とお茶を楽しめる時間が持てて幸せです」


 一口お茶をいただき、微笑んでみせる。

 あたたかなお茶がのどをとおっていくと、少し気持ちも落ち着くような気がした。

 うん、私は幸せだ。


「私はいつも君の言葉に救われる。私の方こそ、君とこうして向かい合うことができて幸せだよ」

「少しでもリュシアン様のお役に立てているのでしたら、それこそ望外の喜びです」

「私は、本気で言っているんだけれどね」


 言葉は柔らかかった。

 だが、リュシアンの碧い瞳は、まっすぐに私を射貫く。

 あまりの真剣さに、カップを持った手が止まった。


「君が攫われたと聞いたとき、心臓が止まるかと思った。正直、自分でもこんなに気持ちを乱すとは思っていなかったよ」


 穏やかな口調のまま、心をえぐりに来る。


「君が大切なんだと、今頃になって気付いたんだ」


 その言葉は、すでに凶器だ。

 ザクザクと、私の脆い心を貫いていく。

 顔が赤らんでいくのが、自分でもわかる。


「今回の件の詫びに、舞踏会で君をエスコートさせて欲しい」

「そんな、お詫びなどとんでもない! 私は助けていただいた身。そのような事をしていただく立場にはございません」


 イベントなのはわかるけど、下級貴族出のエレナが王子のエスコートを受けたら厚かましく見えるって!

 叶うなら、一緒に行きたいよ!?

 行きたいけど、私の立場上ここは穏便にお引き取りいただくしか……。


「詫びなどと、建前を告げるのは卑怯だったな。エレナ、私は君と一緒にいたいんだ。是非、私にエスコートさせて欲しい。私がそうしたいんだ」


 そう言って、王子がふところから一通の手紙を差し出す。

 テーブルの上に置かれた金色に縁取られた白い封筒には、第一王子であるリュシアンの封蝋がしてあった。


 王族の封蝋とは。

 これ、公式の申し入れと同義だ。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

アラサーヒロイン救出イベントの前編でした。


ゲームでは一瞬で終わる場面も、実際に向き合うと印象がまったく違って見える気がします。

後編では、三人それぞれの“甘さ”がさらに近くなっていく予定です。


続きも読んでいただけたら嬉しいです。


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